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それでも神話は生誕するのか  作者: 鵺獅子
記述22 ここに神話をもう一度
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記述22 ここに神話をもう一度 第7節

「敵兵の数が少ない裏門から城外に脱出します。道中で多少の妨害に遭うかもしれませんが、そちらに関してはあらかじめご了承下さい」

  車のバックミラーから見たウルドとフレアの姿が小さくなってきた頃、赤軍の制服を着た彼は自ら赤軍隊長テディ・ラングヴァイレの身分を名乗った。赤軍の隊長などという高い地位にある人間が、この状況でなぜ俺たちなんかに構っているのだろう。理由について勘繰ってみても今すぐには不要そうな猜疑心ばかり降って湧いてくるだけなので、とりあえずはこの局面、素直に頼りにすることにしてみようと思う。都合の良い人間はとりあえず利用するのが俺の本分だ。

 考えたいことは色々あるが、今はこの突拍子もない戦場から離脱することだけを最優先に考えよう。なんて言ったっていつ流れ弾に脳天を貫かれるかわからないこの状況。死ぬなんてまっぴらごめん。そういう点でも、この分厚い装甲に守られた乗り物の中にいられることはとにかくありがたかった。

 自分が座っているシート周辺の内装をあれこれ観察していると、ライフがラングヴァイレに話しかけ始めた。

「兵が少ない分、精鋭が集まっているという可能性があるでしょう。さっきの鎧の男の人やフレアみたいな相手がまた出てきた時の対処法は万全なのかしら?」

「あのレベルはイレギュラー中のイレギュラーです。時間稼ぎくらいはできますが、撃退することは不可能。そのうえ何人いるかもハッキリとしていません」

「出会ってしまうことを恐れるより、今は危険を冒してでも行動するべきってこと?」

「ご理解ください」

 俺としては彼らの言う『あのレベルの精鋭』と鉢合わせしてもらえた方が、今後の判断材料が増えてありがたい。だがそんなことを言うとライフに怒られそうな気がするので黙っておくことにした。

 ウルドの攻撃を受けてもビクともしない耐久を持ったアンドロイド。燃え盛る炎を自由自在に操るフレア。それ以上に肝心なのは、空の色を一瞬で変えてしまったイデアール・アルレスキュリアの存在。

『ここに神話をもう一度』

 奇跡としか表現しようがない力だった。

 あの一言を皮切りに、目を疑うような出来事が立て続けに起こっている。俺のいる世界は元からこういう風だったのか、はたまたあの瞬間に何かのスイッチが切り替わってこうなったのか。情報が足りないのは困るんだ。俺はこの世界で今何が起きているのかを見極めなくてはならない。

 だって、トラストさんが俺に見せたがっていたものは、どう考えてもこの状況そのものなのだから。

「前方に敵兵発見。突っ込みます」

 ラングヴァイレは整列する歩兵集団に向けて、怯むことなく装甲車を突っ込ませた。

 こんなものに轢かれてはひとたまりもないと判断した兵士たちは急いで左右に散り散りになりながら逃げていく。真っ二つに割けた人の波の真ん中を突っ切る最中、車体に攻撃を加えられた音が何発か聞こえた。鍋に豆をぶつけた時みたいに些細な音であったが、恐らく発砲されたのだろう。バックミラーで確認すると、遠ざかる車に向けて大型の重火器を向けている兵士の姿を見つけた。なるほど、この乗り物、伊達にいかつい外見をしているわけじゃなく、耐久性に関しては自信があるようだ。

 裏門へ続く道のりはそう遠くない。しかし短い道中にも敵といえるような連中がわらわらと行く手を遮り、走行の邪魔をする。そのせいでゴールまでの道のりが遠く感じられる。

 見ると兵士の多くは、本来アルレスキューレ側に従っているはずの灰軍兵士だ。普段から城内にはあまり姿を見せないはずの彼らが、今日、この場所にこれだけたくさんいるということは、そういうことなのだろう。

 叛逆境界への寝返り。仮に国軍の大半を占める灰軍が全員揃って境界に味方しているとしたら、いくら他国より技術に秀でたアルレス王侯貴族といえども多勢に無勢だろう。見た限りでは灰軍の弱点であったはずの練度の問題が多少なりとも解決しているようでもある。さらにいえば士気の高さに関しては目を見張るものがある。それほどまで、彼らは王国への恨みを蓄えていたということだろうか。

「まずいっ!」

 なんて、本来は部外者でしかなかったはずの俺があれこれ考えているうちに、状況は目まぐるしく変わっていく。

「左斜め後方から高速で接近する機械反応を発見、三十秒後の衝突が想定されます。追尾性能が高いため回避行動は取りません。各人、衝撃に備えて下さい!」

 そんな無茶苦茶な! と思いながらも急いで座席横に備え付けられていた手すりにしがみつく。

 そのすぐ後、 ドガンッ と巨大な音が鳴った。

 恐らく横殴りに跳ね飛ばされたであろう車体は、ほんの一瞬の間あろうことか宙に浮き上がり、そのままガシャガシャガシャーンッと騒音を撒き散らしながら着地した。

 確実にどこかのパーツが破損した音だった。衝撃の音や揺れがなくなってから恐る恐るつぶっていた目を開く。何があったのかと車内をキョロキョロ見渡すと、運転席で機械操作をするラングヴァイレの姿が目に入る。機械の扱いには慣れているのだろう、必要最低限の動作で手際よくタスクをこなしていく。

「さっきの鎧の人だ!」

 窓の外を見たマグナが声を上げた。それを聞いて俺も窓の外を確認する。メタル・ハルバードだ。来賓室での足止めを突破してここまで追ってきたのか。一体なぜ?

 高速で接近する機械反応ときいて、なんだなんだと思っていたが、メタルの姿を見て納得した。背中にジェット機のような物を背負っているじゃないか。それを利用してロケットのような要領で高速飛行をしている。前時代的な発想ではあるが、脅威を感じるには十分すぎる。

 恐らく、あのアンドロイド兵にはフロムテラスの技術が部分的に盛り込まれている。何かしらの特殊なシチュエーションで開発された自立思考機能付き超戦闘特化型兵器といったところか。そこにフレアの魔法みたいな炎と同じ、謎の力まで加わっていると考えてよいだろう。なんとも厄介。絶対に敵対関係なんて持ちたくない存在であるはずなのに、なぜ襲い掛かってくるのだろう。俺たち何かしたのか?

 装甲車は跳ね飛ばされた先で緊急停止。メタルはこの状況を「追い詰めた」と認識したのか、背負っていたジェット機部分のパーツを変形させ、スムーズに背中に収納する。あんなにデカいパーツがあっさり収納できるわけないはずだが、どういうわけか収納できている。何もかもが異常な光景に目を回す暇もなく、メタルはすぐさま次の行動をするべく動き出す。

 メタルは腕に巻いていた金色の輪を素早く取り外し、それを宙に投げる。すると金色の輪は空中でぐにゃりと、溶けた粘土のように形を変え、体積が増えて、増えて、みるみるうちに大きくなり、やがて一振りの巨大な武器に変化する。最初に見た時にも振り回していた、槍と斧が一体化したような形状の武器だ。メタルはその武器を軽々と片手に取り、こちらを追撃するための構えを取る。装甲車を破壊するつもりなのか。

「破損箇所は外装と車両部位。すぐに修復致します」

「それより、次の攻撃が来ますよ!」

「お任せ下さい!」

 そう言うと、ラングヴァイレはハンドルや機械から手を放した。放した手を胸の前で合わせ、祈るように小さく呟く。

「主よ、今一度、私に御力をお貸し下さい」

 その言葉の直後、急接近するメタルと装甲車の間に、どこからともなく金属製のシェルターのようなものが出現した。鉄でも鋼でもない、見たことがない色味と質感を持った金属の板が、幾重にも重なって装甲車を守るように展開していった。

 メタルは突然現れた防壁に臆することなく突進する。金属の塊が破壊される豪快な音が車内に轟く。防壁のうち何枚かは木っ端微塵に破壊されたようだが、いくらかは残っていたため装甲車へのダメージは無い。

「修復も上手くいきました。走行を再開いたします」

 渾身の一撃を防ぎきられたことで一瞬の怯みを見せたメタル。動きが止まっている彼の目の前に再び金属の壁が出現する。やはり、どこからともなくだ。壁はみるみるうちに彼の体を取り囲むように展開していき、堅牢な檻を作りあげる。

 時間稼ぎといったところなのか、その間にラングヴァイレは再び装甲車を発進させる。

 再び動き出した車はやっとのことで庭園を抜け、城門へ向かってかけられた石橋の上に前輪を乗せた。城門は開いているし、その先に敵が待ち伏せしている様子もない。このまま突っ込もう。伏兵がいたとしても、背後から猛スピードで追いかけてくるあの金ピカ鎧ほどの脅威ではないだろう。そう思いたい。

 そう、そのバケモノ性能な金ピカ鎧があの程度の足止めで諦めるはずもない。走り始めてほんのわずかなタイミングで金属の壁はいともたやすく破壊され、再び地面を蹴るや否やあっという間に距離を詰めてきた。こっちだってそれなりの速さで走行しているはずなのに。

 車が石橋の真ん中あたりにさしかかった所で、メタルは手に持っていた武器を力一杯ぶん投げてきた。

 投げた武器はミサイルみたいな勢いでこちらへ突っ込んでくるが、ラングヴァイレはこれをある程度予測していたのか、強引なハンドル捌きで回避する。横で誰かが頭をぶつけた音がした。大丈夫か?

 しかしながら、メタルが武器を投げたのは攻撃のためだけではなかった。回避した槍はそのまま真っ直ぐに飛び続け、城門手前の石橋の上に突き刺さる。

 突き刺さった武器はそのまま形状を変化させ、みるみる体積を膨らませていく。先程こちら側を守ってくれた金属の防壁と同じような壁。それが石橋の上に突然現れ、行く手を阻まれる。

 このままでは衝突する!

「車を捨てます!!」

 急ブレーキを踏んでも間に合わない。わずかな間にそれを悟ったラングヴァイレは再びハンドルを放して手を合わせる。

「願い、祈り、信じる力が世界を変えて、奇跡を生み出す。願わくばもう一度、私に全てを守る力をお与えください!」

 彼が再び何かを呟いた、その直後、驚くほど唐突に、今まで俺たちが乗っていた車が消滅する。

 どういうこと!?

 突然投げ捨てられた体は勢いよく吹っ飛び、なにか、クッションのような柔らかすぎる何かの上に転がり落ちた。どういう原理かは本当にわからないが、これで衝突は免れたらしい。こんなことをしたら死んでしまうと思うのだが、どういうわけか生きている。

 しかし不思議がっている暇も無い。いち早く体勢を立て直したラングヴァイレは、前方に立ち塞がる金属の壁の方へ駆け寄っていく。彼は壁に向けて手を伸ばし、その表面にグローブごしの手の平全体で触れる。

「没収です!!」

 彼が声を上げたと同時に、そびえたつ金属の壁はラングヴァイレの手の中に吸い込まれるように小さくなり、消滅してしまった。吸収された。そう表現するより他にない光景だった。

 その一部始終をみたメタルはどっしりとした足取りでこちらへ近づきながら言葉を発する。

「同属性。しかし性能は我がマスターの方が優秀との分析結果が出ました」

「……侮辱しましたね」

「侮辱ではなく、事実確認」

 二人が睨み合っている間に俺たちもラングヴァイレの方へ駆け寄る。

「この場は私が責任を持って食い止めましょう。皆様はこのまま橋の向こうまで……」

 

「メタル、何をしてるんだ。ソイツはとっくの昔にターゲットから外したぞ」

 

 ラングヴァイレが腰から武器を引き抜いた直後、俺たちでもメタルでもない誰かの声が橋の上に降ってきた。降ってきた、そう、降ってきたのだ。謎の声は、あろうことか俺たちの頭上、空しかないはずの方向から聞こえた。

 しかも、聞いたことがある男の声だ。

 空の真ん中、正午の太陽が鮮烈に輝く逆光を背に、蝙蝠によく似た形の羽根を大きく広げた人型の何かが、こちらへ向けて真っ直ぐに視線を下ろしていた。それは人の形こそしていたが、人間というにはあまりにかけ離れた風貌。

 頭には紺青色の枝角。背には空を自由に飛び回る一対の羽根。腰の裏から生えた長太い爬虫類の尾。しっかりと人間の衣服を着こんだ下から覗き見える肌の一部は、硬い鱗のようなもので覆われている。

 だが、最も人間らしくないのは、彼の容貌の美しさそのものだった。それはむしろ、以前から少しも変わっていない部分だというのだから、皮肉な話だ。

「ソウド・ゼウセウト……」

 傍らに立つブラムが空を見上げながら呟いた。

「元気そうだな、ディア・テラス。龍探しの旅は順調か?」

 ソウドは空中に留まったまま、ブラムの方を見下ろし、フッと吐き捨てるように笑った。

「まぁ、成果なんてどうだっていいか」

「……君の方こそ、随分調子がよさそうじゃないか。ペルデンテで別れてから、どんな良いことがあったんだ?」

「馬鹿なことを言うな。世の中は腹が立つことばかりだ」

 そう言いながらソウドはぐるりと大きな体を翻す。広げた羽根で空中を静かに滑空し、俺たちがくぐろうとしていた城門の手前に降り立った。

 快晴の空と同じ色をした派手な髪が風に揺れてひらひらと宙を靡く。髪が伸びている。腰の下をゆうに過ぎ、足元に届くか届かないかというくらい長い、鮮やかな色の髪。決して一年や二年で伸びるような長さではない。

 それをソウドは鬱陶しそうに手櫛で整えながら、「こっちへ来い!」と、俺たちを挟んだ反対側の橋の上にいるメタルに向けて命令した。メタルは即座にその場から走り出し、俺たちの上空をひとっとびで飛び越えながらソウドのすぐ近くまで駆け付けた。

「やっぱり邪魔だ、ゴムを持ってるか?」

「いえ、ゴムでまとまる量ではありません、マスター」

 気の抜けた会話だが、二人が並んだことによって圧迫感はさっきよりも増している。あれは正真正銘の『龍』だ。『ただの人間』が束になっても敵わない類の、別次元の生命体。

 けれども幸運なことに、俺にはあの男をわざわざ畏れる義理がなかった。

「ソウド、どうして君が反乱勢力と同じ色の服を着ているんだ?」

 フレアを始めとした叛逆境界に属しているであろう者が揃って着用している白色の軍服。それと同じ色、よく似たデザインの上着を、ソウドは着用していた。これでは、どう見ても。

「どうやら俺は、何十年も昔から『こちら側』だったらしいな」

「君の事情はどうだっていい」

「じゃあなんだ?」

「エッジくんはどうしたんだって聞きたいんだ!」

 俺はなぜか、自分でも驚くくらい逆上したような口調でソウドを怒鳴りつけていた。

 エッジの名前を聞いたソウドは、驚くでも、怒るでもなく、ただ口を閉ざしてしばしの間黙り込むだけだった。反応が薄い。なぜそんなことを聞かれるのかわからない、とでもいうような顔をしている。

「なるほど、オマエの口からもその名前が出るのか」

 やっと返事をしたと思ったら、そんなことを臆面もなくさらりと言った。

「エッジというと、エッジ・シルヴァのことだろ。説明が面倒だから単刀直入に言うとだな、俺は、そんな名前の男が俺のそばにいたことなんて覚えていない」

 ゾクゾクと、冷たい何かが背筋を走っていくのを感じた。

「ここしばらくの間に何度もその名前を話題に出されたが、まるで思い出せない。いつもの記憶障害にしては奇妙なことに、そのエッジってヤツのことだけがスッポリと頭の中から抜け落ちてる風だ。それ以外のことならむしろ、遠い昔のことまで鮮明に思い出せたくらいなんだけどな。例えば、五十年くらい前の俺が、面白半分に反乱の旗を立ち上げたこととか、レトロ・シルヴァを殺したこととか」

 記憶障害。そうか、記憶障害……などと言っても納得できない。あんなに仲が良さそうだったエッジのことだけピンポイントに忘れる症状なんてあるはずがない。

「ディア様……」

 隣で苦い顔をしていたラングヴァイレが、離れた場所にいるソウドには聞こえないくらいの声量で話しかけてきた。

「私は、ペルデンテからアルレスキュリア城へエッジ様方を迎え入れて以来、エッジ様の身辺警護を重大な使命として任されていました。詳細まではご説明できませんが、ソウド様の事情についても把握しております。今の彼が言っている言葉に、嘘はありません」

 ラングヴァイレは説明を続ける。

 エッジとソウドがアルレスキュリア城に滞在し始めてから数週間後、ソウドはとある経緯によりハイマートへの遠征任務へ同行することになった。そのハイマートを訪れた際に、彼は街の中にあった古い牢獄塔の崩壊に巻き込まれ、意識を失った。崩壊が起こった原因は不明。崩れた塔の近くでぐったりと倒れていたソウドを助け起こすと、目を覚ました彼は自分の過去の記憶を全て思い出したと主張し始めた。不自然にもただ一人、エッジ・シルヴァのことだけを除いて。

 以降、ソウドは何を思ったかアルレスキュリア城に戻るのを止め、行方を眩ませた。本人にはあまり隠れる気が無かったため目撃情報はいくらかあった。彼にとっては古くからの面識があったらしい貴族の屋敷、アルレスキューレの国境部分に点在する叛逆境界のアジト、灰軍の臨時演習場。

 何かを企んでいることは明確であったが、それを知ったところで誰も彼の行動を止めなかった。ソウドは、自分が人間ではないことすら、周囲に教え伝えて回っていたからだ。

「それで貴方! フォルクスとか言いましたね? 一体どこから来たのですか!?」

 真剣に話を聞いていたところに、突然ブラムの少女らしい高音の声が耳に飛び込んできた。

 ブラムはとことこと俺たちの前に躍り出て、威嚇するような表情で仁王立ちをしながらソウドを睨みつけた。ソウドは「なんだコイツ」と完全に馬鹿にしきった態度でブラムの方へ冷めた視線を送った。

「オマエの方こそ、どこから、いつの間に、この世界に漂流して来たんだ? 見たところ大した神格も持っていないみたいだが、どうせ俺より後に自我が芽生えた類の雛鳥だろ」

「雛鳥などではありません! 私はこれでも立派な龍の一柱! あなたとの年齢の差だって、誤差みたいなものではないですか!!」

「ヘタクソなんだよ、神力の扱いがっ!!」

「なっ、なんて暴言をっ!?」

「昨日の夜から何を突然思いいたったか、俺の周囲をピーチクパーチク神力を使って飛び回りやがって! 一晩中!! 夜が明けるまで!! サーチするならせめてこっちにバレないように嗅ぎまわれってんだ、ひよっこヘビ女!!」

「ひよっ!? だ、だまらっしゃいっ、この不敬者!! 好き勝手しているのはそちらの方ではありませんか!! 神聖なる力をただの人間に貸し与えるなど、言語道断極まりない!!」

「お生憎様、この世界にはもう時空龍はいないんだ! レンタル禁止の自分ルールなんてもんを他人に押し付けたって意味がないぜ!!」

 突然不毛そうな喧嘩を始めた二人の間に割って入り、ブラムの体を小脇に抱えて距離を離す。抱えて移動させられている間もブラムは何か騒いでいたが、どうも口喧嘩では彼女に勝算はないと見ていいのだろう。ソウドからは完全に格下扱いされてしまっている。

 せっかく真面目な話をしようとしていたところだったのに。

「チッ、どんなヤツかと思って一応顔を見に来てやったが、とんだお騒がせドラゴンだ」

「マスターも大概では」

「メタル!!」

「はい」

「撤退だ! 目的の物は確保できた。アイツの顔はもう少し殴ってやりたいところだったが、それは別の機会でも十分だ。もうここにいる必要はない」

「承知いたしました、マスター」

 ひとしきり騒いだ後に、ソウドたちは「撤退」という言葉を口に出した。それとほぼ同時に城内の喧噪がザワザワとグラデーションを変えるように揺らぎ始める。彼の言葉一つとともに、境界側の勢力全体が行動を変えた。

 先ほど彼が言っていた「反乱勢力の旗上げ」とやらは本当だったのだろう。ソウド・ゼウセウトという一柱の神たる存在が、王制国家アルレスキューレを糾弾する叛逆境界ホライゾニアの中心人物であることは、もはや見るも明らかであった。

 ソウドは白い上着から一冊の本を取り出し、それをこちらへ、特にラングヴァイレへ見せるように突き付けながら悪役みたいに口角を上げて笑った。

「悪いな赤軍隊長。どんなに大将がふざけた力を持っていようが、戦争になれば優秀な部下を多く持った方が勝つんだ。今回の戦利品はまんまと頂かせてもらうぜ」

 その言葉を最後に、ソウドとメタルはあっという間に城門の外へ飛び去って行ってしまった。

 あの本はなんなのか。少しおとなしくなったブラムの体をしっかりと抱きしめながら、ラングヴァイレの顔を見ようと首を動かした。その時に、チラリと困惑した表情をしたマグナの顔が目に入った。

「ね、ねぇ、ディア……」

 マグナはやはり困った顔と声色で、本当にわからないからといった態度で、俺にむけて一つの疑問を投げかけてきた。

 

「エッジって、誰?」

 

 俺は、信じられないものを見た思いで目を見開き、驚愕した。

 視界の端で、誰かが拳をぎゅっと握りしめる、怒りに満ちた音が聞こえたような気がした。

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