記述22 ここに神話をもう一度 第4節
貴賓室はしばしの間、時が止まったように静まりかえっていた。超常なる奇跡を前に誰もが言葉を失ってしまっていたからだ。
静寂。
それを最初に打ち壊したのは『怒声』だった。
「撃てええぇーーーーーーーっ!!!!」
誰かが突然叫び声を上げた!
驚いて振り返ると、俺の斜め後ろの席にいた貴婦人が興奮した様子で立ち上がっていた。鼓膜が切れるかと思うほど巨大な声量。
側で控えていた兵士の一人が貴婦人を取り押さえようと跳び出した、その時、分厚いガラス壁の向こうから土砂降りみたいな銃撃音が轟き始めた。
ドドダダダダダダダダダダダガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!!
大量の鉛玉は舞台の右と左、両方面から突如として撃ち出された。挟撃する形で壇上のイデアールに容赦のない一斉射撃を繰り出していく。
舞台に備え付けられていた防護壁がそのほとんどを見事に跳ね返す。性能は十分だったのだろう。しかしどれだけ防いでも射撃量は一向に減らず、むしろ段々と勢いを増していく。動員数が多いのだ。
防護壁の表面には次第にヒビが入っていく。後どれだけ持つだろうか。そんな危機的状況になってなお、イデアールと王女は元々立っていた場所から一歩も動いていなかった。逃げ惑う様子などなく、むしろ表情すらも微動だにしていなかった。
式場にいた民衆たちは兵士たちの誘導に従って大急ぎで避難を始める。大騒ぎになってはいるものの思いの外冷静に行動しているのは、彼らのほとんどが此度の襲撃のことを事前に知っていたからだろう。襲撃者たちも彼らに銃口を向ける様子はない。
一方で俺たちの方も銃撃音の開始と共に慌ただしく動き始めていた。
「ディア、逃げるよ!!」
黒軍の鎧を纏って警備の中に混じっていたウルドが、俺の席まで駆け寄って来て声を上げる。
手を引かれながら立ち上がろうとした、その時、頭上から異様な打撃音が聞こえてきた。
ゴガッ!!!!
ドゴガッ!!!!!
今度はこちらの番。上の階に始めからいたらしい、正体不明の何かが天井を突き破って侵入しようとしている。
ドゴシャガシャアアアアアアアーーーーッン!!!!!!!
壮絶な破壊音と共に天上が崩れ落ちてきた。それも勿論、一つしかない避難路の真上! 入口を守っていた何人かの兵士が頭から瓦礫を被り痛ましい悲鳴を上げる。目眩ましの煙幕まで投げ込まれ、貴賓室は瞬く間に煙でいっぱいになった。
緊急事態を察した誰かがその場から走り出し、ガシャンと何かを叩いた。その間、真っ黒に立ち込めた煙の中で交戦が始まる。金属の板を叩き割るような派手な音が狭い室内に地響きのように反響し続ける。ウルドは俺の体を腕の中へ抱きかかえ、もう片方の手で武器を構える。暗視はできても煙はお手上げ。チッと舌打ちの音がした。客席の背もたれを盾代わりに身を屈め、音と気配だけを頼りに周囲の動向を把握するしかない。
そうこうしている間に突然俺たちの後ろ側から金具のような物が外れる音がした。さらに何かがスライドする長い摩擦音が流れ、それとともに煙が急激に晴れていく。
「誰だ! ガラスを開放したヤツは!!」
振り返ると式場側の壁に張られていたガラスが無くなっている。ウルドはしめたとばかりにガラスの方へ跳び出そうとしたが、そこで、薄くなった煙の隙間を縫うように一筋の金色の光が視界で閃くのを見た。新たな襲撃者だ!
「伏せて!!」
突然腕の中から開放され、言われた通りに頭を伏せる。次の瞬間、頭上に巨大な斧のような得物が振り下ろされてきた!
これをウルドが両腕を構えて防ぎきる。合金製の小手が呆気なく破壊されるが、さすがはウルド、その下の真っ白な柔肌は無傷だ。しかしウルドの口からは予想外の言葉が飛び出した。
「攻撃が重い!?」
次は避けた方が良い。そういう反応だった。そんなまさか。
驚いている暇もなく、金色の襲撃者は二撃目を繰り出してきた。今度は横一線。ウルドは俺の体をもう一度抱え上げ、ついでに左右で小さくなっていたライフとマグナの体もひょひょいっと抱え上げてその場から大きく跳んで退避した。強烈な薙ぎ払いが空を切り、風圧で一気に煙が掃けて視界がクリアになった。
目の前に立っていたのは……背の高い金色の男だ。金色の髪、金色の瞳、金色の巨大な得物。鎧だけは真っ白で、丁寧に磨かれた表面は鏡のように光を反射してギラギラと攻撃的に光っている。眼光は研ぎ澄ました刃のよう。破壊行為に躊躇など一度もしたことがない、とでも口にしそうなほど冷徹な風貌で俺たちの前に立ちはだかっている。
「この男、見たことがある!」
俺は思わず声に出して驚いた。つい昨日、トラストさんの屋敷に向かう途中で遭遇した目付きの悪い男だ。
しかし今はそんなことを気にしている場合ではない。金色の男はこちらの動揺など知った風もなく、一切の無駄がない動作で得物を振り上げる。どう見ても室内で振り回しちゃいけない類の、長い柄を持った斧状の武器。それがもう一度振り下ろされようとした時、俺たちの背後から二つの黒い塊が飛び込んできた。黒軍の兵士だ。
「ンだテメェゴラアッ!!」
「名を名乗れぇえい!!」
声を聞いて判る。貴賓室への案内を任されていた二人だ。素行の悪い方がビック、発言がおかしい方がエイドだったはず。
息の合った見事な連携で金色の男に両サイドから同時に襲い掛かり、攻撃を阻止する。日頃の行いには不安しかない彼らであったが、しかし戦闘においてはスペシャリストだったらしい。瞬く間に激しい剣戟が繰り広げられる。最中、ビックが声を荒げて文句を言い始めた。
「オイッリーダァー!! コイツさてはアンドロイドか!?」
「馬鹿者!! こんな頑丈なアンドロイドがいるはずないであろう!」
アンドロイドと言われ、脳裏にフロムテラスの影が通り過ぎた。味方している? どちらに?
「なぁにボサっとしてるんですか、マイ・ディア様。さっさと逃げますよ!」
急に死角から声をかけられ、振り返るとこれまたどこかで見たことがある男が黒い鎧を身に纏って立っていた。
「ディノ!?」
俺の代わりにウルドが彼の名前を呼んでくれる。
「出口は瓦礫で塞がっちまってるし、そっちの方でもドンパチやってる音が聞こえるでしょう? ちょいと難易度は高いですが、あのデカブツの隙を付いてガラスの開いた方から飛び降りますよ。そっちのお嬢さんは俺に任せて下さい」
そう言ってディノは座席の間で小さくなって震えていたブラムを両手で抱え上げる。ウルドはその提案に乗るようだ。返事をする代わりに真剣な眼差しで前方の敵を睨みつける。
もはや宿敵と化した金色の男はというと、何故かピタリと動作を止めていた。こちらが隙を付こうとしていることに勘付いたのか、それとも……
「私に名を言えと尋ねたか? 良いだろう。名も、所属も、今となっては何の意味も為さない。しかして名乗り上げることには意義があると分析する」
金色の男の突拍子もない対応に虚を突かれる。「名乗れ」というキーワードに反応したのか。その様子を見て彼がアンドロイドと近い性質を持った何かであることを推察する。しかし今は隙ができたことの方が重要だ。ウルドは好機を見逃さず、素早い動きで壁際に走り寄る。人間を三人抱えていようが動作に一切の支障がない点が実に頼もしい。
男が言葉を続ける。
「全ては我が敬愛なるマスターのため」
ウルドが身を低くし、滑り込むような動作で敵の横を潜り抜ける。
「我が名は、メタル・ハルバード」
床を蹴る動作とともに部屋から跳び出した。抱え上げられていた体がふわりと浮き上がる。
その浮遊感が重力に吸い寄せられて落下に変わる、その時だ。
大きく開けた視界、明るいアルレスキューレの街並みと真っ青な空の景色。
その景色を、青より青い一筋の稲光が二つに切り裂いた。
雲も無いのに落ちる落雷だった。
「我らは、白銀の旗の下に集いし革命組織、叛逆境界ホライゾニア。
偉大なる守護神龍であらせられる、マスター・フォルクス様の眷属である」