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それでも神話は生誕するのか  作者: 鵺獅子
記述22 ここに神話をもう一度
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記述22 ここに神話をもう一度 第2節

 今から数刻前にマグナから聞いた言葉を思い出した。戴冠式の会場へ向かう馬車の中でした会話だ。

『王女様の正体ってエッジさんなんじゃないの?』

 人を疑うことにすら真っすぐで、素直な性格をした少年だと思った。しかしどう返事をしたものか考えさせられる。俺はマグナの頭をポンポンと軽く叩くように撫でながら、しばしの間頭をひねった。

『実物を見てから考えても遅くないよ』

 考えた結果出した言葉がこれ。我ながら随分と適当なことをのたまうものだ。マグナが首をひねりながらイマイチ納得できていない顔をするのもムリはない。

 冬葬祭のメインイベントである戴冠式には、あの噂の王女様ももちろんやってくる。戴冠式というものは簡単に言えば新しい国王を即位させるための儀式なんだと聞いている。大昔にはアルレスキューレ以外の国でもよく行われていた儀式らしく、地域によって様々な様式があったらしい。この国では主に『時代の王と定められた若者が、高貴な血統を持つ名家の娘を王妃として娶ること』に重点を置いた様式をとっている。つまり、結婚式だ。アルレスキューレは建国以来、女性優位の特徴を持った王家によって支配されてきたから、その影響で結婚というものがより特別な扱いをされるように発展していったのだろう。

 だから、戴冠式には必ずあの王女がやってくる。そのことを頭に入れたうえで、俺たちは戴冠式が行われるアルレスキュリア城の大門をくぐった。

 護衛に使いなさいと言って紹介された二人の黒軍兵士に案内をされながら城内を移動する。トラストさんの屋敷の敷地も広かったが、一国の主の居城ともなると規模は段違いだ。灰色のブロックを何十何百と積み上げて建造された城塞の迫力とくれば凄まじい。遠くから眺めている時は古い絵本の挿絵みたいな建物だと雑な感想を抱くだけであった。だが、城内に足を踏み入れた途端その感想はじめっとした緊張感に塗り潰されてしまった。

 俺の眼に映るアルレスキュリア城は異形の建築物だった。具体的に何がどう気に入らないのかはハッキリとわからないが、全てが陽炎のようにぼんやりと揺れていて、そこかしこに微細な不気味さが漂っているように感じられた。しかし前や後ろを歩く同行者たちは誰もそんなことを気にしていないようだ。とても「なんかここ変じゃない?」なんて間抜けなことを言える雰囲気でもなかった。

 顔を上げれば遥か上方に群青色の国旗が風に揺れているのが見える。城の屋根に積もっていた雪は日の出とともに全て溶け、雪解け水で湿った跡がほんの少し残っているくらいだった。日差しが強く気温も例年より高めな天気だとライフが教えてくれていたが、ひんやりとした風が普段より強めに吹いているためか体感温度は昨日とそう変わりはなかった。

 広々とした庭園の中をしばらく歩いていると、此方に向かって歩いてくる三人の兵士と鉢合わせた。齢四十前後で貫禄のある顔立ちの男性ばかり。揃って鈍色の金属鎧を着用していることから国軍第三部隊『灰軍』のベテラン兵士であることが窺い知れた。

 現在のアルレスキューレ国軍には四つの部隊がある。王族や城の中に住む為政者たちの護衛を主な任務とする第一部隊『黒軍』。国内の巡廻警備を行い犯罪を取り締まることを主な任務とする第二部隊『金軍』。諸外国との抗争を想定した国外遠征を主な任務とする第四部隊『赤軍』。そのどれにも属さない兵士たちが所属しているのが第三部隊『灰軍』だ。

 灰軍の特徴はとにかく規模が大きいこと。軍事国家の側面が強いアルレスにはたくさんの職業軍人が暮らしているが、その七割が灰軍に所属している。「鍬を槍に持ち帰れば飯に在りつける」と揶揄されるくらい簡単な入隊試験のおかげで、失業や貧困に苦しむ国民が最後の頼みの綱として連日のように兵舎に駆け込んでくるんだとか。構成員のほとんどがそうやって増えていった民兵なものだから、練度に関しては何も期待ができない有り様である。そのうえ端から期待されていないもんだから、ろくな訓練も施してもらえない。しかもそれを指揮する上官は成績不振の上級士官学校卒業生や、官職からあぶれて天下りした貴族たちなのだから救いようがない。

 使い捨ての勢力として存在する灰軍は、この国の腐敗と衰退の象徴みたいな集団である。だからこそ、今このタイミングでは最も関わってはいけない連中でもある。誰だって好き好んで虎の尾を踏みに行こうなんて考えない。

「お疲れ様です、黒兵殿。そちらにいらっしゃるのが件のお客様方でお間違いありませんか?」

「その通りだ」

「上より観覧用の貴賓室へ誘導するよう仰せつかりました」

「それは助かった。いかんせん急ごしらえの式場すぎて、どこにどの部屋が新設されたのやらさっぱりわからなかったのだ」

 案内に寄越されていたはずの黒軍兵士の口から思いがけない発言をされて耳を疑った。あまりにあんまりな暴露だったような気がするが、言った本人は一欠片も負い目を感じていないようだ。堂々と胸を張り、威風堂々な態度で灰軍兵士と接している。

 傍らに立っていたウルドが元同僚の何とも言えない姿に冷ややかな視線を送っている。わりといつも通りの光景なのかもしれない。

「貴殿は相変わらずのご様子ですね。ディノ様がご心配なさるお気持ちもわかります」

「心配する必要がないからどっかへ行っているのだろう! しかし言われてみれば彼のことも最近見かけぬな。シリアといいディノといい、一体どこをほっつき歩いているのやら」

「恐れながら、昨今の情勢は混迷を極めておりますので、彼らが忙しくするのは無理もないことかと」

「奴らも例の件に駆り出されていると? だとしたら全く、面倒なことになったものだ。まぁいい、今は彼らを来賓室へ送る方が先である。大事な客人たちだからな、早く椅子に座らせてやりたいのだ。案内をしたまえ」

「かしこまりました」

 灰軍兵士の一人が深々と頭を下げる。その一瞬、兵士の鋭い眼光がギョロリと動きこちらを睨み付けた。明確な敵意、あるいは所属不明への警戒心。それはあっという間に霞のように消え失せ、礼を終えて頭を上げた時の顔は平然とした仮面の表情に戻っていた。

「それではこちらへ」

 バレバレの作り笑いとともに歩き出した灰軍兵士たちの後を、黒軍の案内役たちが暢気そうな顔でトコトコ付いて行く。彼らに続いて自分も再び歩き始めようと踏み出したところで、ウルドがぼそりと陰口のような言葉をこぼした。

「アイツら、もう隠す必要もないんだろうね」

 前を行く彼らが耳をそばだてていれば十分に聞こえるくらいの声量だった。けれども彼らがこちらを振り向く様子はない。その余裕めいた態度を目の当たりにして、今度はブラムが言葉を付け加えた。

「負ける気がないのでしょう。今となっては数も質も彼らの方が上手です」

 悪政に苦しめられた民の集団。そんなものが剣や鎧で武装したところで、素直に働いてくれるわけがない。彼らはもう十分に苦しみ、嘆き、多くのものを失ってきた。だから今度は「守りたい」という想いを槍の先に結び付けて掲げ、奪う側に回ろうとしている。

 そこまでの結束力を持っているのに、どうして反乱なんて野蛮な道を選んでしまうのだろう。

 抗議の方法なんて他に幾らでもあるんじゃないかな、なんて思ってしまうのは、俺が戦争なんて言葉を知らないフロムテラスの温室で生きてきたからだろうか。彼らの勇敢なる決意の、意味と価値がわからなかった。


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