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それでも神話は生誕するのか  作者: 鵺獅子
記述20 終末世界の支配者たち
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記述20 終末世界の支配者たち 第4節

 筆記を用いた会話を少しばかりやりとりした後、アーツは「時間が欲しい」と言って一枚の紙に長い文章を書き出した。何度も唸り声あげ、持病の痙攣でもあるのか体中を震わせながら完成させたそれには、嘘偽りなんてあるはずがない。

 しかしながら、俺と一緒に紙面の文字に目を走らせていたライフの表情には「信じられない」という感想がにじみ出ていた。それも仕方ないことだろう。龍の姿を語る不思議な美女のことならまだしも、龍そのものが真夜中とはいえ人が暮らす領域の上空に現れたなど、簡単には信じられない。本当に出現していたなら、もっと龍は話題になっていたはずだ。そのうえで遠くにいるはずの美女の声が聞こえてきただの、世界が様子を変えただのと抽象的なことを言われても、さらに不信感が増すだけだ。

 一方で自分にとってはどうだろう。

「ディア、何を考えているの?」

 ライフに声をかけられて、考え事に没頭しすぎていた意識がハッと現実に引き戻される。紙面の文章から顔をあげると、目の前の簡易ベッドに腰をおろしていたアーツが、こちらをじっと見ていることに気付いた。

 彼に、何と声をかけるべきか考えた。

「アーツ画伯。実は私も、この大陸の中央で、あなたと同じものを見ました」

 アーツは静かに俺の言葉に耳を傾ける。

「会話もしました。自我があったのです。そしてあの存在は、自身のことを確かに龍と自称し、超常的な神秘の力を持つことを私に教えていった。目の前でその存在の巨大さを実感している最中、そこには間違いのない現実味がありました。ですが、私はその出会いの最後に夢から目覚めました。眠っていた自覚などどこにもなかったのに、私は目を覚まし、そして覚えのない場所にいた」

 アーツが見たという龍の外見は、俺が逆さ氷柱で目撃した巨大な影と同じもの。証言の内容もまた、自分が旅の中で体験してきた、世界が書き換えられるような不思議な体験によく似ているように思えた。

 自分以外にも同じ体験をした人間がいることを聞けば、普通ならば安心できるところではあるが、さてどうだろう。俺はいまだにあれらの体験を幻覚か白昼夢か何かだと思い込み、信じたいと思う意思とは裏腹に、現実であると認識することを理性でもって拒んでいた。そこに「正しい」という他者からの後押しが入ったのは今回が初めてのこと。

「あなたに出会わなければ、私はずっとこの出来事を夢か幻のように認識して、誰にも話さずに生涯を終えるところだったかもしれません。ですが、今、こうして出会えました」

 認めざるを得ないのだろう。世界が書き換えられる超常現象は実在している。しかも、アデルファが探せと言った『龍』という幻想生物と深く関わり合っている。

「アーツ画伯……あなたは決して、おかしな人間などではありません。他の人が何と言おうと、私はあなたを信じます。そして、この出来事を誰かに伝える勇気を持ってくださって、ありがとうございました」

 こちらを見つめていたアーツの顔が下を向く。そして膝に置かれていた紙と筆記具とをベッドの上へおもむろに投げ出した。もうこれ以上話すことは無いと言いたげな態度だ。伝える言葉を間違ってしまったのかと思ったが、傍で一部始終を見守っていた隊長は「君と話せて満足できたみたいだね」とにこやかな表情でアーツの心境を教えてくれた。

 俺は何か言いたげなまま口をつぐんでいるライフの手を引いて、アーツの隊舎から外へ出ることにした。筆記でのやりとりが多かったため、外で待っていたウルドとマグナには何があったのかは伝わっていない。そこでアーツに書いてもらった文章をウルドたちにも見せてみたけれど……結果はライフと同じような半信半疑の表情だけだった。

「ディアはこんなことを簡単に信じちゃうんだね」

「一種の才能さ」

 笑って返す。そこでライフがついに口を開き、俺に問い詰めてきた。

「さっき言っていた、大陸の中央で龍に会ったっていうのは、どういうこと?」

 さてどうしたものか。はぐらかそうとも思ったが、もう秘密にする理由もないなとも思う。ならばこの際、共有してしまった方が良いのだろう。

「今までずっと、現実のことだったかどうか確証が持てなかったから、黙っていたんだ。嘘を言っても仕方ないことだからさ。でもアーツ画伯も見たことがあるって言うのなら、もう大丈夫。話せるよ」

 逆さ氷柱で一晩を過ごした時、夜中にエッジと会話をした。その最中に意識が曖昧になって、気付いたら周囲全てが深い闇に包まれた真っ暗な空間の中にいた。そこで見たことがない巨大な存在と対面し、自身を『龍』と名乗るそれから「俺の願いを叶えてみせよ」と契約を持ちかけられた。

 

 『お前が俺の願いを叶えるのだ。さすれば俺が、お前の願いをなんでも一つ叶えてやろう』

 

「契約しちゃったの!?」

 あなたって本当にとんでもないことばかりするのね、とライフが驚く。

「神様にも叶えられない願いって、何なんだろう?」

 と素朴な疑問の言葉をあげたのはマグナだ。

「子供のことだと思うよ」

「子供?」

「うん……あの時出会った龍は、自分のことをエッジ・シルヴァの父親だって言っていた」

「エッジさんも龍だったってこと!?」

「どうだろう……でも、その可能性は高いんじゃないかな」

「エッジくんは人間の姿をしてたよ!」

 ここで静かに話を聞いていただけだったウルドが声をあげて反論した。ウルドにとって、エッジが人間なのかどうかは無視できない話題だったのだろう。

「彼の父親も、エッジくんの記憶の中ではちゃんと人間の姿をしていたはずなんだ。だとしたら、龍には人間とそれ以外との姿があるって考えた方がいい」

 そう言い返すと、ウルドは意外にもあっさりと黙り込む。ウルドにはウルドなりに、何か心当たりがあったのかもしれない。

「つまり、私たちが今も探している龍って……」

「人間の中に紛れている」

 そんなの探せるの? という思考が、話を聞く三人の表情それぞれに滲み出る。

「とにかくグラントールを出たら、俺たちはまた一度アルレスキューレに戻らないといけない。トラストさんからの招待状があれば安全に関所をくぐることができるし、捕まることもないらしい。いや、何らかの策略がある罠だとしても、俺たちは何としてもエッジにもう一度会わなきゃいけないだろ? アルレスには行かないとなんだ」

「罠かどうかなんて、そんなことは僕がいる限りなんにも心配はいらないよ。それよりも、ディア。本当にグラントールの大穴の方へ行くの?」

「もちろんだけど?」

 ウルドがマグナの方をチラリと見て「そっか」と舌打ちみたいな言葉を吐く。マグナがビクリとふるえる。

「わかってるよ。もうわかったから。止めても無駄だってさ。でも、だったらそれはそれで、僕はディアのことを守り続けるから。そういうつもりでヨロシクね」

「もちろん、頼りにしているよ、ウルド」

 ウルドの表情がフフンと満足げなものに変わった。

 これで情報の共有はある程度済み、話がまとまった。そのタイミングで、様子を見計らっていたらしい隊長が俺たちに話しかけてきた。

「ところで君たちって、もしかして……でるでるくんのことを知ってる?」

「で、でるでるくん?」

「うん。そういうあだ名……って、違うな。アデルファくんだよ! アデルファ・クルトっていう赤い服の学者さん。さっきそこのお嬢さんの名前がライフ・クルトさんだって聞いた時に、これはもしかしてと思ったんだ」

 みんなを代表してライフが質問に答える。

「ええ。アデルファは私の祖父で間違いないわ」

「祖父!? 驚いたな、こんな偶然があるなんてね。あの子は元気にしているのかな? 今はどこで何をしているの? まだ龍探しを続けてる?」

 隊長はまるで昔馴染みの友達にでも会ったかのように嬉しそうな声を上げ、大袈裟に両手を振って喜び始めた。けれどライフは冷静に、単刀直入に真実を伝えた。

「あの人はもうこの世にいないのよ」

「え?」

 体調は短い声をあげて動きを止めた。それから少しばかりの間だけスンと黙り込み、「そっか、もうそんな頃合いだったか……でも、でるでるくんは、ちゃんと後継者を作ることができたんだね」と言って、微笑んだ。

「隊長さんの方こそ、アデルファさんとはどのような関係だったんですか?」

「昔なじみの仲ってヤツだよ。初めて会ったのはあの子がまだ十代の若者だった頃。俺が言うのもなんだけど、でるでるくんはとびきりの変わり者でね。いわゆる電波とかいうもので、世界のありとあらゆる真理に精通していると自称していたんだ。自分には使命があると言い張りながら、世界中を旅してさらなる見聞を深めていたみたいだね。そんな中で偶然俺たちは出会って、案の定意気投合した。それからも何度も旅先ではち合わせたりして、交流を続けていたんだけど、ここしばらくはすっかり見かけなくなってしまってね。ずっと、心配してたのさ」

「その……色々たずねたいことはあるんですけど……アデルファさんと最後に会ったのって、いつなんですか?」

「えっとね? ……あぁ、十年前かな。グラントールに爆弾が落ちて、天変地異の大災害が起きた直後のことだ。あの子は俺に会うや否や『首都を見に行きたい』と声を上げた。今この大陸で最も危険な場所に違いないっていうのに、気持ちだけは誰にも負けない見事な豪胆ぶり。そこでグラントール周辺の地理に詳しかった俺が、一肌脱いであげることにしたんだ。あれ? でも確か、あの時……一緒に小さな女の子がいたっけな」

「女の子?」

「うん。白金色の髪に、大きなペリドットの瞳をしたアブロードの女の子だった」

 隊長の話す言葉を聞いて、瞬時にとある人物像が頭の中に浮かび上がる。ラムボアードの美術館で出会った、あの不思議な女の子だ。

「もしかして、これくらいの背の高さの?」

 右手を平行に掲げて具体的な高さを示すと、隊長はまさにその通りだと首肯した。

「でるでるくんとその女の子は爆弾のせいで消滅してしまった首都の跡地まで来ると、そのままあの危険な大穴の底へ潜って行っちゃったんだ。流石にそんなところまで俺も着いて行ったりはしなかったから、彼らが何を見たのかはわからないよ。ただ……帰ってきたのはでるでるくん一人だけ。何があったのか聞いてみても、これでいいんだよとしか話してくれなかった」

「置いてきちゃったのかな?」

「どうだろうね。でも、君たちもどうやらあの子と同じように大穴に潜るみたいだし、もしかしたらその時に会えるのかもしれないよ」

 

「おーい、隊長!」

 

 そこまで話したところで、会話の外側から誰かの声が入り込んできた。振り返ると、そこには大きな酒瓶を両手に持った数名のキャラバン隊員が焚き火を囲んで座り込んでいる。

「もう夕陽は沈んじまったよ。立ち話なんて後々、早速メシ食って酒飲んで、楽しくやっちまおうぜ!」

「それもそうだね!」

 と笑う隊長。すると焚き火を囲む内の一人がマグナの方を見て声を上げる。

「あれ!? キミ、もしかしてグラントール人かい!?」

「えっ!? あ、えっと……そうですけど……」

「本当に?」

「うわぁ、グランの子供なんて十年ぶりに見るかも」

 焚き火を囲んでいた者たちが次々に立ち上がり、小さなマグナの周囲に群がっていく。わいわいとマグナを挟んで楽しげな会話を繰り広げ、それからすぐに彼の体をひょいっと抱え上げると、焚き火の方へ持って行ってしまった。まさか食べるつもりなんじゃないだろうか?

「アンタたちもこっちにおいで。グラン人の連れっていうなら、どれだけでも歓迎するよ! そうだろう隊長」

「グラン人でなくても俺は歓迎だけどね。まぁ、とびきりの御馳走を出してやっておくれよ」

 隊長の一言の後、人の波に流されるように俺たちもまたマグナに続いて焚き火の方へ連れて行かれる。まもなくして今晩の食事が焚き火の回りに運ばれてきて、とても愉快な宴が始まった。

 老若男女様々な顔ぶれのキャラバン隊員の輪の中で、本日の主役はマグナ・デルメテ。代わる代わるで小さな友人に話しかけ、頭をなで回し、口に食事を突っ込んでいく。

 真っ暗な荒野の上に笑い声が響き渡り、そんなに上手くない楽器を鳴らした音楽が流れる。

 明るい炎を取り囲んだ夜は、瞬くような速さで老けていった。


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