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それでも神話は生誕するのか  作者: 鵺獅子
記述20 終末世界の支配者たち
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記述20 終末世界の支配者たち 第2節

 移動する調査団のフライギアの後を追って、とあるキャラバン隊の野営拠点にやって来たのは、グラントールに降り立って最初の日の夕入り前のことだった。茜色というにはほど遠い黒々とした夕焼け空の下、防塵目的で高く張られた布張りのフェンスの中に明々と灯る焚火の光がいくつも照っていた。拠点の中には今までに長い旅をしてきたことが一目でわかるほど擦り切れた風貌をした大型の荷車が何十台も駐輪されており、その間の空間を埋めるように簡素なテントが建ち並んでいる。

 好奇心を持って近付いてみると、拠点の中から聞こえてきたのは老若男女の楽しそうな笑い声。もうじき夜がやってくるという忙しい時間帯にも関わらず、焚き火を囲んで笑い合う彼らの手の中には早くも酒が入った金属製のジョッキが握られていた。他には岩の上に寝そべったり、踊ったり、ボードゲームをしているものもいたり。あまり上手くない楽器をキィキィ鳴らしているものもいれば、真剣な顔で瓶詰め模型の作成に精出しているものもいた。

「なんか、ヒマそうだね」

 横で同じものを見ていたウルドが正直な感想をもらす。そうだなぁ、としか言い様がない愉快な空間だ。

「兄ちゃんたち、お客さんかい? 一日に二つもフライギアのお客さんとは珍しいや」

 拠点に入ってすぐのところでどうしたものかと立ち止まっていたら、入り口のすぐ脇の辺りで通信端末をいじっていた一人の中年女性が話しかけてきた。

「はい。先にやって来ていた調査団と一時的に同行しているんです」

「あー、あの生真面目な連中の。そりゃ大変なもんだね」

「生真面目、ですか?」

「こんな危険な土地に我が身一つで進んで調査に来たがるような人たちだよ? よほどの使命感でもないかぎりできることじゃないさ」

「お姉さんたちもこの辺りでずっと暮らしていると聞きましたが」

「ハハハッ。ワタシらは所謂自殺志願者ってヤツさ! 死ぬ時はここにいるヤツらとみーんな一緒。楽しいもんだね」

「は、はぁ……楽しい?」

「とにかくここに来たなら隊長に挨拶していきな。今なら、そうさね……」

 と、女性が何か言おうとしたところで、近くのテントから「うわああああああああああああっ!!」と大きな悲鳴が聞こえてきた。一体何事かと思って俺が目を丸くする一方、同じ叫び声を聞いた女性の方はワハハと短い笑い声をあげるだけだった。

「ちょうどいいや、すぐそこの……たぶん鳥小屋の辺りにいるみたいだから、行ってみるといいさ」

 声の方を軽く指でさし示し、それだけ伝えると女性はまた何事もなかったかのように手元の通信端末に視線をおろし、いじり始めてしまった。

 俺たちはお互いの顔を一度二度と見回した後に、やや怪訝な気持ちを抱いたまま、教えられた鳥小屋の方へ向かってみることにした。

 

 

「だず……ボフッ! ゲホッゴホッ! たすけっ! うぐっ!!」

 入り口の女性に示された鳥小屋に入った途端、大量の鳥に囲まれてリンチにされている若い男の情けない姿が視界にとびこんできた。

「あの……どうしてこんなことになっているんですか?」

「ちがうの! タマゴをちょっと、いただこうかなって……いたい!」

 周囲には暴れ散らかした後と見られるように鳥の羽根がバラバラと飛び散っており、「コケコケコケ!!」という鳥たちの勇猛な叫び声が反響している。そんな中に傷ましい涙声の悲鳴がまた一つ上がり、またもう一度と鳥たちは被害者の脇腹をクチバシで突き、足の爪でズボンを引っ掻き回す。

「マジで助けてください!!!」

 これだけ大声をあげて騒いでいるのに、周囲で酒を飲んでいる人たちは少しも助けに入る様子がないのはなかなかにアッパレなことだ。

 しかしながら、もしかしなくとも、あの女性が言っていたことが本当だとすれば、この今もまさに鳥たちから攻撃を受けているこの情けない彼こそが、このキャラバン隊の隊長なのだろうか。だとすれば挨拶をしなければならないのだが、このままでは会話の一つもまともにできない。助けるしかないのだろう。

 仕方ないと思いつつ、俺とウルドで鳥小屋の柵の中へ入り、男の体を鳥の群れの中から引きずり出そうとしてみた。被害者男性よりは鳥の方に気を遣いながらの救出作業だったせいか、それなりに時間がかかってしまったが、だんだんと鳥の方も群がることに飽きてきてくれたおかげもあって、なんとか男を鳥小屋の外に出してやることができた。

「しぬかとおもった」

 人生におけるトラウマがまた一つ増えたとでも言いたげな悲壮な表情で、助けられた男は地面に横たわったままポツリとつぶやく。

「それで、アンタが隊長なんだよね?」

 くったりと地面の上に横たわる男の方へ、ウルドが改めた調子で近付いて行き、話しかける。すると彼は閉じいていた両眼をパッと大きく瞬かせながら高らかに返事をする。意外に綺麗な紫色の大きな瞳をしていた。

「イエス! 俺がこのキャラバン隊の隊長、その人だ! 君たちはえっと……お客さんだね?」

「ついさっきこの拠点に来たの。アンタ、アーツって名前の画家のこと知ってるの?」

「アーツ画伯? 彼ならまさにこのキャラバン隊に同行しているよ。彼に何か御用かな?」

 その返事を聞いてから、ウルドに一度目配せしてから会話相手を交代した。

「私たちはそのアーツ画伯の居場所を探すために、このキャラバン隊を訪ねてきたんです。本人がいらっしゃるというならば、是非ともお会いして話がしたいです」

「話かぁ……少し難儀かもしれないけど、たぶん大丈夫かな? 彼ならすぐ近くの隊舎で寝ているはずだから、案内するよ」

 そう言って隊長は横になっていた体を起きあがらせ、意気揚々と歩きだそうとした……が、すぐに香ばしい泥と鳥の羽根まみれになってしまった自分の外見の異常さに気付いて、動きを止めた。

「先に着替えてきていい?」

「うん。そうした方が良いと思います」

 返事をする自分の声色が妙に優しげだったことが、ちょっと面白かった。

 

 

 身も心も気を取り直した隊長に案内されたのは、にぎやかな焚き火がいくつも燃える拠点の中心地からやや外れた、比較的静かな雰囲気がある仮設隊舎の前だった。

 隊舎の入り口は換気のために開け放たれたままになっていて、そこに砂塵避けの布が暖簾のようにかかっている。入り口の横にはプレートが貼り付けられているが、そこに書かれていた文字は見たことがないものであったために、ここがどういった意味をもった隊舎なのかはわからなかった。

 隊長は「ちょっと見てくる」と言って、俺たちより先に入り口の暖簾を腕で掻き上げながら、隊舎の中へ入っていった。そして声が聞こえてくる。

「がはくー、おきてるー? あ、起きてる? うんうん、こんばんは。突然だけど、今宵はなんと君にお客様が来ているんだ。中に入れてあげてもいいかな? え、ダメ? いいじゃんいいじゃん」

 随分と雑な様子の交渉はしばらく続いた。やがて隊長は暖簾の間から半身だけを外に出して、こちらに「オッケー」と笑顔で手招きをする。ライフと顔を見合わせてから、無言で入り口の暖簾に自分も手を伸ばす。五人が一気に上がり込むには狭い室内であったため、中に入るのは俺とライフ、それと隊長だけで、マグナとウルドには外で待っていてもらうことになった。

 数段の足場を上って入り込んだ隊舎の中、真っ先に目に入ったのは床に散らばる紙切れのゴミ。そして脱ぎ捨てられた衣類の山と、こびり付いた油のシミ汚れ。毛皮の敷き物がしかれた床の上には蓋が紛失した絵の具のチューブや、先の固まった筆なんかも散乱していた。そういうものが、天井に設置された白すぎるライトによって一緒くたにまとめて照らし上げられている。

 そんな少しばかり奇妙な空間の、一番奥。ベージュ色のシーツが巻かれた簡易ベッドの上に、誰かが座っているのが見えた。絵の具だらけのくたびれた服を上下に着ていて、口元には大きなマスク。首回りにはタオル生地の長い布を何重にも巻き付けている、くたびれた風貌の老人だ。一目で、この人こそ「あの絵」を描いたアーツ画伯に違いないと思うことができた。

 白髪とマスクの間にできた数少ない露出部分から覗く肌は皺だらけで、色も不健康そうな土気色をしている。ほとんど閉じているのと変わりない細い目元が、こちらをジッと、静かに見つめている。

 交渉に時間を有したわりに、突然の来客に戸惑った様子は見られない。むしろボーっと呆けているようにすら窺える。

「初めまして。あなたが、画家のアーツさんですね?」

 おそるおそる話しかけてみると、アーツは静かに頭を上下に揺らした。

「突然の訪問を快諾してくださり、ありがとうございます。私の名前はディア・テラスで、こちらの女性はライフ・クルトと言います。私たちはとある目的のためにこの大陸を旅して回っているものなのですが、その最中に立ち寄ったラムボアードの美術館で、一つの見事な絵画に出会いました。それは……神女の天翔という題名の油絵です。アーツさん、あなたこそが、あの傑作を描き上げた画伯様で間違いないでしょうか?」

 神女の天翔。その言葉を耳にした途端、アーツの細い瞳がわずかに見開かれ、その下の黒目がぎょろりと光った。

「がっ、ぁ……ごっ……」

「はいはい、これどうぞ」

 ガラガラと掠れた声で何かを返そうとしていたアーツに、隊長は慣れた動作で白紙の用紙と筆記具とを差し出した。アーツはそれらを小刻みに震えた両手で掴んで受け取ると、紙を膝の上に広げながら、何かを書き始めた。

 そして書き上がった紙と文面とを俺たちの前に突きつける。

『俺の絵だ。何が知りたい? 語れる限りのことを語ろう』


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