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それでも神話は生誕するのか  作者: 鵺獅子
記述20 終末世界の支配者たち
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記述20 終末世界の支配者たち 第1節

 JUNKの超大型フライギア、ブルーローズで仲間たちと合流した後の俺たちは、しばしの療養期間をとった後に地上へ戻ることなった。操縦技術をほぼ独学で習得した自慢げに語るライフの豪快なフライギア捌きのもと、降り立った場所は大陸の西部にある旧グラントール公国領。赤土の岩石が地平線の彼方まで敷き詰められた、荒野と砂漠とがどこまでも続く不毛の大地だ。

 ウィルダム大陸の中で最も環境汚染が進んでいる場所と言われているこの地域一帯は、大気中に有毒のガスが常に漂っており、人が生身で活動できる環境ではない。それを知ったうえで俺たちをグラントールに降ろすと言ったローザは、最低限の装備としてここでの活動に適した防護スーツ一式をゆずってくれた。空気中に多量に漂う汚染物質を体内に取り込まないようにと、フルフェイスのアーマーや呼吸器が付いた本格的な物であったが、彼女にとっては軽い気持ちで手放せる程度の代物であるようだった。故に感謝は不要だとも言っていた。

 体にぴったりと張り付く防護スーツの着心地を確認しながら踏みしめた、赤土の地面。分厚いブーツの底から伝わってくる感触は見た目よりも柔らかい。一歩二歩と歩いてみると、踏みつけた石がいとも容易く砕けて砂になった。びゅっと吹き抜けた強風が砂と小石とを吹き飛ばし、小さな竜巻のように通り過ぎていくのを、フルフェイスアーマーの透明なシールド越しの視線で見送った。

 岩と石と砂とが積み上げられただけの、荒涼とした景色が地平線の果てまで広く広く続いている。緑と呼べるものは、およそ一つも見当たらない。空の雲は午前中であるにも関わらず暗く濁っており、からからに乾いた空気とは裏腹に嵐でも怒りそうな剣呑とした雰囲気をかもしだしている。

 そんな景色の中、ふと視線を自分の近くの方に向き直してみると、そこには二つの大きな人工物が鎮座している。一つは自分たちが乗ってきたフライギアで、もう一つは別の滞在者たちが所有しているフライギアだ。ほとんど同じくらいの大きさをしたフライギアが荒野に二つ並んでいる様子は少しもの珍しい風に見えるなと、なんとなく思った。

 滞在者というのは、このグラントールの大地に調査目的でやってきている民間組織の人たちだ。俺たちはブルーローザを出る時に、何か知りたいことがあったら彼らに話を聞くのが最も手っ取り早い手段であると、研究者のローザから助言ももらっていた。そういうわけで、今は調査団のリーダーと面会する許可をとるために、団員の人たちに取り次いでもらっている最中である。

 ハシゴが取り付けられた降車デッキのハッチにはまだ開く様子は見られない。待ち時間はまだしばらくあるようで、フライギアの外に出て対応を待っている自分たちはそれぞれが手持ち無沙汰な調子で何も無い荒野を眺めている。俺もまた視線を荒野の方へ戻す。

 ここまでの旅路の中で荒れ果てた場所はたくさん見てきたけれど、この大地に立って見える景色はそのどれとも違うような感想を抱ける。だから興味がある。それはたぶん感覚的なもので、今まで見てきた大地に抱く感情が生命の消失に関係した悲哀によるものだとしたら、グラントールはそもそも生命の存続を大地そのものが求めていないように感じられた。環境の全てが自らの意思を持って汚染を望んでいるような険しさがある。

 植物は無い。野生動物の姿もない。アルレスキューレの国内にあった荒野ならば少なからず見かけられる、建築物の崩壊跡だって、一つも無い。この場所は一体誰のために存在しているのだろうと、不思議に思ってしまうほど、無意味に攻撃的な環境ばかりが続いている。意味や理由、原因なんでものは、俺のような一介の旅人には知るよしもないことなのだろう。

 けれど、この場所を故郷としている少年にとってはどうだろうか。ふと地平線を見つめていた視線をすぐ近くのフライギアの傍らに、もう一度戻す。そこには、じっと何もない荒野を見つめたまま立ち尽くしている一人の少年の姿があった。少し大きなサイズの防護スーツをみんなと同じように着込んだマグナは、いかにも心ここにあらずというような、ぼんやりとした様子でそこに立っている。

 今年で十二歳になる少年が初めて目にする故郷の大地。そこに抱く思いとは、いかなるものだろうか。俺には想像がつかない。だから言葉で共有してみようと考え、静かに佇むマグナに話しかけるべく声をかけようとした。

 そこで、調査団のフライギアから白い防護服に身を包んだ二人組の人間が降りてきた。

「待たせてすまなかったな。リーダーから面会の許可はとれたから、あとは直接会って話をつけてきてほしい」

 俺はマグナに話しかけるのを止めて、彼らの方へ体を向け直した。

「ありがとうございます。直接というと、そちらのフライギアの中へ入っても良いということですか?」

「色々片付いてなくて見苦しいけどな」

 見知らぬ領域へ足を踏み込むということを聞いて、警戒した様子のウルドが俺のすぐ後ろから話し相手の顔を睨む。ウルドにとってはまだ彼らがJUNKの関係者であるという認識が強いのだろう。

「わかりました。今からですか?」

「あぁ、うちのリーダーは気が短いからな。大丈夫。話をするにしても、そう時間はかからないだろうさ」

 会話の後、二人の案内を受けながら早速の移動を始めた。搭乗口から調査団のフライギアの中へ入ると、全身に消毒剤の煙をかけられる。さらに消毒液の中に靴を浸してから自動開閉式の扉をくぐって奥へ進む。

 自分たちの大型フライギアと同じようなデザインをした狭い通路を少し歩き、とある部屋の前で立ち止まる。そこで、ノックするより先に扉横のスピーカーから「入っていいよ」という手短な音声が聞こえてきた。

 案内役の調査団員に促されるまま部屋の中へ入っていくと、そこは大掛かりな規模のコンピューターがところ狭しに設置された機械的な空間だった。

 その一番奥の壁にあるモニターの前で、誰かがキーボードを叩いている。

 振り向く様子はない。声をかけても反応がない。案内係の団員の方を見ると「いつもああなんです」と慣れた調子で返された。

 しばらく待っていると、その人物は突然キーボードを叩く手を止めた。そしてこちらを振り返る。色素の薄い白肌に、乱雑にはねた長い金髪。不機嫌そうにつり上がった両目には長い睫毛が伸びていて、口元は「への字」に曲がっている。「調査団のリーダー」と言われて思い浮かぶ人物像からはいくらかかけ離れた容姿をした、妙齢の女性だ。

 彼女は部屋に入ってきたばかりの俺たちの姿をいかにもめんどくさそうな態度でいくらか見つめた後、「名前は?」と簡潔な質問を投げかけてきた。素直に答えると、彼女の方も手短な自己紹介をしてくれた。どうやら「レクト」という名前であるようだ。

「あの厄介な連中からの紹介だっていうなら、もちろん何か手土産の一つでも持って来ているんだよな?」

 俺は後ろで睨みを聞かせていたウルドの方を一度振り返り、目を合わせて一度頷く。それから肩から掛けていたカバンの中から小さな小包を取り出し、レクトに差し出した。ローザには本当にお世話になってしまったなぁと、いらないと言われた感謝を何度も心の中で浮かべる。

「なるほどね。一応、届けてくれたオマエたちには感謝するよ」

 レクトは受け取った小包を中身も見ずに背後のキーボードの上に放り投げ、話を進める。どうやらお気に召してもらえたようだ。

「それで、オマエたちはどうしてグラントールに来たんだよ?」

「画家を探しているんです。それと、可能であればここにいる少年、マグナくんを首都の跡地に連れていきたいんです」

「ふーん。見るからにグラントール人の子供って感じの平凡な容姿だね」

「物心つく前からこの歳までアルレスで育ったので、自分が生まれた故郷を見せてあげたいんです」

「悪くない話。でも素人には無謀なものよ。それならこの広い荒野の中から画家一人を探し出す方がよっぽど簡単だね。なにせ、グラントールの首都の残骸なんてものは、この地上のどこにも存在しないんだよ」

「存在しない?」

「あるのは地下。この旧グラントール領に、戦時中に投下された爆弾でできた巨大なクレーターがあることは知ってるだろ? その真ん中に、地の底まで続いているんじゃないかと思うような、深い深い大地の大穴があるのよ。故郷の残り香があるとしたら、もうそこの中しかない」

「俺たちでは行くことができないってことですか?」

「そうよ。でもタイミングは良かった。実はオレたちの調査団も、近いうちにその大穴を調べに行くことになってたんだよ。もしかしたJUNKのヤツもそのことを知ったうえで、オマエたちをここに寄越したのかもしれないよ。手土産も貰ったことだし、少しくらいなら無謀な見物を手伝ってやろうじゃないか」

「ありがとうございます!」

「調査に向かうのは二日後だよ。その前にオレらは補給のために近所に拠点を置いているキャラバン隊のところに顔を出すことになっている。画家を探しているっていうなら、オマエたちも付いてくるといいよ。ここらで変わり者が集まる場所なんてそこしかない」

 こうして話がまとまったところで、調査団のリーダーであるレクトにもう一度感謝の言葉を述べてから、部屋を出ることになった。けれどその直前、扉を出る間際で、レクとは不意に俺だけにむかって声をかけてきた。

「ねぇ、オマエって、フロムテラス人だよね?」

 去り際に思いがけない質問をなげかけられた。

「そうですけど……」

「聞いてみただけだよ」

 レクトは再びこちらに背を向け、キーボードを叩き始めた。


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