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それでも神話は生誕するのか  作者: 鵺獅子
記述3 夢見る書斎
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記述3 夢見る書斎 第2節

 城下街区画へ入るためには関所に行って通行手形を発行してもらわないといけない。そう聞くとここで足止めを食らうのかと思ってしまうものだが、実際に関所まで行って職員の話を聞いてみれば案外簡単な内容に拍子抜けしてしまうくらいだった。

 お金だ。お金があれば通行手形は発行できる。額については気軽に用意できるものではなかったが、幸いなことに路銀にだけは余裕があった俺のような旅人にはありがたいことこの上ない。専用の窓口の前で通行人数と持ち込む荷物の量を申請して、それに応じた金額を現金で支払って、おしまい。情報共有システムへのアクセスに比べたら雲泥の差をいえるくらいの敷居の低さじゃないか。一応名前などの個人情報を記入する過程があったにはあったが、それもどこまで正確に審査されているかわからない。とりあえず適当なプロフィールを書いておいた俺でもパスできたことには不可解さすら感じた。セキュリティ意識が低いというより、あえてこういうシステムにしているのかもしれない。

 審査終了後に渡された通行手形は手の平くらいの大きさをした一枚のカードだった。古風な名前をしているわりにメタリックな表面加工が施されている。手に持ってみると鉄板でも持ってる時みたいな重みが伝わってきて、それでこの薄っぺらなカードの内部にチップか何かが入っていることを察してしまった。座標監視ならまだしも録音なんてされていたら面倒だ。このカードの扱いには気を付けた方が良いだろう。

 こうして難なく手形を入手した俺は、城下街区画に足を踏み入れることができた。

 

 そしてここが、王制国家アルレスキューレの中心地。砦の門を潜り出てすぐに見えた光景、その異質さに目を見張った。

 今までの区画とは明らかに違う、黄土色の石材と赤茶色の焼き煉瓦で形作られた統一感のある街並み。厳格に整備された石畳の遊歩道。軒を連ねる同じような形と大きさをした三角屋根の民家。幅の広い車道を走っているのは機械ではなく、馬車だった。馬車ってなんだよ。ここは絵本の世界か何かか?と思わずにはいられない。通りを行き交う人たちの背格好もよく見ればなんだか時代劇にでも出てきそうな雰囲気だし、いよいよ異世界にでも迷い込んでしまったような心地になってしまう。

 砦の周辺はどこも人の往来が多いのだろう、門を出てすぐのところにある大きな広場にはまだ昼間にも関わらずたくさんの人が歩き回っている。その中には他の区画では見かけなかった子供連れの家族なんかも含まれていた。一人娘と思われる小さな子供が父親に手を繋いでもらいながら、おぼつかない足取りで石の階段を登っている。平和的といえば平和的、しかしそれを見守る父親の表情は剣呑で、常に周囲に向けて気を張っているようだった。

 誰も彼も笑っていない。けれど機械的というほどでもなく、穏やかで、質素というには豊かな生活。楽園と呼ぶには遥かに遠く、地獄と呼ぶには失礼がすぎる、少し頼りない調和に守られた閉鎖空間。

 なるほど、これが彼らにとっての「都会」の在り方なのか。

 そうやって心の中で勝手気ままに感銘を受けながら、彼らの波に混ざって歩き始めた。

 

 歩道の脇に設置されていた電子掲示板のマップを頼りに王立図書館を目指す。その道中にある大通りには様々な種類の専門店が並んでいた。いわゆる商業地区というものなのだろうか、少し眺めてみただけでも昨日立ち寄ったアーケード街より活気があるように見えた。

 歩けば歩くほど出てくる店の看板を一つ一つ興味深げにチェックしていると、なんとなく服飾関連の物品を売る店が多い気がする。スーツ、ドレス、カバン、靴……防弾ジャケット、カツラ、手甲、兜、鎧、乗馬グッズ、夜会マスク……なるほど多種多様。「なんだそれ?」と思わず声に出してしまいそうになる店がたくさんあった。

 店の前に出ている看板には「新素材入荷しました」「加工承ります」「流行の肌触り」「強度が自慢のラムボア合金」などなど、個性的というか、素材重視の広告が頻繁に見かけられた。流行に敏感なのはフロムテラスと一緒か。

 服飾以外の店だと、加工食品、電子部品、日用品、雑貨なんかがあって、そんな普遍的な光景の中にも金物屋なんて言葉で着飾った武装品専門店が紛れ込んでいる。そういった店のショーウィンドウには人間の腕や胴体をサックリと両断できてしまいそうな大振りの刃物が飾ってあって、常連客と思われる人たちが売り物を物色しながら笑いあっていた。どの人も顔や腕に古傷の痕をつけている。

 なんとも物騒な世界観。本当に異世界に迷い込んで来てしまったんじゃないだろうか。

 そういう感想を抱きながらショーウィンドウの前を横切って行った。すると、通りの向こう側に奇妙なドーム状の建物があるのを見つける。入り口付近に人がたくさん集まっているので、何かあるのかなと勘繰りながら記憶の中に叩き込んだ城下街のマップを思い出してみた。確か、この辺りには目的地の図書館があったはず。だとするとあの謎のドームがそうなのかもしれない。しかし人が集まっているというのは話が違うような気がするし、とりあえずという気持ちで建物の方へ近付いてみることにした。

 

「まだ懲りてねぇようだな!!」

 

 人混みの中に紛れ込んだところで真っ先に耳に飛び込んできたのは暴力的な怒鳴り声だった。うじゃうじゃと群がる野次馬の隙間から声のした方の様子を垣間見てみると、ドーム状の建物の入り口付近に屈強な体格をした軍服姿の女性が立っていて……警棒のようなものを使って地べたに転がる男の体を殴っているのが見えた。

 男は大きくて重そうな首輪を付けていて、繋がれた鎖を力一杯ひっぱられながらザラザラとした石煉瓦の上を引きずられたり、転がされたり、叩いて殴って、ひっくり返されたり、罵倒を浴びせられたりしていた。

 

「あれって、敗戦国の?」

「またコロッセウムの連中が暴れたんだろ。いつものことじゃないか」

「だからといってあんなに酷い風にすることをする必要はないのではありませんか」

「かわいそうにねぇ」

 

 白昼堂々行われる成人男性の虐待風景。それを見守る観衆の口から発せられる言葉は簡素で日常的だった。しかし、そんな彼らの思想に何か文句を言ってやろうと思うほど、俺は野暮で善良な性格をしていなかった。だから気になった言葉のことだけ気にすることにする。

 コロッセウム。それはあのドーム状の建物のことで間違いないだろう。何かの施設か、遊技場の類いのように見受けられるが、あの様子では物騒な場所に違いない。こちらには今は近付かないことにして、もう一つ気になったのは、「敗戦国」という言葉。情報としてはこちらの方が重要で、『戦争』があったことを示している。それも、国同士の争いで、すでに明確な勝ち負けが決まった形で集結している戦争だ。そしてその敗者の扱いが、あれ。

 恐ろしい話だ。つまりこの国では当たり前のように人種差別が蔓延しているということに他ならない。虐待を受けている敗戦国の人たちのことは素直に気の毒だと思うが、同情していられるほどこちらの身分も安心していられるものじゃない。差別の矛先が「他人種」であることだとすれば、俺だっていつどのような扱いを受けるようになってもおかしくない。

 女軍人から暴行を受けている男の容姿は他のアルレスキューレの住民達に比べて特徴的だ。しかしその特徴も大した差異ではなく、「違いを見つけろ」」と言われたら指摘する気になれるくらいの些細なもの……のように、俺の目からは見えてしまう。けれど彼らからすれば全く違う別物なのだろう。あたかも非人間であるかのように振舞えるくらいには。

 かくいう俺自身だって、彼らのことを別世界の人間のような目で見てしまっている。「こんなのカッコ悪いよ」なんて教えてあげる気にはなれなかった。薄情なのは今に始まったことではない。今はただのしがない旅人なのだから、部外者は部外者らしく、保身だけを気にしながら安全な旅をしようじゃないか。人攫いの一件もあったことだし、危険は避けるにこしたことはない。ひとまず騒ぎが大きくなる前にこのコロッセウムという場所から離れよう。

 そうして回れ右をしながら道を引き返していると、すぐ近くに「王立図書館」と書かれた看板があるのを見つけた。

「ああ、ここだ!」

 看板の横には正門があって、門の向こうへ続く灰色煉瓦のアプローチの先に、王立図書館があった。古風で格調高い外観をした三階建ての大型建築物。俺はその中へ入っていった。


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