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それでも神話は生誕するのか  作者: 鵺獅子
記述17 誰が為の裁き
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記述17 誰が為の裁き 第2節

 あの小さな泉から至る追憶の奔流は、多くの光景を巻き込みながら流れに流れ、湖のように開けた場所まで辿り着く。今まさに俺の目の前に広がっている湖は、その心象風景の中の湖と色は違えどよく似ていた。

 天空を漂う白雲を映し込み、鈍く照り返す銀色の湖面。遠い空の彼方から吹く、少し冷えたそよ風を受けて穏やかに揺れる波間。湖を取り囲む湖畔に敷き詰められた真っ赤な紅葉。

 その光景に一歩近づこうと踏み出すと、足元に散っていた紅葉が一枚、くしゃりと音をたてて崩れた。血のような赤色をしたそれは、粉々になって風に飛ばされていった。

 何かに責められたような気持ちになった。

「まだこんな所にいるのか?」

 追憶の中で呆けている俺に向けて、同じく記憶の中にしかいない彼が言葉を投げかけた。返事をせずに黙っていると、やがて彼は当たり前のように俺の隣に立ち、共につまらない湖を見つめ始めた。

 ステラと別れ、訳も分からぬままアルレスキュリア城に流れ着いたあの日から七年の時が経っていた。イデアール・アーニマライトの名を持つこの男とは、その期間の内、ほとんど一緒に行動していたような気がする。

 どこにも行き場が無かった俺には物好きな彼の傍は居心地がよく、利用するには絶好の相手だった。だが、もしかしたら当時の俺にはイデアールに対する情のようなものが沸いていたのかもしれない。七年という、人間として生きるには長く感じる月日の中、様々な出来事が二人の間を通り過ぎて行ったからだ。

 移り変わる時の中で、彼はどんどん変化していった。大きくなった背や図体の話なんて些細なもので、一番変わってしまったのは彼の環境と心境だ。エルベラーゼに家を飛び出されたあの日、彼のくすんだ瞳が大きく色を変えたことを覚えている。彼は婚約者と共に未来の王となるための権利を失い、その代わりと言えるようなかたちで従士団という仲間を得た。それは自由への第一歩に他ならず、故に彼は悲しむべきか喜ぶべきかも判別できぬまま、戸惑いと穏やかな幸福に身を委ねるような日々を過ごしていた。

 王位目当てにすぎなかった側近たちはあっという間に彼の前から立ち去り、婚約者の裏切りに同情する優しき者たちですら腫物を扱うように彼を避けて通った。結局今のイデアールの周りに残っている者は、彼が直々に声をかけて集めた従士団の連中くらいなもの。アルレスキューレという大きな国の中で、彼に選ばれた従士だけが彼の痛みを知り、隣に立ち、味方でいることができた。皮肉なことに、その中には俺が含まれていた。

「号令が聞こえなかったのか? 他の者たちはすでに野営地に戻り、待機しているぞ。予定通り昼前にこのアシミナーク湖を出立すれば、日が暮れるまでには次の目的地に着けるはずだ。そこで現地の者の話を聞き……」

「オマエには、まだ王女を探す意思があるのか?」

 イデアールは遮られた言葉を途切れさせ、しかしてすぐに軽やかな笑みを浮かべて返事をした。

「民が私に、そうあるように望む限り、私はそのように生きるつもりだ」

「食えないヤツだ」

「そう聞こえるか?」

「次の目的地は国境沿いの関所だったな? あそこはこの辺りの物流の中心地だと聞いた。さぞや美味い土産が手に入るだろうな」

「ソウドこそ、内心楽しんでいるのだろう? お前は昔から新し物好きだからな。もう少し所持品にも落ち着きを持った方が良い」

「俺に小言を言うとは良い身分になったもんだ」

「人生の三分の一も共に過ごせばよそよそしさなど掻き消えるもの。さぁ、ぼやぼやしていないで野営地に……」

「イデアール様!!」

 突如後方から大声をかけられ、振り返ると顔なじみの従士が一人、大急ぎでこちらに向かって馬を駆ってきた。彼は俺たちの前で荒々しく馬を止めると、口伝えで報告を始めた。

「先程、王宮より急ぎの文が届きました! 国王陛下のもとに、かのレトロ・シルヴァから連格があったそうです。なんでも、近いうちに王城に赴き、陛下と話を付けたいのだと!!」

「なんだと!?」

 イデアールは声を上げて驚き、すぐに近くに待機させていた愛馬を呼び寄せ、その背にまたがった。

「近いうち、などと適当なことを抜かしたものだ!! 変更だ! 予定を変更し、急遽全団員で王都に帰還する!! すぐに他の者たちに支度をするように告げろ!!」

「ハッ!!」

 命を受けた従士はすぐさま馬を駆り、野営地の方へ戻っていく。

「ソウド、お前も……付いてきて来れるな?」

 イデアールは真剣な面持ちで俺の眼を見つめ、たずねた。

「地獄までなら構わんさ」

「感謝する」



 急ぎで馬を走らせ城へ戻ると、門番の兵士からすでにレトロはルークス国王陛下との謁見を済ませていると伝えられた。その後はどうなったのかと続けてたずねると、自分にはわからないと首を横に振られる。

 城内に入り、王が座す玉座の間まで進む。豪勢な装飾が施された両開きの扉を開くと、大部屋の奥に黒色の長髪を垂らした一人の麗人が優雅に椅子に腰かけている姿を目にする。あれこそ、この国を統べる偉大なる王、ルークス・アルレスキュリアその人である。

 濃紺色の絨毯が敷き詰められた床をゆっくりと歩き進み、王の前に跪き、頭を垂れる。

「イデアール・アーニマライト、エルベラーゼ捜索の遠征任務よりただいま帰還いたしました」

「予定より早い帰りになったが、実にご苦労な旅路であった。しばらくは城内に留まり、旅の疲れを癒やすと良い」

 ルークスはエルベラーゼと同じ色をした明るい青色の双眸を緩やかに細め、微笑んだ。

「ねぎらいのお言葉をいただき、光栄に思います……しかしながら、陛下。性急な話題となってしまいますが、私のもとに届いた報せの内容は本当なのでしょうか?」

「やはりまずはその件から話さねばならないな。そしてお前が疑心を持つのも無理はない。まさか探していた人物が己の方から進んで姿を現してくれるとは誰も思うまい」

「ならばやはり……彼は今、どこに?」

「別棟へ幽閉することに決めた」

「……幽閉?」

「あぁ。あの者は私と話をしたいと言っていたが、それがすぐに片が付くものではなくてな。故に、話し合いを続けるためしばしの間、再び逃げ出したりせぬように牢へ入れることにした。牢と言っても私は彼のことを客人であると認識しているからな。寂れた地下牢ではなく、今は使われていない別棟の部屋の中で過ごしてもらうのだ」

 客人という扱いに違和感を覚える。二人の駆け落ちが判明した当初は普段の穏やかな性格からは想像も出来ないほどの怒りを露わにしていたというのに。今になってその内の一人を客人として迎え入れるなど、例え七年の歳月が経過したとはいえ、容易に考えられるだろうか。

「別棟というと……まさか」

 何かを察したイデアールが驚きの滲んだ一言を漏らす。それを見てルークスは、何ということも無いように相槌をうった。

「そう、かつてエルベラーゼの寝室であった部屋だ。久しく使う者が現れなかったが、彼ならばちょうど良いだろう。して、イデアールよ。お前としてもかの者には言いたいことが色々とあるだろう? 面会の許可をおろしてやるから、一度足を向けてみると良い」


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