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 蒼き小烏の乙女の伝説。

 スアール族の危機を救ったマルア族の娘がいた。彼女には礼として世界に二振りしかないとされる小烏丸という銘刀が手渡された。

 彼女が蒼き小烏と呼ばれていたことにちなんで、いつしか剣は少女の名前――エスフィーダソードと呼ばれるようになった。

 エスフィーダは以降その剣を左手に携えて魔竜との戦いへ赴いたとされている。


   ■


「クレスくん、右腕の調子はどうですか?」

 エンフィトスが訊ねてくる。たしかに何度も回復魔法はかけてもらったが、それでも本調子とは言えなかった。俺の不調はリーナとエンフィトスの命にも直結する問題だ。見過ごしていいようなことでは決してない。だから、この場合は正直に現状を伝えておく必要があった。

「正直、完全じゃないな」

「それで戦えるのか?」

「戦わないといけないだろ。相手はこっちの状況を考慮なんてしてくれないんだ」

 それにわずかな期待はあった。それはエスフィーダが左利きだったということだ。ガルダートは過去の記憶を契約者にフィードバックできる力がある。今はそれに賭けてみようと考えている。

「ひょっとして左手で戦うつもりなんですか?」

 エンフィトスは俺が剣の鞘を右の腰に収めていることに気がついたようだ。

「ああ、そのつもりだ」

 それにエンフィトスの表情は若干曇り、リーナに至ってはあからさまに不安そうだ。こういう反応をされると俺の方が不安になってくるというものである。

「言っとくけど、ヤケクソになったわけじゃないからな」

「むしろ、ヤケクソだったらどうしようって思いますけどね」

「まったくじゃ」

 何でこんな時だけ意気投合するんだ、この二人は……。

 ささっと歩いていく二人を俺は少しうなだれながらとぼとぼと歩いた。

 神殿の外を出る。

 相変わらず、そこは東京駅周辺の風景だった。完全に廃墟となった東京が現実とはねぇ。現実だとか虚構だとか実際のところは関係なくて、何を信じるかだけなんだろうな。ここにいるとそんな気持ちにさせられる。

 まるで人っ気なんてない街に人影はどうしても目立つ。ましてやこの東京駅から出てくるような奴というのはさらにロクな奴じゃない。東京駅から出てくるってことは、アナズレグスからやって来たってことになるからだ。

「魔竜、ですかね?」

 駅のホームから人影がゆっくりとした足取りでこちらへ歩いてくる。

「だろうな」

 どんな強面の奴が出てくるのかと息を呑んで待つ。

「はじめまして、勇者様」

 その声は少女のようだった。

「やけに小さい魔竜じゃの」

 リーナが拍子抜けした様子で思わずつぶやく。現れたのは一三歳くらいの少女である。エメラルド色の長い髪をなびかせて、踊るような足取りでこちらへ向かってくる。

 衣装も胸と腰にひらひらとした布を巻いているだけで、靴も履いていない。

 こんな外見だが、あたりに放っているどす黒い瘴気は間違いなく魔竜のものである。

「はじめまして。私は風の魔竜ギルマートークよ。お互い短い付き合いになるだろうけど、よろしくね」

 ギルマートークはフレンドリーに挨拶をしてくる。それは余裕からくるものなのかはわからないが、俺としては「よろしく」と返す気にはとてもなれなかった。

 ギルマートークがフッと笑ったかと思うと二本の曲刀が突然現れる。それが奴の武器ということか。少女の姿で振るうにはかなり大きめである。

「剣舞踏でしょうか?」

「おそらくな」

 本来は剣を使った舞踊の一種であるが、それを戦闘に応用したものが存在する。ギルマートークが使うであろう戦闘スタイルはそういうものと予想ができる。

「こちらから仕掛けますか?」

 俺は小さく頷いた。左手には既にエスフィーダソードが握られている。そして右手にはオルズさんから託された短剣があった。

 俺とエンフィトスは互いに顔を見合わせるとギルマートークに向かって走りだす。

 人や車で溢れかえっていたはずの駅前には人の気配すらない。

 乗り捨てられたバスやタクシーは苔や草花が生えている。

 いまや一面は赤や黄や青の花が一面に咲き乱れ花畑となっている。これが昨日までの俺が知っている大都会の姿と一致するだろうか?

 東京はもう廃墟でしかない。

 俺はこの現実をしっかりと受け止めるようにその花畑の絨毯を踏みしめる。すると花びらが風に吹かれて宙へと舞いあがった。

 俺はいま叫んでいるのだろうか?

 それとも黙したままなのだろうか?

 目の前には倒すべき敵がいる。そいつからは決して目を離さない。離してはいけない。俺たちは奴を倒すためにここにいるのだから。

 体の奥からほとばしる熱は衝動のように前へ前へと俺を突き動かしていく。

 それと同じくしてギルマートークの演舞が開演しようとしていた。俺たちもまたその演者である。

 命を懸けた演舞。

 最後に立っているのは何人か――。

 一歩一歩がとても緩やかに流れていく。ギルマートークのいるところまで行くのがとても遠くに感じる。

 はじまってしまえば、それは一瞬のことだったと気づかされるのだろう。

 きっと永遠と一瞬も同じこと。過ぎ去ることに変わりはない。

「負けるでないぞ!」

 リーナの声が聞こえる。それが同時に戦いの合図となった。

 俺の右足が大地をがっちりと踏みしめる。すると右のほうからギルマートークの剣が白刃の軌跡を描きながら襲いかかってくる。

 それを俺は右手に持った短剣で弾き返して、さらに左足を一歩前へ踏みこませて、同時に左手の剣で左脇下に突きを放つ。

 ギルマートークは右へ小さくステップをして、俺の攻撃がかわされる。これで距離をとられたため俺から迂闊に攻められない。その代わりエンフィトスが代わるようにして、奴の間合いへ踏みこんでいく。

 エンフィトスが手に持った槍を勢いよく突きだして、ギルマートークの胸を貫こうとする。が、それは狙いがわかりやすすぎたということか。突きだした槍は剣で上方に弾かれてしまう。

「くっ」

 エンフィトスの体が少しよろめく。その隙を逃すようなギルマートークではなく、横薙ぎの一撃が襲いかかってくる。それを槍の柄の部分で何とか受け止めた。

 おかげで少しギルマートークの動きは止まった。俺はその間に距離を詰めて、再び攻撃を仕掛ける。エンフィトスが攻撃を止めているおかげで奴は俺にちょうど背中を向けた位置にいる。攻撃を仕掛けるにはベストのポジションだ。

 しかし、奴は俺の動きを見るに体をエンフィトスのいる場所から平行にスライドさせるような動きを見せると素早く彼女の横へと潜りこんで左足で回し蹴りを左脇腹に浴びせる。

「ふふっ。残念」

 ギルマートークは不敵な笑みを浮かべる。

 エンフィトスはよろめいてそのまま倒れてしまい、対するギルマートークはその勢いを乗せたまま俺の頭上目がけてに縦に斬りかかってくる。

 右手の短剣でその攻撃を受け流そうとするが、その大きく勢いづいた力を殺しきれずに短剣を手から離してしまう。

 短剣がぽとりと地面に落ちる。

 ――まずい! 右脇が空いてしまった!

「クレスくん!」

 悲痛なエンフィトスの叫びが耳を掠める。

 俺の首をとったとばかりに笑みを浮かべながら曲刀を俺の右脇をめがけて斬りこんでくるギルマートーク。このままでは俺は右脇下から左胸にかけてざっくりと深い刀傷をつけられる。

 しかし、実際はそうならなかった。

 直前にギルマートークの体がよろめいて、剣撃が逸れたせいだ。その理由はリーナだった。リーナが魔法の弾を奴の背中に当てたんだ。

 奴はきっとすぐに体勢を立て直そうとするだろう。だが、この瞬間だけ小さな隙ができている。それを逃す理由は何一つとない。俺は左手に握るエスフィーダソードに渾身の力をこめて、下から斬りあげた。

 ふっと一陣の風が吹いて、花びらを宙へと舞いあげる。それからぼそっと地面に何かが落ちる音がした。

 落ちたのはギルマートークの右腕だった。

「っぐ! ――ぁああーっ!」

 ギルマートークは苦悶の表情を浮かべながら崩れ落ちる。トドメを刺すなら絶好の機会のはずだった。だが、俺は某かの嫌な予感がよぎり奴と距離を置くことにした。

「どうしてトドメを刺さんのじゃ?」

 リーナがもっともな質問をしてくる。

「何となくやばそうだったんだよ……」

 そうとしか言えないのがもどかしいかぎりだ。

「どうやら、それで正解だったのかもしれませんよ」

 エンフィトスが指を差す。ギルマートークは斬られた右腕からドス黒い霧を噴きだしていく。それは瘴気だ。

「怒りで体から瘴気が噴出してるって感じだな」

 そういえば魔竜が人間の姿でいるのは力を奪われて弱体化したからだったな。だとしたら、奴の本来の姿は伝説のとおり巨大な竜ということなんだろうか。

「本当なら使いたくなかったけど仕方ないよね。勇者を殺して、巫女を殺したら力を取り戻せるしさ」

 ギルマートークは一人でつらつらと語りだす。どうやら返答などは求めてないらしい。いや、そもそも誰に宛てたものではないのかもしれなかった。もはや魔竜という存在は奴一人しかいない。孤独と破壊の化身がいまの魔竜ギルマートークである。

 ドス黒い霧は膨れあがり、そして形を成していく。

「まずい! ここから離れるぞ。リーナ、ガルダートを呼んでくれ」

 急ぎ機翔竜に乗って、その場を離れる俺たち。振り向けば、そこには巨大な竜が姿を見せるのであった。


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