2-5
玲美——瑠東玲美はいわゆるお隣に住む幼なじみという関係になろうか。両親同士がここに住みだしてから一〇年来の長い付き合いになる。
で、どうして玲美が俺の家で夕飯を食べるという話になっているかというと、彼女の両親が海外へ長期出張へ行ってしまったからだ。そこで俺の家でもある程度は面倒を見ようという話になったのだ。
俺は玲美の家のチャイムを鳴らす。そうすると、まず聞こえる声は犬の鳴き声だ。この家ではプードルを飼っている。それから続けて女の子の声が聞こえてくる。
「どちらさまですか?」
「俺だよ」
「俺という人はご存じありませんが」
扉の向こうから冷たい返事が返ってくる。もちろん、俺のことがわからないわけではない。知ってやっている。
「おい。そりゃないぞ」
それからしばらくして鍵の開く音がする。すると、ドアが開いてプードルが尻尾を振りながら駆け寄ってくる。
「キュール」
俺は名前を呼んで抱きあげてやる。
「どうかしたの?」
中から現れたのは俺と年の変わらない娘だ。長い髪は後ろで束ねて、愛嬌のある顔立ちをしている。白い長袖シャツにグレーのノースリーブニットに、赤いミニスカートというなかなかの薄着である。きっと部屋着なのだろう。
「母さんが夕飯一緒にしないかってさ」
「でも、悪いわ」
「そう言うなよ。今日は紹介したい人もいるんだ」
「薫人の彼女?」
「んなわけあるかよ。今日から従姉妹が俺の家で暮らすんだ」
「おばさまが言っていた娘よね。可愛いの?」
「それは自分の目でたしかめてくれ」
そんな会話をしていると、奥からやってくる音がもう一人分聞こえた。いまは玲美が一人暮らしをしているはずなのに、どうして……なんて思っていると、すぐに氷解した。
「ひょっとして、薫人が来てるのかい?」
「一浩。お前ら、家でデートだったのかよ」
朝田一浩は外行きの格好で現れる。どうやら、図書館にはこいつも一緒だったようだ。ちなみに彼も俺の幼なじみの一人だ。
「それじゃあ、そろそろ僕は帰ろうかな」
「一浩、お前も両親は海外赴任中だろ。よかったら、一緒に来るか?」
「さすがに僕は遠慮しておくよ」
そう言って一浩は帰る準備をはじめる。
「俺が言うのもなんだけど、遠慮はする必要ないぞ」
「そう言うのじゃないよ。僕も家で待っている人がいるんだ」
そういえば、こいつには妹さんがいたんだった。
「ま、そういうことなら仕方ないな」
「従姉妹さん、また紹介してよ」
「変な奴だから覚悟しておけよ」
「薫人がそう言うんなら楽しみだよ」
それから一浩は玲美に「また連絡するよ」と声をかけて、家へ帰ってしまう。
「……ひょっとして、邪魔したか?」
「一浩がそんなこと思うわけないでしょ。お互い、いつからの付き合いだと思っているの」
それもそうかと俺は納得する。
「それじゃあ、もう行ったほうがいいよね」
「そうだな。って言っても、そんなに準備することはないだろ」
「薫人がそうなだけで、私にはいろいろあるのよ」
何か気になるのか、玲美はしきりに自分の服の臭いを嗅いだりしている。どうせ身内しかいないんだし、あんまり気にする必要はないんだけどな。
「キュールはどうするんだ?」
「留守番してもらうわ。従姉妹さんが犬嫌いかもしれないし」
なるほど。言われてみれば、そういう可能性はあるな。キュールは人懐こいので、誰彼構わずに飛びつく癖がある。犬嫌いからしてみれば恐怖でしかないだろう。
「キュールの餌やっておこうか?」
「ごめん。助かるわ」
「餌は台所だよな」
俺はキュールを抱きかかえたまま、家にあがって台所へ向かう。
キュールの食べるドッグフードは餌箱の近くにあるプラスチックの箱の中だ。俺がその場所をよく知っているのは、たまに玲美から餌やりを頼まれるからだ。
キュールに餌をやるついでに、俺はふと台所の周辺を見わたしてみる。ここ最近はあまり使っていないのだろう、台所はよく片づいていた。そもそも玲美は料理をするのが好きというわけでもない。朝も夕食もよほどのことがないかぎりは俺の家で食べている。それは彼女の両親との約束事の一つもでもあった。
「留守番よろしくな」
餌を食べはじめるキュールを撫でながら、俺は声をかけていた。
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