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その1-スイカ警察に祝福を-


 発端は、僕がまだ高校生だった頃のことだ。

 当時文芸部に所属していた僕は、いわゆるラノベというやつにハマっていて、その手の本を読み漁る一方、自分でも作品を書いたりしていた。


「新作が出来ました。富樫先輩、読んで下さい」


 夏休みが終わり久しぶりに部室に顔を出した僕は、休みの間に書き上げた120万字の大作をパソコンに表示した。

 先輩は「ふうん」と気の籠らない返事を漏らした後、マウスで画面をめくり始めた。

 画面は、ちゃんと読んでいるのかと疑いたくなるほどのスピードでロールアップしていく。だが僕は知っている、この人は本当に読むのが早いのだ。

 そうして半分くらいまで進んだところで先輩は手を止め、こちらに振り向いた。


「うん、よく書けてると思うよ。異世界転生というのはテンプレすぎるけど内容は悪くはない。筆致は安定していて読みやすいし誤字脱字もない、丁寧に何度も推敲したのがよく分るよ。

 たださあ」


 そう言って眉をひそめる。


「スイカはないよな」

「えっ、どうしてですか?」

「だって、スイカがヨーロッパに伝来したのは十九世紀だぞ。中世ヨーロッパにスイカはないし、それに果物って書いてあるけど、スイカは野菜だろ」

「いやでも、舞台は異世界であって、中世ヨーロッパとは関係ないですよ」

「そうじゃない。例え現実の世界ではないとしても、明らかに中世ヨーロッパを模しているだろう。だったら、こういう部分も史実を模した設定にしなければダメなんだ」

「ダメなんだって、これは僕の作品ですよ。設定は僕が決めればいいことじゃないですか」

「いいや。それは読者と向き合っていない、ただの独りよがりだ」

「あとスイカが野菜って何ですか。スイカは果物でしょ」

「無知な奴め、農水省の分類で決まっているのを知らないのか。とにかく序盤でこんなの出したら、誰も続きを読んでくれないぞ」


 富樫先輩は読書量も多く知識も豊富で色々なアドバイスをしてくれる、尊敬できる先輩だ。

 でもこの時ばかりは、納得することができなかった。

 僕は家に帰ると、作品を投稿サイトにUPした。これでも僕はフォロワー百人を超える、大とは言わないが小人気作家だ。投稿すると早速PVが付き始めた。


「長編だし、すぐには感想は来ないかな」


 ところがだ。


『面白い。でも中世ヨーロッパにスイカはありません』

『スイカで笑っちゃってその先が読めませんでした』

『こういう雑なところが伸びない原因だと思います』


 えっ、ちょっと待って。なんで皆そんなところに拘るの?

 さらに。


『スイカは野菜でしょ』

『そうそう野菜野菜』

『はあ? 誰がそんなこと決めたんだよ』

『農水省でーすお馬鹿さん』

『農水省の分類は絶対ではないぞ。欧米では果物だ』

『それこそ誰が決めたんだよ』

『ここは日本だぞ』

『舞台はヨーロッパだ』

『異世界だろ』

『野菜だ』

『果物だ』


 感想欄はあっという間に炎上してしまった。

 僕に対しては馬鹿だ無知だ無能だと罵倒の嵐。野菜果物論争はそれより酷い、決して口に出してはいけない単語の応酬となった。

 僕は屈辱と恐怖で、泣きながらパソコンを消した。ちくしょう、お前ら絶対に許さない。何が史実だ何が野菜だ。

 絶対に見返してやる!


 僕は部活を辞め、サイトのアカウントも削除して、ひたすら勉強に没頭した。

 大学に進んでからも、学部を渡り歩き図書館に通いつめネットを漁り世界中を旅して、ありとあらゆる知識を身に付けた。

 それだけではない。研究を重ね次々と新しい発見や発明をし、世界に発信し続けた。つまりそれまでなかった新しい知識を、自ら生み出して行ったのだ。

 ノーベル賞も授かり、世界随一の知識人として尊敬を集めた。


 だが僕にとって、そんなものはただの通過点でしかなかったのだ。

 すべての努力は、今日この時のために。


「やっとここまでたどり着いた。これで目的を果たすことができる」


 パリの研究室。六十歳を迎えた僕の目の前にあるのは、完成したばかりのタイムマシンだった。

 僕はあらかじめ用意してあった大量の貨物を積み込むと、さっそくマシンを作動させた。


「ようし、目指すは紀元前だ!」


 はるか三千年前の世界にたどり着くと、そこには未来の大都市の姿など想像もできない大草原が広がっていた。

 僕は荷台からトランクを一つ取り出し、雑草が生い茂る草むらに向かって中身をぶち撒けた。

 そう、スイカの種だ。

 それから僕は、自動車型のマシンでヨーロッパ中を走り回り、ところかまわず種をばら撒いた。

 この種の全部が無事に根付くとは思わない。だがほんの一割でも実を結べば、それを口にした古代人は、たちまちその味に魅了されるに違いないのだ。

 そして自ら栽培を始めることだろう。


 現代に戻った僕は、さっそくパソコンを開いた。

 よしよし、成功だ。事典の記述が僕の目論んだ通りになっている。

 歴史改変なんて知ったことか。せいぜい食生活が豊かになるだけだ、むしろ世界平和に貢献したことだろう。

 これでやっと僕を馬鹿にした連中を見返し……。

 って、あれ?


 ああー、そっかー。

 こっちを忘れてた。こうなっちゃったかー。

 これは失敗した……なあ……。


―――――――――――――――――――――*


スイカ 出典:ワィキペディア

スイカは、果実を食用にするために栽培されるウリ科のつる性一年草。また、その果実のこと。

原産は熱帯アフリカ。紀元前500年頃にヨーロッパへ伝来した。

西暦2023年にスイカが果物か野菜かのネット論争に端を発した戦乱は、瞬く間にヨーロッパ全土から全世界に拡散し、第三次世界大戦の勃発を招いた。

以後百年を経た現代においても戦火は衰えず、世界人口の8割を失ってなお、スイカ論争に決着の兆しは見えない。



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