私の名前
私の目の前で止まった彼女は「あの…石田さんですか?」
私の名前を知っていた。
え?えぇ…と恐る恐る答えた。するとさらに驚いた。
「石田…とおる…さんですか?」
彼女は私のフルネームを知っていた。やはり私の事を知っている人物。だが、見た事がない。
「以前どこかでお会いしましたか?」
すると彼女は首を横に振り「初めてです。」と答えた。
そんな答えが返ってくるとは思いもしなかった為、数秒間思考が停止してしまった。ヤバい子なのか?
「え?でも、名前は知っているんですよね?」「はい。」
「でも、会った事は…」「ないです。」
どういうこと?最近の子供ってこんな感じなの?怖い…
「え〜と…名前を聞いてもいい?」
「佐田佳子と言います。中1です。」
(はい!!聞いたことないし、中1の子供なんて知らない。)
「さだ…かこさん…は、僕に何か用でもあるのかなぁ?」
「はい。あの…佐田智子って知ってますか?私の母です。」
佐田智子?初めて聞く名前だ。小学〜高校の中でも『佐田』という名字の同級生は一人もいない。男も女も…
「ゴメンね…知り合いにそんな人いないんだよね。」
「あっ!!違う…向井智子です。」
「…え?」思考が再び停止した。
「佐田は今の名字で、旧姓が向井でした。知ってますか?」
う…うん…知っているも何もある意味忘れるわけのない女性。そう『元嫁』だからである。
「君のお母さんが向井智子なの?」
「そうです。石田さんはお母さんの前旦那さんなんですよね?」
その言葉に忘れていた傷口を広げられた様な気がした。
私は、十数年前結婚をしていた。同い年の向井智子という女性と。その人とは結局2年というスピードで離婚し、それ以来一度も会ったことがない。それなのに、その娘という女の子が私の前にいる。どういう事だ…何が起きているのか…子供はいなかったし離婚の時も妊娠してはいなかった。
いろんな事が起きて、頭がクラクラしてきた。
「ここで話すのも何だから、家の中で話をしませんか?あっ!!知らない人の家よりもどこかのファミレスの方がいいよね?」
「私は家でも大丈夫です。」
「そう…そう?じゃあ、汚い部屋だけど…」
と彼女を家の中に招き入れ、ジュースを出し、ソファに彼女を座らせてみたものの…私は何を喋ったらいいか困惑していた。
ここ数年、こんな年の離れた子供と話すことがなかったから緊張している。しかも、元嫁の子供ときたもんだ。