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【朗読動画化】前世魔術師団長だった私、「貴女を愛することはない」と言った夫が、かつての部下【書籍化&コミカライズ】



「……バーベナ、この戦が終わったら、貴女に伝えたいことがあります」


 魔術師団団長として戦場を見下ろしていた私(当時二十五歳独身。仕事で婚期を逃しまくっていた)に、副団長であるギルがそう話し掛けてきた。


 ギルは十三歳の頃、最年少で魔術師団入団試験に合格し、私が教育係として世話をした少年だ。

 そのお陰と言うわけでもなくただ単純にギルが天才だったために彼は順調に出世を続けて、十六歳という若さで副団長になったバケモノである。


 昔のギルは可愛かった。


 敵陣のど真ん中で魔力切れを起こしたギルを回収しに行ってやれば、母を見つけた迷子のように私に泣きついてきたっけ(仲間たちには「そもそもバーベナが敵陣で迷子になったから、ギルが一人で敵陣ど真ん中に取り残されてしまったんでしょ」と怒られた)。


 任務中に食料が底をつき、ひもじそうにしているギルのために川で魚を獲ってやれば喜んでくれた(仲間たちには「そもそもバーベナが食料の大半を落っことして回収できなかったのが悪い」と怒られた)。


 寒さの堪える野営では寄り添って眠り、国に帰ればバルに連れて行ってたらふくご飯を奢ってやった(仲間たちには「そもそもガキを飲み屋に連れて行くな!」と怒られた)。


 一時期は私のことを「師匠」とまで呼んでくれたのだが、そのうちだんだんと「バーベナ」呼びに変わっていってしまった。なぜだ。


 あの頃怒ってくれた仲間たちはもういない。みんな、私を置いてどんどんヴァルハラに旅立って行ってしまった。

 上が居ないために、私なんぞが魔術師団の団長になってしまったぞ。どうするんだ、かつての仲間たちよ。


「バーベナ、僕の話を聞いていますか?」

「うん。聞いてるよ」


 ギルは数年先の絶頂期を予感させるような美貌に、とても固い表情を浮かべている。これまでに何度も戦に出ているこの少年が、今さら戦いに怖じ気づくはずがない。

 ならば、彼が私に言いたいこととやらが、とてつもなく面倒な内容なのかもしれない。


「借金でもしたいの? お金の貸し借りはダメだって、昔うちのばーちゃんが言ってたんだけど、まぁギル相手だから、銅貨一枚までなら貸してあげるね」

「借金の申し込みではないのですが!? あと銅貨一枚だとパン一つしか買えませんが!?」

「十六歳だもんね、配給の食事じゃ足りないんでしょ」

「違います!」


 ギルは自分の銀縁眼鏡のつるを弄りながら、声を荒げる。ギルは黒髪に眼鏡という優等生スタイルで、性格も生真面目すぎる可哀想な男だ。

 こういう人間は戦場よりも、魔術研究のほうが向いていると思うけれど。現状、我が国にそんな余裕はない。戦える魔術師はすべて戦場に駆り出され、他国からの侵略を食い止めなければならない。


「……まったく、バーベナときたら。いつまでも僕を子供扱いするのですから」

「自分のことを子供扱いしてくれる相手が生きているというのはいいことだよ、ギル」

「それは……そうですが。その子供扱いも、いつまでもというのでは僕も困ります」


 ギルは深呼吸をすると、改めて私に顔を向けて、言った。


「とにかく! この戦いが終わったら絶対に絶対に、僕の話を聞いてください! ……そのときはもう、僕のことを子供扱いなどさせませんからね!」

「わかったよ、ギル。楽しみにしてる」


 私はギルにそう答えて笑いかけた。

 ギルはなぜか昔から、私の笑顔を見るといつも挙動不審になる男なので、そのときも「うぐっ」とか唸りながら、後方に去っていった。


 結局、その後ろ姿が、私が見たギルの最後の姿だった。

 私はこの戦場で、心臓を敵の魔術に貫かれて死んだのだ。


 懐かしい仲間たちよ、今バーベナがヴァルハラへと会いに行く!



~完~





 と、この物語を終わらせるわけにはいかない。

 私の物語は、なんとまだまだ続くのである。


 私は前世の自分が亡くなった国に、再び転生した。


 前世の私……面倒くさいからバーベナでいいや。バーベナが死んだ後、戦争はすぐに終わったらしい。

 団長になったギルの奮闘によって敵国の司令部を撃破、指揮系統が機能しなくなってしまった敵兵を一網打尽にやっつけて、あちら側の戦闘維持力を失わせたらしい。やっぱりすごいな、ギルは。


 これらのことは家庭教師から習った。

 なんと私、現世ではこの国の貴族令嬢なのである。名前はオーレリア・バーベナ・チルトン。

 なんで前世の自分の名前が入っているのか父に聞いたら、


「かつての戦争で勇ましく戦った、バーベナ魔術師団長にちなんでつけたのだ」


 と言われた。私、偉人になっとる。


 そんなわけで私オーレリアは「バーベナ魔術師団長のような、弱き者を守る人間になりなさい」と父に言われ、『わーい楽勝じゃん、前世の私だもん』と勝手に自由に育ってしまった。





「オーレリア、どういうことなんだ。なぜ領地の川を爆破したのだ!?」

「あの川は蛇行しすぎて、毎年のように雨季に氾濫が起こるんですよ。領民からその陳情書がお父様のところにも届いていたでしょう?」

「……予算の都合で、まだ河川工事まで出来んのだ。なにせ何年も続いた戦で人が減り、税収も減っておってな……」

「でも雨季は待ってくれないので、私が魔術でドカンドカンとやりました。ちゃんと専門家に川や周辺地域を調べてもらって、氾濫しやすい箇所を計算してもらって、川幅を広げたから、もう大丈夫ですよ」

「せめて事前報告せいっ!!」

「はーい、お父様」



「お父様~、結局事後報告になっちゃってごめんなさい~。領地に一つ目羆が出たので魔術で仕留めましたー」

「オーレリアぁぁぁ、怪我はないか!? 領民も無事か!?」

「大丈夫です。私も領民もみんな無事です! 春先なので冬眠明けの一つ目羆がこれからも民家の方にさ迷ってくるかもしれないので、見回りの回数を増やした方がいいですよ」

「そうだな。憲兵に話しておこう」



「ごめんなさい、お父様! 魔術の新しい論文を試してみようとしたら、失敗して屋敷の屋根をぶち壊しちゃいました!」

「オーレリアぁぁぁぁ!!! そこに正座せいっっっ!!!」

「本当に申し訳ありませんでしたー!!!!」



「お父様、指示通り鉱山に新しい坑道を造ろうと爆破させましたら、なんとダイヤモンドの原石が出てきました!」

「でかしたぞ、オーレリア!! おまえの爆破魔術もたまには役に立つわい!!」





 貴族令嬢なのにそんなふうにワンパクに育ってしまった私だが、十六歳になると父が縁談を持ってきた。


「私に縁談ですか? 私、王子様はちょっと……」

「安心せい、オーレリア。私もお前が王子妃になれるとは思っとらん」

「え? 令嬢なのに王子の婚約者を狙わなくてもいいのですか?」

「毎日爆破魔術をドカンドカンやって大なり小なり問題を起こすオーレリアに、令嬢の自覚があるとは私も思わなんだ」


 父はため息を吐きながら、私に一枚の姿絵を見せた。


「ギル・ロストロイ魔術伯爵、歳は今年で三十二歳だ。歳は離れているが、オーレリアが例え魔術で屋敷を吹っ飛ばしても離縁しないでくれる奇特な人間はこの方だけだろう」


 黒髪に銀縁眼鏡の美青年ーーーーかつて私の部下だったギルである。

 ギルが魔術伯爵を叙爵し、今もこの国で暮らしていることは知っていた。

 もう一度会いたいと思ってはいた。最後に彼が話したいと言っていた内容はなんだったのだろう、と気にはなっている。

 けれど、私はただの令嬢だ。爵位を持っている父が偉いだけで、私個人はただの小娘である。国のために第一線で働いている魔術伯爵にお目通りを願うようなことなど出来なかった。


 ギルももう三十二歳なのかぁ、と思いつつ、疑問に思ったことを父に尋ねる。


「ロストロイ魔術伯爵の後妻になるということでしょうか?」

「いや。彼はまだ未婚だ」

「戦の功績で魔術伯爵を叙爵されるような人が、未婚だったんですか!?」

「極度の女嫌いのようでな。叙爵直後は山のような縁談が来ていたのだがバッサバッサと切り捨てていき、今ではずいぶん数も減ったようだ」


 極度の女嫌いとか、知らなかったよ、ギル。お前ふつうにバーベナの頃の私と喋ってたじゃないか。

 戦場では雑魚寝は当たり前だったし、食事の時にスプーンが一本しかなくて二人で使い回したときもあったんだが。ギルに無理させていたのかもしれない、ごめんな。


 いや、バーベナの女子力が低すぎて、ギルに女子認定されていなかっただけかもしれない。


「どうして女嫌いのロストロイ魔術伯爵が、私と結婚してくれることになったんですか? 私、正直美人ですよ。おっぱいも大きいし。見た目は完全なる女子ですよ」

「自分で言うのはやめるのだ、オーレリア」

「脅したんですか? お父様、ロストロイ魔術伯爵を脅したのでしょう!?」

「脅しなどと、人聞きの悪いことを言うでない、オーレリアよ。ロストロイ魔術伯爵は少々私に借りがあると言うだけだ」

「脅したんですね、お父様、ひどい……!!」

「オーレリアがもっとお淑やかに育っておれば、王子でも公爵令息でも婚姻させてやれたわいっ!!」


 そういうわけで、私はギルのおうちに嫁ぐことになった。

 私個人としては、もう一度ギルに会って話が出来るチャンスを貰えたのでラッキー、と思った。





 ギルに会うのは私が死んだ日以来だな~。なんて挨拶してやろう、と悩んだが、まったく話しかけるチャンスがなかった。


 あいつ、婚姻前に会いに来ないし、私が会いに行こうとギルの屋敷に行っても「忙しいので」と使用人を使って私を追い返しやがった。

 なんだよもうっ、積もる話もあるのに! せっかくギル本人からあの時の戦について話を聞けるかと思ったのになぁ~。


 結局ギルに会えたのは結婚式当日の誓いの儀式の時だった。

 ギルの奴、花嫁の控え室にも来なかったから、本当に式の最中に初めてオーレリアとしてギルと対面した。


 ギルはすっかり大人の男の人になっていた。

 背丈が伸び、肩幅も広くなり、顔には幼さの名残など何一つなかった。

 銀縁眼鏡の奥の黒い瞳が冷えきっていて、びっくりした。

 ギルは生真面目な少年でいつも私のことを怒っていたけれど、こういう冷酷さはあの頃にはなかったのに。


 ……戦争が彼を変えてしまったのだろう。

 私のほかにも多くの仲間がギルを残して死んでいった。それでもギルは国のために戦い続け、たくさんの屍の上に勝利を勝ち取った。

 生半可なことではなかっただろう。地獄をたくさん見たのだろう。

 きみを残していって、ごめんよギル。一人で戦わせてしまって、私はひどい上司だった。

 だけどきみが生き残ってくれて、本当に嬉しい。本当に嬉しいんだ。

 ギルがこれから少しでも気楽な気持ちで生きられるよう、私も支えていくつもりだ。


 誓いのキスは顔を寄せる振りだけをして、私とギルは夫婦になった。





 そしてその夜のこと。いわゆる初夜である。

 ギルは女嫌いになってしまったらしいから、たぶん何も起こらないだろうなと思いつつ、ロストロイ魔術伯爵家のメイドの手によって全身ピカピカに磨かれ、ひらひらの夜着を着せられた。


 私はベッドの横に用意してあったお酒を見つけ、嬉しくてさっそくグラスに注ぐ。

 チルトン家では『素面でも危険なオーレリアお嬢様に酒を与えたらどうなるのか想像もつかないから、飲ますな』というお触れが出回っていて、一度も口に出来なかったのだ。バーベナの頃は酒豪として名を馳せていたのに残念。

 前世ぶりのお酒はうまい。ぐいぐい飲んでみたが、オーレリアの体でもたいして酔わないみたいだ。新たな発見である。


 そうしてお酒を楽しんでいると、ギルが寝室に入ってきた。

 ギルはベッドの上で楽しく酒を飲んでいる私を見下ろし、「はぁ……」と薄く溜め息を吐く。


「酔っぱらって恐怖心や緊張を誤魔化す必要はありませんよ。僕は貴女を抱く気はありません」


 おお、本当に女嫌いになっちゃったんだな、ギル。可哀そうに。

 ギルが普通に女好きだったら、私もお前にすごいことをしてあげたんだが。


「オーレリア・…………バーベナ、ロストロイ」


 ギルは名前を呼ぶのも嫌だというように私を呼んだ。


「僕にはもうずっと昔から、心に決めた人がいます。だから申し訳ないが、僕が貴女を愛することはありません。そして貴女も、僕を愛する必要はない。僕たちは白い結婚でいましょう」


 へぇ~。ギルって好きな人居たんだ~。

 誰だろ。私が知ってる人かな?

 まぁ、魔術伯爵になっても結婚できないほど相手の身分が高いか、相手が結婚しているとかで、結ばれることが出来なかったのかもしれない。


「わかった」


 とりあえず、頷いておく。


「私たちの結婚に関しては了承した」

「……案外あっさりした返しですね」

「そんなことよりさぁ、私一個知りたいことがあってさぁ。

 ゴッドウィング平原の戦いの前に、ギルが私に『この戦が終わったら、貴女に伝えたいことがあります』って言ったじゃん。覚えてる? 私が借金なら銅貨一枚までならいいよって言って、ギルがパンしか買えませんって返事してさぁ。

 あれ、本当はなにを伝える気だったの? 私、死んじゃって聞けなかったけど」


 ギルに会ったら、一番に聞いておこうと思っていた。

 ようやく尋ねることが出来てホッとする。


 私がギルを見上げると、彼の表情はどんどん青ざめ、震える指で私を指差した。


「……バーベナ、なんですか?」

「あ、うん。バーベナ。私、生まれ変わったんだよ」

「重要なことを適当に返すその雑な性格は、完全にバーベナですね……」


 ギルの表情は青を通り越し、真っ白になった。そしてガックリと膝を突く。


「……結婚式からやり直したい……っ! いや、まず縁談の時点でバーベナときちんと会って話しておけば……っ!!」


 なんかごちゃごちゃ言い出したぞ、ギルの奴。

 それからギルはガバッと顔を上げた。


「バーベナ、先程は大変失礼なことを貴女に言ってしまいました! 本当に申し訳ありません!」

「え、どれだろ」

「……あ、貴女を愛さないとか、愛されなくてもいいとか、その、白い結婚とか……」

「ああ、ギルに好きな人がいるってやつか。いいんじゃない? がんばれ、応援してるよ。離縁の相談は早めによろしくね。慰謝料たんまりください」

「申し訳ありません! 本当にごめんなさいバーベナ!!」

「え? 魔術伯爵なんだから慰謝料ケチんないでよ」

「そういう謝罪じゃないです!!」


 なんだか昔のギルに戻ったように、怒ったり喚いたりうるさくなったので、ホッとする。

 そうそう、きみはこういうツッコミ体質の少年だった。

 まだ変わらない部分が残っていたのだな、と安心する。


 夜通し謝り続けたギルが、明け方近くに、


「貴女が亡くなる前に僕が伝えたかったのは、求婚です」


 と言った。


「はい?」

「バーベナ、十六歳の僕は貴女をただひたむきに愛していました。三十二の今になっても、バーベナのことが忘れられず、記憶の中の貴女を愛し続けました。どうかお願いです、バーベナ、僕と結婚してください。……ずっと、そう言いたかった」


 おい、ちょっと、ギルよ……。

 その求婚を聞くために、私、ギルと結婚してしまったのだが……。


「とりあえず、初夜の花嫁に『貴女を愛することはない』とかアホなことを言うお子ちゃまなんぞに、求婚の資格なんてありません」

「本当に申し訳ありません。貴女に永遠を誓っていたもので……」

「重い、重過ぎるぞ、ギル。恋人だったわけでもなく、片思いの相手にふつう操を捧げる?」

「ふつうでなくて申し訳ありません……」

「ギルなんぞ、一生子供扱いしてやる」

「すみません……」


 というわけで白い結婚続行だ。


 でもまぁ、私も生きているし、ギルも生きているし、この先を生きていく人間たちの関係が変化していくのは当たり前のこと。

 私とギルの関係がこれからどんなふうに変わるのかは、神様にしか分からない。


 私たちの結婚生活(戦い)は、まだまだこれからだ!!




一度は書きたい、このラスト。


お読みいただきありがとうございました!

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