じゅっかいのなぞ
相手に「ピザ」と十回言わせ、「これは何? 答えを紙に書いてね」と言いながらヒジを指さす。
書こうとする相手に「答えは漢字で書いてね」と言うと半分ぐらいの人は固まるそうです。
しかし、この物語はそういう話ではなくて……
既出小説と同じ登場人物がいますが、独立したお話です。
公式企画『春の推理2022』[お題:桜の木]の参加作品です。
安アパートで独り暮らしをしている僕の部屋に、小学生の従妹が来ている。
相談事があって僕を訪ねてきたのだが、その件はさっき片付いたところだ。
彼女は僕の机から、勝手にアイデアノートを取って卓袱台の方に持って行った。
いつものことだけどね。
この子は小学生とは思えないほど博識で、難しい漢字でも苦も無く読めるようだ。
黙ってノートを見ている分には、まるでおとなしそうな文学少女のようだ。
僕のアイデアノートをパラパラとめくりながら、彼女は卓袱台の上のビスケット缶に手を伸ばす。
ビスケットを取り出して、それを食べながらノートを読んでいる。
卓袱台には自分用のコップとお茶まで用意していた。いつの間に……
「ふーん。おもしろいことを考えてるんだよ。ナゾトキものの絵本を作るんだね」
彼女は僕が構想中のネタを見ているようだ。
「たいしたことないよ。絵本のなぞなぞは低学年でも解けそうなやつだからね」
僕は本気で絵本作家になる気はまだないのだが、試しにいろいろな案を書き出している。
今考えているお話は、動物たちが登場キャラクターで、耳やシッポの形であきらかに犯人がわかるようにしている。
例えば『犯人は長い耳だ』とか『シッポが短い』とか。
「僕が考案中のその絵本では、探偵役が子狸のポンキチくん。ワトソン兼ヒロイン役が子狐の女の子。まだヒロインの名前は決まってないんだ。キツネのコン子ちゃんだと少し変だよね」
いろいろ考えてはみたが、ヒロインの名前がなかなか決まらない。
「ふーん。キツネの女の子ねえ。昔話だと妲己とか玉藻が有名なんだよ」
「その案もいいんだけど。どっちも悪役だよね」
彼女が挙げた二つは、九尾の狐という妖怪が化けた女性の名前だ。
九尾の狐は那須高原で矢で射られた後、殺生石という毒気を吐く石になったとか。
「それじゃあ、長壁姫とか」
ずいぶんマイナーなのを知ってるな。姫路城の妖狐だっけ。
昔話では、剣豪の宮本武蔵に刀を渡していたな。
「オサカベ……。昔話では悪役とそうじゃない話もあるか。でも、もうちょっとかわいい名前はない?」
「歌舞伎の義経千本桜に、源九郎狐がでてくるんだよ」
「ぜんぜんかわいくないよ。そもそも源九郎って男だよね」
「千本桜の桜の木から、サクラちゃんにするといいんだよ」
「あ、かわいい名前だね。でも残念。サクラちゃんは子馬の女の子で使ってるんだ。どうしようっか」
似た発想で、イノシシの女の子がボタンちゃんだ。
ヒロインの子狐をサクラちゃんにして、子馬の名前を変える手もあるかな。
「他にキツネの女性だと……。葛葉は?」
平安時代の陰陽師・安倍晴明を育てたとされる狐の名前だね。
さすがによく知ってるな。
「うん、それでいいかも。子狐のヒロインの名前はクズちゃん……いや、だめか」
よく考えるとクズちゃんって、ヒロインにあるまじき名前かも。
彼女もビスケットをかじりながら、少し首をひねっている。
他のアイデアを考えてくれているのだろう。
この子は小学生だけど、とんでもない知識量を持っている。
こういう時には期待できるかな。
何か思いついたようで、キラーンとした目でこちらを向いた。
「キツネの女の子だと、稲荷神社でイナリちゃんがいいんだよ。他には、稲荷の神様の別名で宇賀御魂もあるんだよ」
「ウカノミタマ……。よし、ヒロインは子狐のウカミちゃんにしよう」
「うん。いいんじゃない。絵本もいいけど、あたしは本格的な推理小説を書いてほしいんだよ。シャーロック・ホームズとか明智小五郎がでてくるみたいな」
この子は推理小説というより、かっこいい探偵が活躍する話が好きそうだな。
「僕も推理ものを書いてみたいけどね。オリジナルのトリックが思いつけば」
「トリック……」
彼女はピンクの大きなハンカチを取り出し、広げて見せた。
「このハンカチには何も入ってないよ。左手にも何もないよー」
広げた左手にハンカキを被せた。そして、ハンカチはパッととった。
「左手はチョキになりました~~」
「あのねえ。手品のトリックじゃなくて、犯罪の謎解きのトリックのことなんだけど」
彼女は、あははと笑いながらハンカチで折り紙のようなものを作り始めた。
また何か変なことをやるつもりかな。
「タネも仕掛けのないこのハンカチ、あっという間にリボンになりました~」
そのリボン、胸に当ててみろと言ったらセクハラになるだろうか。
彼女はハンカチをほどいて、膝においたビスケット缶の上でたたみ直している。
「推理小説だったら犯人と探偵をどっちも転生者にして、チート能力をもたせるんだよ」
「僕にはその設定で面白く書ける自信はないよ。それに十戒にも引っかかりそうだしね」
「十戒って何?」
おや、何でも知っている子だと思ってたけど、これは守備範囲外かな。
「イギリスのノックスっていう推理小説家が考えた探偵小説の書き方だよ。『探偵が犯人だとだめ』とか、『捜査に超能力をつかっちゃだめ』とか、あとは『中国人をだしちゃだめ』とか」
「最初の2つはわかるんだよ。中国人はなんでだめ?」
「魔術とか超能力とか、不思議な力はだめってことだと思うよ。変な能力がなければ問題ない」
「十戒ってことは、他にもルールがあるんだね」
そう言いながら、彼女はビスケットの缶を卓袱台の上に置いた。
また1枚とって口に運んでいる。食べ過ぎないでね。
「他には……ノックスの十戒では解決前に手がかりをすべて提示する必要があるんだ。読者が自力でも解けるように」
「途中で『読者への挑戦』とか書いてる小説もあるよね。そこにしおりを挟んで最初から読み直すんだよ」
彼女はその手の小説で、挑戦を受けるタイプのようだ。
「そういうのもあるね。僕はその時点で犯人の目星がついてなければ、そのまま読み進めるよ」
「ふーん。十戒かぁ。そんなルールがあったんだね。あたし知らなかったんだよ」
「まぁ、本気で守るルールじゃないよ。もし僕が書くとしても守れる自信はない。少年探偵団とかが面白く活躍できるのがいいな」
昔読んだ外国の児童文学で『マガーク少年探偵団!』というのが面白かったな。
シリーズの一部しか和訳されてないらしいけど。
「それに僕は、人が大けがしたり死ぬような話は書きたくないから、泥棒の話とかになるだろうけどね」
「……泥棒の話。……トリック」
彼女は少し考えた後、僕に向かってニコッと笑った。
この顔は、また何か変なことを言おうとしているかな?
「魚屋さんの店先のザルに、サンマが五匹のっていました。そこに野良ネコがきて一匹くわえていきました。ザルに残ったサンマは何匹かを推理してほしいんだよ」
「推理っていうか、なぞなぞだよね。普通に考えると、残ったのは四匹かな」
でも、普通じゃないんだろうなあ。どういうトンチがでてくるやら。
「はずれー。答えは六匹だよ。野良ネコが一匹加えたんだよ」
「なるほどねえ。それ、絵本のナゾトキのネタには使えるかもね」
「じゃあ、次の謎を解けるかな。魔法のカエルさんがいました。生まれて2週間目のカエルは4メートル跳びます。3週間目のは9メートル跳びます。じゃあ、生まれて1週間だと何メートル跳びますか?」
これ、算数の問題だよね。二乗の計算なんか学校で習ってないだろうに。
「1かける1は1。答えは1メートル」
「ブブー。生後1週間だと、オタマジャクシだから跳べないんだよ。答えは0メートルなんだよ」
「ははは……。最後はトンチになるのか。これはちょっと絵本でも使えないね。じゃあ、今度は僕から問題を出そう」
同レベルのトンチだけどね。
「ある紙芝居屋さんが『はなさかじいさん』の紙芝居をやることになりました。紙芝居屋さんの前に、いつもよりたくさんのお客さんが集まってました。でも、紙芝居屋さんはお客さんたちをみて、今回はあまり儲からないな、と思いました。なぜでしょう」
彼女はビスケットをかじりながら、少し考えているようだ。
「えーと……。昔の紙芝居屋さんって、見た人から見物料をとるんじゃなくて、お菓子か何かを売るんだっけ」
「そうそう。アメとかせんべいとか駄菓子を売るんだよ」
「お客さんがたくさんいるのに、あまり買ってもらえなかったってことだよね。演目は『はなさかじいさん』ってことは……。白い犬のポチがいて、正直者のおじいさんがいるんだよ。となりに意地悪じいさん。最後は桜の木に花を咲かせて……。あ、わかったんだよ。お客さんはみんなサクラだったんだよ」
「正解! さすがだね」
「なんでヤラセのお客さんを、サクラっていうんだろうね」
「諸説あるみたいだ。パッと騒いでパッと消えるからだとか、お花見はタダで見られるとかね」
「ふうん、そうなんだ」
彼女は、また僕のアイデアノートを見だした。
視線はノートに向けたまま、右手をビスケット缶に伸ばしている。
「あ、ビスケットが全部なくなっているんだよ。缶の中はからっぽだよ。犯人はだれだっ」
それ、僕はまだ一枚も食べてないよ。ほんとに一人で一缶全部食べちゃったの?
お腹いたくなるよ。それに晩御飯が食べられなくなったら、僕がおばさんに叱られそうだ。
「あたしが名推理でこの謎を解いて、おかしを盗んだ犯人をつきとめるんだよ」
「だから、探偵役が犯人だと十戒に引っかかるんだってば」
彼女は人差し指と中指をそろえてピンと立てた。
そして「チッチッチ」と言いながら指を左右に振った。
「実は犯人はあたしじゃないんだよ」
いや、どう考えても君が犯人でしょう。
それとも妙なトンチで、僕を犯人にしたてあげるつもりかな?
彼女は卓袱台の下からハンカチの包みを出した。
たぶんビスケットが入っているんだろう。いつの間にやったんだ?
「お姉ちゃんにおみやげを頼まれてたんだよ。だから真犯人はお姉ちゃんなんだよ」
「こらこら。お姉ちゃんは盗んで来いなんて言わないでしょ。いきなり新しい人物を出して犯人にするのも、ノックスの十戒に引っかかるんだ」
「へー。そうなんだ。制限が厳しいんだよ」
「ビスケットをそんな風にしてたら湿気るし割れちゃうよ。包んでやるから、お姉ちゃんに渡しなよ」
僕は透明ラップを取り出してそう言った。
暦ちゃんの豆知識
「ロナルド・ノックスの探偵小説十戒を調べてみたんだよ」
1.犯人は最初から登場していなければならない。
2.探偵方法に超能力を使ってはならない。
3.犯行現場に秘密の出入口が二つ以上あってはならない。
4.未知の毒薬、未来の機械を犯行に用いてはならない。
5.怪しい能力を持つ中国人を主要登場人物にしてはならない。
6.探偵は、偶然や勘のみで事件を解決してはならない。
7.探偵自身が犯人であってはならない。
8.解決前に、読者に手がかりが提示されてなければならない。
9.いわゆるワトソン役は、自分の考えを読者に知らさねばならない。
10.双子や一人二役がいる場合は予め読者に知らさねばならない。
「ジョーク交じりの提言で、反する小説がダメではないんだよ。
ノックス自身もこれに反する探偵小説を書いているみたいだよ。
むしろ十戒で指摘されてることを応用すると、面白い推理小説が書けるかも」
お時間のある方は、下の方でリンクしている別作品もお読みいただけると幸いです。