転落
死ぬ、死ぬ、死ぬ。
動いたら殺される、身の前の狼に喰い千切られる。
勝てない。
『韋駄天』を使っても絶対追いつかれる。
どうしようどうしようどうしよう。
どうやってこの場を生き抜こう。
(そんなに怖がらなくていいですよ、誰も取って食おうとはしてませんから)
また声が頭に響く。
柔らかく、聞いていて心地いい、全てゆだねてしまいそうな声。
でも、その裏にある警戒がわかってしまう、変な動きを見せればすぐに殺すと、言外に言っているような空気感がある。
わからなかったら頭を上げて談笑でもできそうなのに。
今こうして、土下座して命乞いをするしかない。
死にたくない、死にたくない、こんなところで、こんなところで。
ペロッと、
犬などに舐められた時と同じ感覚が目の端に感じた。
それは一回ではなく何回も繰り返され、止まったと思ったら、「ぐるぐる」と心配するような声が聞こえて、柔らかいものが頬に擦れる。
横目で見るとさっきの女の子の顔がとても近いところにあった。
(ふふ、本当にウロウは懐いていますね)
声が聞こえると、ウロウという名の女の子の顔が離れ、
「ガウッ、ガウガウ!」
と、四つん這いのまま、まるで狼のように言う。
(そうですね、怖がっちゃってますね、分かりました、あなたがそこまで言うなら大丈夫なのでしょう。警戒を解きます)
フッと、さっきまであった息苦しいくらいの空気が消えてなくなり、普段の十倍はあるように思えた重力も元通りになる。
それでも頭を上げられない。
息が整えられない。
怖くて仕方がない。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。
どうにかなってしまいそうだ。
(大丈夫ですよ、顔を上げてください)
大丈夫なわけがない。
でも顔を上げなければどうなるかわからない、とりあえず上げよう、相手が望んでいるんだ、こっちに命令してきているんだ、従わなくては。
ゆっくりと、顔を上げて正座をし、またあの白銀の美しい毛並みを持つ狼を見る。
狼はやはり美しく、整っていない息を呑む。
その美しさに目を奪われていると、横からウロウが目の端を舐める。
舐められた時の感覚がさっきと同じで、さっきもウロウが舐めてきたのかと思った。
なんでこの子は舐めてくるのかと思ったが、舐められていない方の頬も濡れていて、ぽたっと顎から一滴落ちる。
もしかして、僕泣いてたのかな。
怖くて怖くて、泣いていたのかな。
なら、もしかしてこの子は慰めてくれているのか?
「あっ、ありがとう」
感情が言葉についていかず、片言に近くなってしまったが僕はそう言って、ウロウの頭を撫でる。
つい反射的にやってしまったが、ダメなのでは、こんな馴れ馴れしく触ったら『変なこと』として殺されてしまうのでは。
そう思ったが(仲良くなったのね)と言う声が聞こえてきただけで、他には何も言われなかったし、されなかった。
ほっと一息つくと、息をつくために口を開けるのを待っていたかのようにウロウが唇を重ねてくる。
しかもそれだけじゃなくて、舌も入れてきて逃がさないと言うように押し倒して腕を押さえてくる。
唾液も当然入ってきて、それを飲み込んでしまう。
しばらく、いや、もしかしたら短かったかもしれないが、ウロウの唇が離れる。
何がしたかったんだ。
僕が疑問に思っていると、(体の傷を見なさい)と声が聞こえた。
体の傷?
ああ、さっきできた擦過傷か。
言われた通り、僕は自分の体の、主に腕や足を見るが、そこにあるはずの傷が全てなくなっていた。
傷ひとつないキレイな肌だった。
「・・・・・・どうして」
僕がうっかり呟くと(ウロウの体液にはどんな傷でも、どんな病気でも治すことができる力があるのですよ)と白銀の狼が教えてくれた。
能力を持っているってことか、僕がそう納得すると
(はい、そうなのでしょう、生まれた時から持っていたわけではないですが、きっと後天的に生まれた能力でしょう)
そう白銀の狼が教えてくる、でも、そんなことってあるのか。
スキルや魔法と違って、能力は生まれた時に持っていなければ持つことのできないものではなかったのか。
それは、ありえる。
僕が知らないだけでそう言うことは稀にあるのかもしれない。
つまり、ウロウは僕の傷を治してくれたってことなのか。
これはありがたい、これで出口まで連れて行ってくれれば文句はないんだが。
(では私はこれで、他の子供たちの面倒も見なくてはいけませんので)
そう言って白銀の狼はゆっくりと離れて行った。
離れて行ったのを見て、僕は生きていると実感する。
初めてウロウとあった時のあの覚悟は、全然覚悟ではなかった。
あんなものは覚悟を決めたふりだ、ただの諦めだ。
実際に死ぬと思ったら、覚悟なんて決められない。
死にたくない死にたくないと何度も繰り返し言うだけで、何も出来なかった。土下座するだけで、助けてくれと、殺さないでくれといえなかった。
それだけではなくて、それ以外のことも一言として言えなかった。
ただただ怖かった。
死にたくなかった。
だからこそ、余計に今、生きていることを実感できた。
「生きてるって素晴らしい」
またポツリと、僕はつぶやいた。
腕を広げて、天井から降り注ぐ光を全身で浴びていると、ウロウが僕の腕に顎を乗せてくる。
うーん、本当によく懐いてきている。
なんでこんなに懐かれているんだろう。
僕何もしてないぞ。
それがよかったのか?何もしない相手だとわかったからこれだけ懐いているのか?
わからないな。
そう思いながらも、誰かに腕枕をしてあげている状況が、自分の家のことを思い出させて少し落ち着く。
落ち着いたからか、僕の腕に顎を乗せ目を閉じているウロウの頭に、自然と腕が伸びる。
そうして頭を撫でていると、本当にここは家なのではないかと思ってしまいそうになる。
でも違う。
ここはダンジョンの中で、出られるかどうかはわからないんだ。
そう思うが、ウロウの頭を撫でていると、自然と心が穏やかになって、瞼が重くなってくる。
僕はふわぁと欠伸して、目を閉じた。
ダンジョンの地下の空間を、ウロウと一緒に歩いていると一つ、横穴があるのを見つけた。
その横穴は人が一人入るのにはちょうどいいが、二人以上並んで入るのはキツいような隙間だった。
その横穴を見て、ここがサロウさんの言っていたところなんだろうなと考える。
この場所に落ちてきて、もう時間感覚も狂ってきている中でも3日は経ったはずで、その間にサロウさんとかと話した(最初の頃の恐怖は話しているうちに無くなったと思う。話す前から怖く無くなっていたような気がするんだが?)。
ウロウは前にこのダンジョンに来た冒険者のカップルの子供だそうだ。
僕には学が無いが、これくらいあからさまならわかる。
『じけいれつ』?がおかしい。
ここが見つかったのがいつかは教えてもらっていないけども、最近とか言ってなかったか?
流石に冒険に子供を連れてくるとは思えないし、その二人はここでウロウを産んだとサロウさんは言っていたし。
最近にできたダンジョンだと言うのが本当だと言うのなら、ウロウがここまで育つわけがない。
正直言って、こんな果物や魚くらいしか食べられるものがない環境で、ウロウの発育はとても良く、上に飛び乗ってきた時の体重はどう考えても60は超えていた。
あの時は実に無様に胃の中のものを吐き出したものだ。
話を逸らすが、そのあと、僕が何かの病気にでもかかって吐いたのだと勘違いしたウロウに(サウロさんがウロウのガウガウを通訳してくれた)舌を入れられそうになったのには慌てた。
話を戻すが、もし本当にここが新しくできたダンジョンなら、多分ここは時間の流れ?が違う。
と、思う。
確信は無いけど。
とりあえず、そう言うことをサロウさんから聞いて思った。
今外ではどのくらいの時間が経ったのだろう。
考え事をしながら横穴に入っていく。
後ろからウロウがついてくる。
もし危ないことがあったらウロウが止めてくれるはずだ。
ウロウとこの空間から出て、周りを囲っている廊下のような所(この廊下にも上に通じる通路はなかったの)で走り回っていると、高確率でアレに合う。
アレ、というのは、簡単に言えば岩の塊。
廊下の高さ、横幅を目一杯使って動くゴーレムというやつだ。
アレと会う前に必ずウロウが気づくから今まで一回も戦ってはいないのだが勝てる気がしない。
サロウさんほどじゃ無いけども、アレもアレで化け物だ。
横穴に入ってもウロウの危機察知能力は無くならないだろうから、それをアテにして僕は横穴に入った。
それに、そこら辺に落ちていた謎の生き物の骨を加工して短刀のような物を作ったりもしていた。
それもあり、途中に出てきた人間並の大きさのコウモリともちゃんと戦えた。
いや、アレは戦いではなく虐殺に近かった。
コウモリどもは僕とウロウの速さについてこれなかった。
目で追えもしていなかった。
そのことに二人で30体ほど殺してから気づいて、殺すのをやめてコウモリどもから逃げる方に舵を切った。
数が50体ほどだったら後もうちょいと頑張れたのだが目測で千は超えていたから諦めた。
コウモリの巣を超えた先には一つの部屋があった。
神々しく青く輝く壁。
部屋の中心には台座のようなものがあった。
言葉で言い表せないほどの美しさに息をするのを忘れていると、カブっと噛まれた。
噛まれて、ようやく自分が窒息死寸前だったことに気づき、体から力が抜け、膝から崩れ落ちるように倒れて、一気に息を吸い込んでむせる。
全速力で十分走り回った後のように激しく呼吸をする。
息を整えた後でもう一度部屋を見ると、あの神々しいと感じた部屋は消えていて、どこにでもあるようなみすぼらしく、ボロボロな部屋になっていた。
もしかしてトラップだったのか、そう考えると恐ろしいものがある。
ウロウがいなければ僕は窒息死していた。
空気が大量にある部屋での窒息死。
なんて滑稽な死に方だろう。
「ありがとう、ウロウ」
そう言ってウロウの頭を撫でる。
キューンと一鳴きして、ちょっと背伸びして頭を撫でていた手に自分の頬を当てる。
撫でろということだ。
ウロウは撫でられるのが好きらしく、僕が何もしていない時はそばに寄ってきて撫でてと合図してくる。
その時は他のちびっ子狼(人ではなくちゃんとした狼)も付いてきて、僕の周りでじゃれあったり、じゃれついてきたりする。
とても可愛い。
癒される。
特に今のように死にかけたときなんかは、すごく癒される。
存分に癒されてから部屋の中心にある台座へと向き直り近づく。
台座には、円形のものがはまっていたような丸い窪みがあった。
何がはまっていたのかは分からないが、何かがあったことは分かった、もしかしたらこの窪みにピッタリハマるものを嵌めれば階段とかが出てくるんじゃ無いのかと考えた。
その何かが何なのかは分からないので、どうしようもないのだが。
横穴に入ってから何日か経った(4日位?)
未だに助けは来ない。
正直、どうしようもなくて諦め始めている。どれだけ探そうがあの窪みにはまるようなものはなかった。
もしかしたらあのゴーレムの動力源となっているものが、探しているものなのかもしれないと自作の短刀で切り付けてみたりしたが、短刀の方が砕けた。
ウロウも攻撃してみてくれたが、爪も牙も通らなかった。
サロウさんなら通ったかもしれないが、大きくなりすぎて出てくるための穴(通ると絶対に擦過傷を負う)を通れないので無理。
残念だが、僕はここに骨を埋めることになるのかもしれない。
そう思っていると、天井が砕けて落ちてきた。
落ちたきた天井と一緒にリオルと、あの幼女フィーフィと誰だか知らない誰かが落ちてきた。
叫び声を上げながら3人は湖に落ちて、盛大に水飛沫を上げる。
ウロウとその他のちびっ子たちが警戒する。サロウさんは余裕の表情だが、かなり警戒していて怖い。
その怖さを紛らわすために、誰が最初に出てくるか予想するが、そんな予想は意味がなかった。
3人全員が水ごと出てきた。
3人に水が纏わりついているかのようだった。
フィーフィと誰だか知らない人は、ちゃんと着地してポーズまで取って、なのにリオルは頭から落っこちてやばい音がした。
骨が折れたんじゃないのかと思う音だった。
それにもかかわらず、リオルは立ち上がり、
「おー、アウト君久しぶりー10日ぶりだね」
どうやら僕の体内時計は正しかったようだ。
最後の方はちょっと怪しいが。
僕が手を上げて応えようとしたが、リオルの方が早く、次の言葉を言った。
「それに、君を連れてきた理由もちゃんと果たしてくれているみたいで何よりだ」
「???。何を言ってるんだ?」
僕の率直な質問にリオルはあっさりと答える。
「僕はその子に用があったんだ。ダンジョンのことなんて二の次さ」
「何で?この子に何のようなの?」
不信感があり、声に少し怒気が混ざる。
僕の声に怒気なんて感じないように、リオルは軽く答える。
「だってその子が僕が探しているものを持ってるからさ」
持ってる?ウロウが?
ものを隠すところなんてないぞ、自分の肌すら自分の髪に隠すのを任せているくらいだ。
それじゃあなんだ?リオルのさがしているものはウロウの腹の中にでもあるというのか。
「That's right. What you are saying is right」
は?何で言ったんだ?
何語だ?
「君の言うとうりってことさ、正解正解おめでとう」
それじゃあ少し話をしよう。
「This is after I broke up with you 10 days ago and met Q.」
だから何で言ってんだよ‼︎‼︎