墜落
Q,もし、パラシュートとか落下速度低下の魔法も使えないのに、死ぬような高さから落ちたらどうする?
A,全力の『韋駄天』でひたすら足をバタバタする。
その結果。
なのかはわからないがなんとか生き残った。
びたんと地面に落ちたのではなく、ぶんぶん動かしていた足の踵が地面について、後ろに倒れそうになるがもう片方の足を床について倒れることは防いだ。
ギリセーフ。
生きていることの素晴らしさを感じ、その余韻に浸りながら上を見る。
自分の落ちてきた穴を見る。
「うわぁ、高いな」
覗き込んで「大丈夫〜」と訊いているリオルが米粒よりも小さい。
「大丈夫、安心して」
ついつい自分の家の子供にするような声で返事してしまった。
くそ、少し警戒は解いても全部を消すわけにはいかない。
敵かもしれないのだ。
たぶんないと思うけれど、でも、今僕のことを心配すらしていないフィーフィーと言う幼女は本当に敵かもしれないのだ。
敵じゃないとしても、人の腕を見えない速度で切り飛ばし吹き飛ばす(ことができると思っている)あの腕力(又は脚力、あしりょくであってる?)は味方であっても警戒するに値する。
「わかった、気をつけてね。僕たちは助けられないから、頑張って地上への道を見つけて」
じゃあね。
そう言ったリオルの姿はすぐに見えなくなった。
なかなかに薄情、それとも僕を信じてるとか?
一人で戻ってくることのできる人物だと思われているとか?
・・・・・・・・・・・・・・・無い。
そんな信用されるようなことを僕はしていない。
そう結論づけて、周りを見る。
その結果、今僕のいるところは一本道だということが分かった。
四方のうち二方向だけが道として続いている。他二方向は壁だ。
それも破壊不可能な壁だ。
仕方ないか、右か左か、もしくは^_前か後ろか、どっちでもいいから右に行こう、前に向かって歩こう。
そう決めて歩き出そうとした時、
匂いがした。
アウトの鼻はとても優秀で、数十分共に行動していただけのリオルとフィーフィーの匂いすら覚えている。
覚えているということは嗅ぎ分けることができるということで、今風に乗ってきた匂いはリオルでもフィーフィーのものでもなかった。
強いて言うなら獣臭。
でも、獣の匂いだけではない、ほかの匂いも混ざっている。
意識を鼻に集中する。五感の中で最も優れている期間を更に鋭くする。
スラムでやっていたら自分の取り柄を自ら殺すことになっていた行動で、その分効果的だ。
石の匂いがそこら中からして、リオルとフィーフィーの匂いが自分の体から少し漂ってきて、それに負けるかと言うように家のみんなの匂いがする。
それに紛れるように獣臭がして、更にほのかに、ほんの少しだけ、なんとか嗅ぐことができるというくらい微妙に血の匂いがする。
血の匂いを嗅ぎ分けることができたのは、スラムでほぼ毎日血の匂いが何処かからしてきていたから覚えていたのだろう。
バタン、と。
唐突に光が消える。トラップの床がまた生まれたのだろう。
少し焦った。
どんな生き物なのか目視できていないのだ、そういえば、昔この近くに神話級のモンスターであるフォールウルフがいたとリオルが言っていたが、もしかしたらフォールウルフの生き残りかもしれない。
今は考えるな、今は今どこにいるのかを嗅ぎ分けろ。
光が消えて、無意識に目に当てていた意識も鼻に移る。
アウトがその匂いに気づけたのは、意識のほぼ全てが鼻に行っていたことや、血の匂い以上に嗅ぎ慣れた匂いであったということが一因であることは確実で
それ以上に相手が、獣が、近づいてきていたことが原因だ。
あぁ、人の匂いだ。
体を清潔にしていない、風呂に入っていない、水浴びすらしていない人の匂い。
スラムで毎日香ってくる、スラムに染み付いた匂い。
あっ、死ぬ。
みんなの大きくなった姿を見れないのは悔しいな、アカネお願いね。
地面に押し倒され、首元に噛みつかれたアウトは、走馬灯のようにそう思った。
「あいつ無事かな」
抑揚の少ない声で、アウトの心配をしたのは意外にもフィーフィーだった。
「だいじょぶだいじょぶ、アウト君ならね、脚速いし鼻はいいし」
今彼は「だいじょぶ」じゃない状態にあるのだが、そのことをリオルは知ろうともしない。
能力を使えば知ることができるのだが、本当に大丈夫だと思っている。
「ところで最近フォーフォーとは仲良くやってる?
昔はよくお互いに殺し合ってたけど、最近見ないよね、やっぱり僕たちのおかげなのかなぁ。
僕と静音とエブのお陰で君たちはお互いに守り合うようになったんだよね、いやー僕たち偉い」
「貴方は何もやってない」
抑揚無くフィーフィーが言う。
そして、姉と殺し合っていた日々を思い出す。
簡単に、一言で言えば、食料の奪い合い。
腐った肉の奪い合い。
そんな無様で滑稽なことで、五年間。
サフラブ王国の唯一の生き残り同士で殺し合った。
サフラブ王国で蔓延した流行り病、今では『炎熱病』と呼ばれているこの病気は当時は罹った人間の致死率が100%の病気で、私と姉は人間ではなかったから生き残った。
人間ではなかった。
人間だと思ってたのに。
8歳で突きつけられたそれは、双子のわたしたちの結束を強くした。
ただ、その結束は自分が死んでも相手が生き残っていればいいと思えるような、限りある食料を二人で分け合って、死ぬ時は二人一緒というような、そんな硬いものではなかった。
もともと[アルティメイト]と呼ばれているわたしたちの種族は情が薄い。
家族であれ、必要とあれば葛藤することなく殺せるくらいには。
だから、殺し合うことになった。
相手を殺して自分だけが生き残ろうと思った。
限りある食料を独り占めして生き残ろうとした。
五年間、ずっと殺し合ってきたけど、今では、
今までも。
昔から姉を恨む気持ちはなかった。
自分でも驚くくらい簡単に仲直りできた。
昔と同じように笑い合って、昔と同じようにご飯を食べて、昔と同じように同じ部屋で寝て、昔と同じように一緒にお風呂に入って、昔と同じように遊んで。
昔以上に仲良くなった。
お互いの手を見せあって、お互いの力を見せ合って、お互いに自分本位だと、自分が一番大切だと知って、意気投合した。
それをギルドの、私たちを仲直りさせたエブに言ったら異常だと言われた。
そうなのかと思ったが、これが私たちだろうと納得した。
「最近はそう思ってたんだけど、どう?」
「どうって言われても困るなぁ‼︎‼︎」
独り言のようにフィーフィーが話している間に、リオルとフィーフィーは歩き続け、トラップを踏み続け、リオルは満身創痍で、フィーフィーは無傷だった。
100の槍も、大量の濃硫酸もフィーフィーにとっては砂ぼこりと水にしかならない。
だがリオルには効く。
100の槍は100の槍として、大量の濃硫酸は体を溶かし続ける水として。
遺跡に入って十分も立たずに20回は死んだ。
結構少ない。
リオルは十分で2000回も殺されたことがあるからそう思うだけで、普通の人にとっては20回でも多い。
言うまでもないが。
「おヤおヤおヤ、そこにいるのハ、リオルさんジャないでスカ」
フィーフィーが自分にかかった濃硫酸を手で払っていると、声をかけてくる人がいた。
「おやおやおや、そこにいるのはTさんじゃないですか。貴方がきてたんですねぇ」
リオルが似たようなことを言って返した。
今のリオルはドロドロと、とろけていて判別をつけるのが難しくなっているのだが、Tことエリアはすぐに見分けたのだ。
普通にすごいのだ。
「そうだヨ、今回は僕だけダヨ、Pはイナいよ」
「そっかー、カミスちゃんはいないのか。他の人もいないの?」
「いなイとイッた。キイテなかったノカ?」
そちらノひとは?
と、Tがリオルに訊く。
「ああ、この子はフィーフィーちゃん。アルティメイトって知ってる?それの末裔、子孫だよ」
「アルティメイト、伝説キュウもんすターのあイつか」
「そーそー、そのとーり!」
リオルは指をビシッと突きつけて言う。
「あっそうだ。一緒にダンジョン攻略しようぜ」
「イイよ」
こうしてこの章のボスと共に行動することになったのだ。
リオルとフィーフィーには抵抗なんてものはなかった。
ここからしばらくはリオルたちは出ない。
アウトは今、光が照りつけ、柔らかい草の生えた原っぱにいた。この原っぱにはこの世の物とは思えないくらい美味しい木の実のなる木が生えていて、食糧には困らず、水場にはふわふわした髪をたなびかせて走りあそぶ17、8歳ぐらいの女の子がいた。
Q,ここは天国ですか?
A,いいえ、ここはダンジョンの地下です。
Q,あの女の子は誰ですか?
A,フォールウルフに育てられた女の子です。
Q,どう思いますか?
A,人の言葉を話せないのは別にいいから、せめて服を着て欲しい。
アウトは今、柔らかい原っぱの上で足を折り畳み、膝を抱えるようにして、自分の膝に顔をうずめていた。
その顔は、羞恥で赤くなっていた。
話は少し戻る。
20分くらい。
気づいたら獣は目の前にまできていた。
そのことに僕は気づけなかった。
そのくらい、その獣の動きは早く、驚き何もできなくなっていた一瞬で、押し倒されて、頭をぶつけて、意識が少し飛んでいる間に首筋を噛まれた。
あっ、死ぬ。
みんなの大きくなった姿を見れないのは悔しいな、アカネお願いね。
と、そんな走馬灯のように考えたのに、実際はただの甘噛みで、全然痛くなかった。
むしろちょっと気持ちよかった。
何が起きているのか分からなかったが、段々と目が慣れてきて、横目で見ると、そこには女の子の顔があり、どうやら甘噛みをしているのはこの女の子らしいとわかった。
そして、女の子から血の匂いがしていたのは、身体中にある何かで擦ったような擦過傷のせいで、人の匂いがしたのはどう考えても女の子が人だったからだろう。
なぜ甘噛みなのかは分からないが、とりあえず今は死ぬことはないなと考えると、緊張感が少し緩み、身体中にかかっている上からの圧力に気づいた。
頭を動かせる範囲で動かすと、女の子が完全に自分の体を僕に密着させていることや、足を開いて僕の足を押さえていることが分かった。
そして、服を着ていないこともわかった。
なんなんだろう、これ。
どういう状況なんだろう。
とりあえず、自分の家にいる小さな子供にするように頭を撫でてみる。
うわっ、すげーふわふわ。
なんで?
頭を撫でていても甘噛みから頬擦りに変わっただけで、噛み殺されるということはなかったので頭を撫でながら、これからどうするかを考える。
と言っても、それ自体はすぐに決められる。
立ち上がって探索だ。
今できるのはそれしかないだろ。
さて、そろそろこの子にどいてもらおう。
そう思った時に、ガバッと女の子は体を起こし、体を反転させ、自分の着た方向へと向かってグルルルルと唸る。
何があるのかは分からないが、僕も立ち上がってポケットからナイフを取り出して構える。
四つん這いになり、頭を地面スレスレにまで下げていて、つまりこちらにお尻を突き上げる姿勢になっており、服も着ていないからよくわかる。
この子は足が速い。
足の筋肉が引き締まっていて、とても綺麗で、触ってみたいなと思った時に、
ズシン、と、
重い音がした。
やばい、切り変えないと。
改めて構え直して、音の正体を待つ。
そしてそいつがきた。
さっきまでグルルルルと、ガルルルルと唸っていたのにすぐに止め反転し、僕の手に噛みつき、ぐいっぐいっ、と引っ張る。
それで我にかえり、僕も向きを変え、女の子を先導に走り出す。
本当に女の子は早かった。
僕も、能力を使わなければひたすら置いていかれるだけだっただろう。
100メートル5秒をきるんじやないのか。
だがそのくらい全力で逃げなければいけない。
どう考えてもあれには勝てない。
世界最強のリオルには勝てるのかもしれないが、足を速くすることができるだけの凡人には勝てない。
必死で、決死で、全力で、全速で、ひたすら前進する。
やがて、女の子が急に止まり、地面に少し空いている隙間に入り込む。
僕もすぐに入るが、かなり狭くて進むたびに体が痛む、皮膚が破れていく感覚がある。
あの子の傷もこれでついたんだろうな、そう考えて狭い隙間に体が挟まって動けなるんじゃないのかという可能性を考えないようにする。
そういえば女の尻を追いかけるとか、そんな言葉があったけど(あったよな?)、それを言葉通りのことを今僕はしているな。
取り止めのないことを考えていると、女の子が抜けたらしく、目の前からいなくなった。
あともう少し、そう自分を励まして腕と足を動かして前へ進む。
そう、あともう少しだった。
でも、なぜ女の子が消えたかを考えた方が良かったのだろう。
いくら出口が明るくて、目が慣れていないといっても、尻を追いかけるという比喩が言葉通りになる近さだったのだから、足が見えないことはないのだ。
それに気づかずに、アウトは進み、明るさに目を閉じて、一気に出ようと腕を先に出して、自分を押し出すように壁に手をついた。
それも全部不幸だった。
もしくは幸運だった。
穴から抜け、足場がなく落っこちたのだから、それは不幸で、
目を開けて、もしくは地面に手をつこうとして地面がないことに気づいていれば、すぐに飛び降りることはできなかっただろうから、そういう意味では幸運だった。
いや、いいとこ探そうとしたけどやっぱ無理がある‼︎
覚悟決めてから飛び降りたかった‼︎
全部不運だ‼︎
Q,もし、パラシュートとか落下速度低下の魔法も使えないのに、死ぬような高さから落ちたらどうする?
A,全力の『韋駄天』でひたすら足をバタバタする。
バジャーンと穴の真下にあった湖に落ちた。
ぷかぷかと浮きながら、ボーとして、
「生きてるな、僕」
そう呟いて、少し前に思ったことを思い出した。
あっ、死ぬ。
みんなの大きくなった姿を見れないのは悔しいな、アカネお願いね。
恥ずいわ‼︎
死ななかったしね‼︎
あー生きててよかった‼︎(自棄)
そういうことがあり、僕は今膝に顔を埋めている。
(あなたも大変でしたね)
頭に直接声が聞こえてきて、顔をあげ、周りを見る、すると、大きい狼がいた。
その周りに小さな狼が5匹くらいと、あの女の子がいた。
(はじめまして、あなたがウロウが連れてきた人間ですね)
私はウロウの母のサロウです。
白銀の毛並みを持った、綺麗な、
いや、美しい狼は僕にそう言ってきて、ついつい僕は、
地面に手を付き、額を地面に擦り付けた。