世界最強のいつも通りの日常
ふあぁ。
布団の中で伸びをして、目を開けて時計を見る。
時間はまだ8時だったので、もう一度欠伸して目を閉じる。
「寝るな、おきろ」
声と共に10発のパンチが降ってきた。
痛い。
ああ!
「どうしてくれんのさ!鼻血出ちゃったじゃんか‼︎」
リオルを殴り起こしたフィーフィが「別にいいでしょ、そのぐらい」と言う。
「ふざけんな‼︎これ洗うの僕なんだぞ‼︎
血を洗うの大変なんだよおおおお‼︎」
ガチ泣きだった。
涙を拭くために掛け布団を使って、そのせいでさらに鼻血がついた。
リオルは泣き止んでから
「何しにきたのぉ?」
と、とても眠そうにフィーフィに訊いた。
「腕相撲大会やってて、連れて来いって」
「えー、何その子供っぽいのー、僕やーよ」
「お菓子ある」
「行かせてもらいます‼︎」
『高速』『加速』『向上』『俊敏』『二倍』『二乗』『加算』『一点集中』『倍々』『先乗』『光光四驅』
それら全ての加速系能力全てを使って、布団から這い出て、ビシッと敬礼する。
一応リオルの方が立場上上である。
このギルドではそんなの関係ないのだが。
「おっかし、おっかし、おっかし、おっかし」
楽しそうにリオルが言いながら、二階から降りるともう既に腕相撲をしている人がいた。
フィーフィの姉のフォーフォーと、ハクがいい勝負をしていた。
ハクの口の周りにはご飯の跡(シグマの血液)が付いていたから、今日は前のような人に襲いかかることはないだろう。
二人は接戦を繰り広げていて、周りではそれを囃し立てていて、リオルがお菓子の煎餅をパリッと食べた瞬間に
フォーフォーが負けた。
煎餅を美味しそうだなぁと考えた一瞬でハクに倒された。
その時にバギャッと木の机が折れた。
「勝ち」
ハクが腕を上げて言って、シグマがその腕掴み一緒に振り上げた。
その後、負けたフォーフォーが
「くっそがああああああ!
負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けたあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎」
と、負けたと連呼して、同じ回数だけ折れた机に額をぶつける。
最初はゴンゴンと言う音だったのに、そのうちバギャッバギャッバギャッとなりはじめて、最後に咆哮する時には、額の血を撒き散らしながらだったし、机は原形をとどめていなかった。
「いやーさすが、勝負に人生かけてる竜人族だねぇ。
悔しがり方が凄まじい」
パリッと煎餅を食べながらリオルが言う。
「ねぇねぇ誰か僕とやらなーい?」
「おーい次俺ー、シグマやろうぜ」
「おーいいぞ、エブ。チョコ10個な」
リオルの言葉は無視された。
シグマとエブだけでなく、他のギルドメンバーも同じだった。
何でだよお。
リオルが呟くと、いつの間にか隣に立っていた受付嬢、アミが「貴方と戦っても絶対に勝っちゃうからですよ」と言って、リオルの血の付いた掛け布団を渡した。
その後は、なかなか落ちない血を洗い落とすために頑張り続けて、その間に腕相撲大会は終わっていた。
机を壊して、自分の血もばら撒いたフォーフォーになんのお咎めも無かったことに納得できず、ぶつぶつ言っている間に終わっていた。
勝者はシープだった。
ウルフの弟のシープだった。
ちなみにウルフは初戦負け、基本引きこもりだからしょうがない。
情報収集能力は世界で10本の指には入る。
ヒョロッとしているウルフが腕相撲大会に出るとは思わなかった。
反対にシープは正反対だった。
外に出ることを好んで、短剣一振りで討伐ランクSのディーボルトをワンパンできるのだ。
名前、逆にした方が良い。
結構僕はやれなかった。
「おーし!次はタイムストップだ!
ストップウォッチを30分ひったりで止めろ!
ルールは以上、
よし‼︎やるぞー‼︎」
おー‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎
結果。
リオルの能力『時計答』を使って測ったため、リオルは不戦敗であり、優勝者はトーチとチートの双子兄弟だった。
「「やったぜ俺たちの勝ちだぜ」」
ウェーイ‼︎
双子はハイタッチした。
その勝負の間にリオルは布団を干して『熱塊』と『風鎧』でさっさと乾かしていた。
「僕、何の勝負にも出れねぇ、ハハ」
乾いた笑いが出てきた。
「あのー?ここギルドですよね?」
乾いた笑いを貼り付けたままリオルは振り返って、そこにいる小さな子供を見る。
「ソーダヨ、ココギルド、ナンノヨウ?」
二十試合中、十二回不戦敗、八回一回戦敗北という戦績のリオルは、カタコトで目の前の14歳くらいの女の子を見る。
「ん?あれ?君男の子?」
「へー、よく分かりましたね。
こんな可愛い女の子のような僕をよく見抜けましたね。
褒めてあげます」
そう言って女の子の格好をしている男の子、つまり今、(一部に)爆発的ブームを起こしている男の娘な少年は、パチパチパチと拍手する。
僕はそれに、わーいやったぜ褒められたーとぴょんぴょん跳ねながら言った。
ノリのいい男なんだぜ、僕は。
「おー、ずいぶんノリがいいですね。これやると大抵の人は苦笑いするんですけど」
「なんだって⁈君のような美少年に褒められるなんてご褒美でしかないじゃないか‼︎」
「あっごめんなさい、そんなぐいぐい来られると困ります」
「急に冷めたね⁈君もぴょんぴょん跳ねなよー」
「いやいや、次期賢王の僕がそんなことできるわけないでしょう」
「えー、残念だなぁ」
賢王、[世界の二柱]と呼ばれている人間から選ばれる二人の王の片方。
世界守護兵隊と呼ばれる、全国家から選りすぐりの人材しか入れない組織のリーダーの一人。
そんな存在の次期候補を前にして、リオルは少しも態度を変えない。
当然、その美少年をギルドの全員に紹介しても、態度をかしずく人間はいなかった。
美少年なのに美少女の姿なことに驚いている人はいたが。
そのことに美少年は少しも気を悪くした様子もなく、
「ゲームをして遊ぼうよ」
と言った。
「おもしれぇ、乗ったァ!」
要約すると全員がそう言って、賢王を討たんと勝負した。
オセロ、チェス、将棋、しりとり、かけっこ、ポーカー、ブラックジャック、真剣衰弱、ババ抜き、ルービックキューブ、鬼ごっこ、かくれんぼ、じゃんけん、etc、etc。
その結果が、次期賢王のハムレット・ハムグットの一人勝ちだった。
前戦全勝。
リオル以外の全員が善戦したが全敗だった。
「いやー、楽しいなー。こんだけ遊んだのは久しぶりだよ」
ハムレットは満足そうな声を出して
「それじゃあ勝ち逃げさせてもらおうかなぁ」
と立ち上がった。
その賢王を引き止める勇敢なものはいなかった。
いたのは愚か者だった。
「ちょっと待ったぁああああ!」
そう声を上げたのは賢王と八十戦全敗のリオルだった。
リオルはどこからともなくゲームボードを出し、机に叩きつけるように置いた。
どんなゲームなのかなとハムレットは見て、
歓声を上げた。
「なになになになになに‼︎このゲームなにぃ⁈
こんなゲーム僕見たことないよ⁈
えっえっえっえっえっえっえっ、どんなゲームなのこれ‼︎」
そんなふうにはしゃぐ賢王は、年相応の美少年に見えた。
「ふっふっふっ、このゲームは和洋折衷という名前でね。チェスと将棋の混ざったゲームなのだ。
そしてそれだけではない‼︎
さらに‼︎このゲームは駒に攻撃力と防御力があって、防御力が攻撃力を上回らないと取ることができないのだ」
「うわすげぇ僕やったことないよ!やろうやろう!」
「ふっふっふっ、これは僕がもう百万回とやったゲームだからね‼︎絶対に勝てるのだ‼︎
あーはっはっはっはっ」
フラグだった。
回収はすぐだった。
つまり負けたのだ。
いつも通り。
リオルがクソォ!と悔しがっている間に、他のギルドメンバーは次次ハムレットに向かって行き、
返り討ちにあった。
「はーはっはっはっ、この僕にゲームと名のつくもので勝てる存在なんていないのだ」
はーはっはっはっ、ともう一度腰に手を当ててハムレットは高笑いをする。
チッと舌打ちするものや、悔しがるものを尻目に、リオルはケロッとして笑いながら
「ちなみに次期愚王候補は誰なのかな?」
と、ハムレットに訊いた。
するとあからさまにハムレットは肩を震わせて、
「い、いないよ」
と、地震でも起こっているのかと思うくらい震えながら言った。
「えーでも〜毎回賢王と愚王は同じ時に変わるよね」
「こ、今回からは、なな、なくなったんだ、愚、愚王なんて」
「いやいや、賢王が変わるんなら愚王も変わるでしょ。
なぁ、みんなぁ?」
ギルドの全員が、自分達を負かした相手の弱点を見つけるや否や、すぐにその弱点を攻め始める。
「きょ、今日はここまでなのだよ、さ、さらば‼︎」
ガシッと、元気よく震えながら逃げようとしたハムレットをシープが掴む。
「おいおい、待て待て。
賢王愚王が変わるのは俺たちにも重要なことなんだよ、はぐらかしてんじゃねぇぞ❤️」
「語尾にハートをつけるなぁ‼︎‼︎」
ゲームの最中、どれだけ逆転されそうになっても慌てることのなかったハムレットが、見てわかるくらい慌て始めた。
「うわぁ!離せぇ!」
「ウルセェ、暴れんな‼︎
リオルッやれっ‼︎」
「アイアイサー」
もうどっちが上司なんだか。
シープに命令され、リオルが『固定』の能力でハムレットの動きを止めて、歩み寄る。
そして、口だけ『固定』を解除する。
「おい、待て、やめろ、やめてくれ」
ハムレットの悲痛な声がギルド内に静かに響く。
「リオル、日和るんじゃねぇぞ」
「へっへ、わかってますよアニキ」
二人はノリノリだった。
他のメンバーもやれやれーと囃し立てる。
「お、お願いだからぁ、ほ、本当にやめてぇ」
「残念ながら、ここにはショタの涙目ごときで止めるような奴はいねぇんだよ!」
「グエッヘッヘッへっへ、良い声で泣けよぉ」
リオルはいやらしい顔つきで言った。
「んっ・・・・・・・・・・・・ふっ・・・・・・あっ・・・・・・」
ハムレットは『固定』を解除された体を捩りながら、頑張って口を閉ざすが、時々我慢できないと言うように声を漏らす。
「・・・・・・あっは・・・・・・・・・・・・・・・んんッ・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・はぁ、はぁ、はあ・・・・・・・・・はあっんッ」
リオルが動きを止め、喘いで息をして、ハムレットの気が緩んだ瞬間を見計らったようにリオルがまあ動く。
「ご、ごめんなあっ・・・・・・さ、い。調子に、のりまひた。もうゆるひてぇ」
涙を流しながら、羞恥で赤くなった顔を必死に隠して、ハムレットが言う。
それを見て、リオルが一言、
「ちょっと・・・・・・・・・・・・・エ「言わせねえ‼︎」
リオルの声をかき消しながらシグマが殴りかかる。
グハァとリオルが吹っ飛び、リオルが持っていたハムレットの足裏をくすぐっていた羽が空を舞う。
「テメェ限度を考えろ‼︎泣くほどやんなボケ‼︎」
「ふふふ」とリオルが不敵に笑って、もう一度殴られるであろうことを承知で言う。
「すっげえエロ可愛かった」
キリッと、
腹の立つドヤ顔だった。
シグマがまた殴りかかるが、シグマの拳が届くより早く、地面から槍の形をした木が生えてきた。
「イエスショタ‼︎
ノータッチ‼︎」
木と同じように、急ににゅうううとカミスが出てきた。
その後にTもにゅうううと「久しぶリィ」と出てきた。
リオルは口の端からツゥと血を流しながら
「やあいらっしゃい。二人とも。
カミスちゃんは相変わらずショタコンだね」
「当然ですよ、この愚者が。
こんな可愛いおとこの娘を虐めないでください。
グシャグシャにしますよ」
「ふふ、悔いは無いぜ。
ああ、最後は幸せだったな」
「最底のの死に際じゃないですか。
私は100人のショタに抱かれて死にたいです」
グリュんとリオルの頭が一周する。
ハムレットにリオルの骨が折れる音は聴かせなかった。
それでも当然のようにリオルは蘇り、
「あー楽しかった」と言った。
「僕は楽しくなかった」
ハムレットがポツリと言ったのをカミスは聞き逃さなかった。
「T、やって」
「おーケェ」
リオルの足を、にゅうううと出てきた土の手が掴み、
シュン、と
リオルが地面に消えた。
下からパンッと破裂音のようなものが聞こえた気がしたが、全員気のせいということにした。
ハムレットだけは純粋で、無知だったので、なにが起こったのかわからなくて下を見たが、なにが起こったのかはわからなかった。
「ぷはぁッ‼︎いったいなぁもぉ、酷いなぁ。
ていうか、《ラグナロク》の人が勝手にこんなところに来ちゃって良いの?」
「ああ、大丈夫。
今日は指令だから」
カミスはどかっと椅子に座り、どうぞと出されたお茶を飲む。
あつっ、と少し吐き出してしまったのにアミは何も言わずにさっと拭いた。
リオルはそれを見逃さなかった。
「ねぇアミー、なんで僕にだけすごい厳しいのさぁ」
「なんで私が貴方にそんなことを話さなくてはいけないのですか?」
キラキラと、純粋な瞳で罵倒されたリオルは机に突っ伏してメソメソ泣いた。
朝から一体何度泣くのだろう。
「それで指令の内容はですね」
メソメソ泣いているリオルに一切構わず、カミスが話し出す。
一時とはいえ、このギルドにいたのだからこの日常にはもう慣れていた。
慣れていないTだけが、どうすればいいのコレというふうにあたふたしている。
「とあるダンジョンがみつかりましてね、そこの調査をお願いしたいんですよ」
ズズズとカミスはお茶を飲む。
煎餅もパリッと一口。
「ふーんそれじゃあ、僕がそこを探索すれば良いのかな?」
「あっ、僕も本当はそのことをお願いに来たんだ」
今思い出したというふうに慌てながら、賢王が言い出す。
「ほぇー、そこって同じとこなのぉ?」
訊くと、ハムレットとカミスがお互いのダンジョンのことを話し出す。
その結果、そのダンジョンが同じところであることがわかった。
「はぁなら僕が行くかぁ」
リオルがため息混じりに言うと、
「おいお前らぁ!賭けの時間ダァ‼︎」
と、シープが声を張り上げ、そこからそれぞれ
「おれ200に金貨30」「私は500に金貨10」「大穴狙いで10に100」
賭けの内容を言う。
「えっと、コレは何を」
ハムレットが訊くと、カミスがデレェとした顔で、
「コレは、リオルってギルドマスターが何回死んで帰ってくるかを当てる賭けなの」
子供はやっちゃだめよー、と
カミスは優しく丁寧にハムレットに教える。
ハムレットはなるほどーと頷いてから、
「僕はリオルさんの力を知らないので当てられないですね」
と、冷静に言う。
この賭けの裏で、むしろ表で堂々と泣いて「僕で賭けをするなぁ!」と訴えている人もいるのだが、誰も見向きもしない。
全員が無視する。
コレで今、この瞬間、リオルがダンジョンに行くことが決定した。
そのダンジョンに、緑の宝玉と紫の宝玉があることは、真面目に探していなかったリオルはぜんぜん知らなくて、
そのことを知っているのは、《ラグナロク》だけなのだった。