終再始散
センドルク王国の城壁の中から一人の男が出てきた。
男の格好はどこにでもいる旅人の服で、両太ももに小銃、両手首にナイフ、羽織っているマントの中には縫い付けてあるホルダーの中に銃を5丁、ナイフを15本刺してあり、マントは少しの風ではたなびかない。
男に奇異な所があるとすれば、国から出てくる時に咽び泣いていたことだ。
家族や友と別れる悲しさで泣いているわけでも、
国民から英雄のように崇められ、こんないい国から出たくないと泣いていたわけでもない。
「嘆かわしい。嘆かわしい」
男は顔をしかめ、そう言いながらふらふらと歩いていた。
「なんでことだ、ああなんでことだ。どうして私はここまで弱いのだ。
弱々しいのだ」
ああ!と叫び声を上げる。
「弱い!弱い!弱い!弱い!弱い!弱い!弱い!弱い!弱い!弱い!弱い!弱い!弱い!弱い!弱い!弱い!
なぜ!私はここまで弱いのだ!
たかだか一国を滅ぼすのに20分もかかってしまうなんて!」
そう言って男は両膝をつき、神に祈るように両腕を空に突き出す。
「ああ!申し訳ございません!Z様!
この愚かな弱者のせいで貴方様の御光を世界に広めるのが遅れてしまいました‼︎
本当に申し訳ありません‼︎‼︎」
男、《ラグナロク》称号 Xは声を大にして叫び続ける。
「ふむ、そこまで誰かに尽くそうとは、」
なんと素晴らしい。
目の前から急に聞こえてきた声に男は反射的に反応する。
手首のナイフを投げ、太ももの銃を撃った。
ナイフは鎧の上から弧を描いて、後ろの地面に刺さった。
だがそれらは声の主には掠りもしない。
見ないでやって、鎧が一歩、後ろにでも前にでもずれていれば当たっていたくらい近かったのだから、すごいと言える。
男の前にいたのは鎧だった。
胸に赤い宝玉の嵌め込まれた鎧だった。
「じゅ「言わせねぇよ」
鎧の言葉を遮って、男がマントの中の銃を一丁取り出し、赤い宝玉の少し下を狙って撃つ。
鎧は半身になり、銃弾を避ける。
だが、鎧の腕にナイフで引っ掻いたような傷ができる。
「ほぅ、奇怪。
貴様、どんな能力を持っている?」
「言わねぇよ」
男はもう一丁銃を取り出して撃つ。
それはてんで鎧とは関係のない方向へと飛んでいった。
「ふむ、どう言うことだ」
首を傾げながら鎧は体を元の態勢に戻す。
その瞬間に、体の左側から赤の宝玉の下まで鎧も、その鎧を着ている人間も抉られたように消え去った。
それは線のような傷で、何か糸でつけられた傷のようだった。
「ふむ、どうやって」
「ああ嘆かわしい」
男はまた言った。
「ああなんと嘆かわしい。
あのような変なもの一つすぐに殺せないとは。
ああああああ‼︎
嘆かわしいぃぃぃ‼︎‼︎」
叫び、銃を撃つ。
全て鎧の皮一枚外れて飛んでいく。
最後の1発だけ鎧へと向かって飛んでいく。
それを鎧は難なく避け、
頭に、太ももに、右横腹に、それぞれ斜めに深々と線状にえぐれた傷ができた。
Xの能力は『終終つかず』
効果は銃やナイフなどが通った軌道に、常に攻撃判定を与えること。
ナイフのような引っ掻き傷は、ナイフの通った軌道に鎧が入ったからできた傷で、
線のように抉られた傷は銃弾の通った道に鎧が入ったからえぐれたのだ。
攻撃のダメージに終わりがないから『終終つかず』
この能力でXは百戦錬磨なのだ。
「いい加減死んでくれないか」
Xが言い、銃を取り出し、
人外に、
『終終つかず』通じない。
胴体を全て抉られ死んだ。
正しくは消滅した。
「はぁ、やはり一撃か、つまらん」
鎧は体を再生させ、歩き出そうと足を上げ、後ろに感じた気配に振り返る。
「ヤッホー、鎧さん。
リアちゃんに会いたいでしょ、僕の気配を探っておいで、そこにリアちゃんいるから」
じゃあね、
リオルは軽〜く言って消えた。
これは、リオルがオルタナティブと四王会議に出ている間に起こったことである。
このことで、リオルは意識を飛ばす等の能力は使っていない。
鎧に飛びかかったリアをリオルが取り押さえる、
ことができずにリアのナイフが鎧に刺さる。
少し刺さったとこで、ナイフはラートに止められた。
ラートの体がドロドロと溶けたようになり、ナイフの勢いを全て殺したのだ。
「邪魔だ」
そんな心遣いのようなものは、人外には関係ない。
鎧の発した声と共に、ラートの体の9割が消滅する。
残ったのは頭の半分と右手首までだった。
ラッグは静かにブチギレる。
人外vs人外。
当然強い方の人外が勝つ。
「乱暴なことをするわねぇ」
おっとりとした声が聞こえて、ジュルジュルジュルと音がして、グチャグチャグチャと粘着質な音を立てて、ラートの体が治っていく。
「旦那様、そんなに怒らないで、とても嬉しいけれども、王の前だから」
(だが、お前を傷つけられたのだ。私としては許せない)
「まぁ、落とし前はつけなくちゃいけないわよねぇ」
そうラートは言って鎧の首が飛ぶ。
飛んで、ズドドドドドと音を立てて、木を薙ぎ払って言った。
これらは全て、刹那の出来事であり、
ただの人であるオルタナティブには、鎧の頭が急になくなり、木が何十本も同時に折れたようにしか見えなかった。
「クハハ、奇怪至極」
鎧の頭はリオルの手の上でそう言った。
「いやいや、全くその通りだね」
鎧の中から若い男の声がした。
オルタナティブには、
リアには聞き覚えのある声で、
目を見開いていた。
鎧の胸部分が開き、
キイの顔が出てきた。
僕は騎士団に入って掃除屋をやっている。
それで十分リアの役に立っている。
リアの助けになっている。
・・・・・・・・・物足りない。
それだけでいいとは思えない。
リアを助けるなら、リア以上の力を身に付けなきゃいけない。
今の僕にその力は無い。
僕は弱い。
だから王国の宝物庫に封印されていた鎧を身につけて、気づいたら自分の体が別の体になっていた。
『転生者』
死んだら、今までの記憶を継いで転生する能力。
これを使って、僕は200万回位転生して、その度にこの鎧を見つけて、話して、理解して、
僕が意識を乗っ取られずに着ることができるようになったのが、約8000万年前。
僕が意識を失っている間にあの国を消滅させたことは、正直、かなりきついんだけど、
でも!僕の今の力はリアよりも強い!
今の僕ならリアを守れるんだ‼︎
僕はそのことがとても嬉しいんだ。
リアと比べたら、世の中の人の命なんてどうでもいいって思えるんだ。
僕はそのくらい君が好きなんだ。
愛しているんだ。
キイは、話している間に気分が高揚していくのか、顔を赤らめ、目を爛々と輝かせた。
オルタナティブはキイの言葉を聞き、ドンドン顔を赤らめて、そして泣き出した。
自分の好きな人が大量殺人鬼だと知ったからでは無い。
「うっ、うぅ、う、嬉しいよおおお」
自分の好きな人に好きだと言われたからだ。
周囲にいるものたちは皆一同に、よかったねぇと言うことを異口同音に言っていた。
そこにいる誰も、いやいや、そこにいるのは殺人鬼だぞ、
そんなツッコミを入れない。
唯一、鎧だけが茶番だなと思ったが、言ったら壊されると言うことを直感していたので何も言わなかった。
「いやー実に素晴らしいよ!ここに一組の幸せなカップルが出来上がった。
でもキイ君は、その鎧がなければリアちゃんより弱くなっちゃうだろ?」
リオルは水を指すように言ったが、この程度の水で火は消えなかった。
「そうですが、それでも前よりも魔力も剣も強くなってます。
だからそれで守ります」
キイが断言した。
その目は真剣で、本気で言ってることがわかる。
リオルはふっと笑って、
「よしわかった。君にその鎧をあげるよ」
ニコッと笑って言った。
「いいノでスカ、王。
全てノ宝玉を集めてイるノデは?」
蜘蛛のヤンちゃんが言った。
「いいのいいの、祝福ってやつさ」
リオルは言いながらキイに近づく、そして鎧に触れて『調整』『調節』の二つの能力を付与する。
すると鎧が縮んでいき、キイのキイの体にフィットした大きさになった。
「おいおい、俺の体を勝手にイジんなよ」
鎧が声を上げるが、言ってる間にキイの頭にかぶせられて、縮んでいった。
「これでよし」
リオルはそう言って、キイは鎧の顔を覆っている部分を上げて、顔を出した。
人は人外に勝てない。
なら、人外は?
リアとキイの前に、鏡が生まれた。
二人とも無詠唱で魔法を使えるので、警戒するだけでいい。
そう思っていた。
鏡から出てきたのは魔法だった。
どんな魔法かはわからなかった。
だから反射的に魔法を撃ってしまった。
魔法の力で鏡が割れた。
鏡に写っていたのと同じように、リアもキイも割れた。
鏡が新たに生まれ、そこから手が伸び、赤の宝玉を掴み、
鎧から引き抜いた。
「赤の宝玉のコンセプトは、血。
血脈、血液、血路、血河
とりあえず並べてみたこれは適当ね。
赤の宝玉はあの鎧を通じて、原子レベルで全てに魔呪を植え付ける。
そして強制的に能力を高める宝玉。
赤い宝玉のなくなった鎧はただの鎧。
ただの鎧を着ていても人外にはならない。
ん?じゃあ何で鎧が喋ったのかって?
熱血。冷血。人にとって大切なものは血液なの。
こう言うことさ」
「安心していいよ。
二人は僕が責任を持って、
能力を全て消して、
記憶も消して、幼馴染に転生させたから」
終終はついて
再開して
二人は始まり
徒花のごとく散った。