シースルー
「Y様が殺されました」
「そう、それが一番の報告なら興味ないから下がって」
やっぱりか。
Oことルイスは予想通りだと思っていた。
この人の興味関心は一つにしか向いていない。
今手で無意識に弄ってる首飾りだ。
それを渡したやつが誰だかわからないのが悔しいが、まあいい、そのくらいいつかは分かる。
さて、下がるか。
「ああそうだ。興味はないけどちゃんと仇はうたないとね、だからYを殺したやつのこと教えて」
マジか。
仇打ちなんてやるのかこの人。
そんな心があったのか。
まあやるならそれでもいいのか。
ルイスはZに鬼道羅刹のいる場所を教えた。
《ラグナロク》ボスのZは、それを聞いても顔色ひとつ変えずに「そう」と言って、大きい橙の宝石のついた首飾りを弄る。
これが、この化け物の唯一の興味関心の対象。
きっと、その首飾りを送った人間が興味関心の対象。
きっとそいつこそがこの化け物の唯一の弱点なのだろう。
まあ、手を出したら殺されるだろうけど。
「では俺はこれで」
「わかった」
実に端的。
俺に興味がないことが丸分かりだ。
少しも隠せていない。
隠す気がないんだろう。
まあ、どうでもいいが。
そう考えながら、Zの部屋を出る。
部屋を出るとすぐに上下左右が鏡の廊下に出る。
Zの能力の一端を知っている者からすれば、この廊下は処刑台のようなものだ。
それが50メートルはある。
恐怖でしかない。
でも、Zの性格の一端を知っている者からすればここは特に恐れることはないのだ。
知っていなくても、XやYなどの異常者は怖がらない。
彼女にとって俺たちはどうでもいい蟻のような存在でしかない。
だからここで殺されることはない。
この廊下を処刑台にすることはないのだ。
Zは、意外と綺麗好きだったのだ。
自分のテリトリーは汚さない。
Zことライは能力を複数持っている。
その能力の全てがYに劣っている。
Yと違って、必ずタイムラグがある。
その間に殺されてしまう。
だが、それをなくすための能力を彼女は持っている。
『シースルー』
相手の能力の効果を無視する能力。
Yの『滅死』も鬼道羅刹の『不可避の誘惑』も、全部無視する。
無いようにする。
ただの人にする。
そしてもう一つの能力
『鏡面壊し』
鏡を破壊した時、その鏡の割れ方と同じように、鏡に映っていた物も壊れる能力。
鏡だけで無く。
水滴も能力の対象である。
人の体内にも光は透過し、少しは反射する。
血管、唾液、少しでも光を反射していれば壊すことができる能力。
それが『鏡面壊し』
国一つ滅ぼすのなんて、雨が降っていれば10分もかからない。
「さぁついた、ここが今から君たちが殺す人間のいる所だよ」
リオルはそう言って後ろを振り向く。
後ろには10メートルほど離れたところに刹那と劫がいる。
二人とも疲れた顔をしているが、それでも刹那は劫を守るように劫の前に立ち塞がっている。
はぁ、とリオルはため息をついてから
「そんな怖がらないでよ。僕泣いちゃうよー」
そう言って、出てもいない涙を拭こうとする。
「泣くなら泣け、つーか亡くなっちまえ」
「うわぁ不謹慎だなぁ。この世界のどこかで必ず今、誰か死んでんだよ」
リオルがケラケラ笑いながら言う。
「どうでもいいよ。私にとっては劫が全てだ」
「病んでるねー。君みたいな人が世界を壊すんだぜ?」
リオルはニヤニヤ笑って、本当に世界を壊したら面白そうだなと思いながら言う。
劫はここ数日何も喋らない。
何かを考えているかのように黙っている。
刹那にとってはいつものことらしく休みの度に寄り添って、頭を撫でたりしている。
リオルは劫たちに提案しようと話しかける。
『不可視の矛』で殺されるかもしれないなぁと思いながら。
「おーい劫ちゃーんそろそろ確認いいかなぁ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「おーい、こーちゃーん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「おーい・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
殴ろうかな?
それとも肩とか叩いてやればいいのかな?
どっちにしても、前者なら当然『不可視の矛』で殺されるだろうし、後者なら理不尽に、「何私の劫に触ってんだ」と言われて『不可視の矛』で殺されるだろう。
刹那ちゃんに頼んでも断られるだろうしな。
「あのぉ」
と、リオルがどうしようかと悩んでいる時、劫が思考を終わらせた。
「なにさ」
多少の苛立ちのこもった声でリオルが言うと、刹那が睨み、劫が慌てふためく。
「あっあの、ご、ごめんなさい、それでか、考えたんですけど、ほ、本当に殺さなきゃいけないんですか?」
劫がふるふる震えながら言う。
「うん?殺さなくてもいい方法でも思いついたのかな?」
それだけを考えてたのか。
「えっと、だ、ダメかもしれないんですけど」
「その人、元の世界に還すのはどうなのでしょう」
その案はありだった。
元の世界に還せば、能力も使えなく可能性もある。
リオルの持つ『反転』を使えば、
世界から来た、を
世界から出た、に
反転させて元の世界に還すことができる。
だがリオルがそれを思い付かなかったわけではない。
最初にお思いついてすぐに却下した。
「それはできるけどやらないよ」
「人の味を知った獣は殺処分するのと同じ理屈ですか?」
「似たり寄ったり、よくわかったね。
人の味を知った頭のいいカニバリズムは、自分の持てる知識を全部使ってまた人を食うために人を殺す。
それはこの世界でも君たちの元の世界でも同じだよ。
だから殺す。
これ以上人が死なないように」
リオルの言葉に劫がすぐに次の案を出す。
「では封印は?あれなら何百年も生きたまま捕まえておけますよね?自殺もできない」
「そうだね。教えてたのよく覚えてたね。数百年は大丈夫だ。でも1000年は持たない」
こう言う案が出るかもと思って言っておいてよかった。
リオルはそう思いながら否定した。
「あなたは反不死身です。そしてある意味不死です」
それも教えといてよかった。
「そうだね。でも」
「不死じゃない。いつかは死ぬ。だからいつかまた同じことが起こる
だから殺す。
じぶんの後世にとんでもない化け物を残さないために。
なら異世界追放は?
あの人が弱いと言われてしまうほど人が強い世界なら?」
「あの子はもともと別世界の住人だ。この世界に来ただけでも異例だ。
それをさらに別の世界、それも彼女が生き残るのが大変な世界には送れない。
それはただの逃げだ。
だから殺す。
僕の世界に来たんだ。僕が殺す」
「矛盾ですね。あなたが殺せ無いから私たちを使うのでしょう?」
「これは元の世界に戻す前に言おうと思ってたんだけと」
「私たちがこの世界に来ていたと言う記憶は消す。もしくはトラウマになりそうな記憶を消す。
そして元の世界に戻す」
「正解、もしかしてそれ考えてたの?ずっと」
「はい。他にも色々考えたんですけどね。
まあそれだと前にあなたが言ったことに矛盾しますけどね」
「そうだねぇ、行こか」
「記憶を無くすなら人を食った記憶も無くなるんですよね?」
そう劫が言うと、リオルはまだあるのかと少し呆れた。
それでも答える。
「食った記憶は無くなるけど味が残る。普通の肉だと違和感を感じる。
そしたら人を食うかも」
「両手を切断してその傷を塞いで元の世界に戻すとかは?」
「両親は彼女に食われることを怖がって逃げたよ。施設では知られて無いみたいだけど、今彼女が両手を無くしたら世話してくれる人はいない」
「私、結構お金ありますよ」
「一生面倒見る気あるの?」
「やれると思いますけど」
「刹那ちゃんのことは?」
そう言って刹那ちゃんを指差す。
刹那ちゃんはどうやら、劫ちゃんの案を否定したいが肯定したいという状況に陥っているらしい。
うーんうーんと唸っている。
「なら人を雇えばいいんですよ。その鬼道羅刹さんが死ぬまでずっと雇えばいい」
「その人が食われるかもしれないぜ?」
「なら機械に頼ればいいんです」
「・・・・・・・・・・・・それをさい」
「最初に言っても良かったんですけどね。できればずっと人と関わって欲しかったですし、両手も切りたくなかったので」
「やさし〜ねえ」
あーよかったぁ、僕が提案することなくなった。
リオルが言うと劫は、少しも気にしていないようにありがとうございますと言って、刹那に向き直る。
「刹那ちゃん。切るのは意識だけでいいからね。
両手を切断するのは私がやるから」
「いいよ、私がやる!」
劫の言葉を刹那は拒絶する。
「劫にそんなことはさせられないよ。全部私がやるから。劫はここで」
「嫌だ」
今度は劫が拒絶する。
刹那の拒絶よりも力強い拒絶だった。
「悩んでるなら先にやってもいいかな?」
劫の隣りに突然鏡が生まれ、そこから声が聞こえてきた。
そして鏡の中から一人人が現れる。
「あっ、ヤッホー、ライちゃん今日は一人?
Xはいないの?それかYとか」
楽しそうにリオルは言う。
めんどくさそうにライは答える。
「いませんよ。Yは死にました。めんどくさいけど落とし前つけにきました」
「あっ、そうなんだ。じゃああとは任せるよ」
劫がえっ、と驚きの声を上げるがリオルは気に留めない。
無視する。
「『反転』異世界から来た、を
異世界から出た、に
『消去』で異世界の記憶を全て消す」
リオルが言ってすぐに、スッ、と劫と刹那は消えた。
もともといなかったように。
その間にZ、ライは鬼道羅刹の根城に入っていった。
「人をただのサイコパスのように言わないでもらいたいね。私がしたのは殺戮ではなく、虐殺でもなく、人を愛するという行為だ。誰だって好きな人を抱きしめたい、キスをしたい、繋がりたい、そう思うのと同じように私は好きになった人を食し、自分の血肉としたい。だから34人もの人を食らったんだ。もちろん合意の上でだよ、食べる前に殺したから食い殺されるという最悪の死に方はもちろんさせなかった。なのに人を快楽殺人鬼と同じ扱いをするとは、本当にひどい」
鬼道羅刹、元鬼鐘羅刹は刑事裁判の初め、冒頭手読を否定してそう言った。
「私は博愛主義者だからね。どんな体型、どんな容姿、どんな経歴、どんな人種、分け隔てなく全ての人を愛している。傍聴席にお座りになられている皆々様のことも当然、ひと目見た時に惚れてしまいました。私から見て右1番前に座られているあなた。あなたはとても聡明な顔立ちをしている。隣に座られているあなたは指がとてもきれいだ。その隣に座られているあなたはとても血色が良い。早寝早起きを心がけていらっしゃるのかな。その隣、おっと、私の言葉を途切らせてでも裁判を進めたいみたいですね。いいでしょう続きをどうぞ」
鬼鐘羅刹はそう言って傍聴席から裁判長に向き直る。
その後の冒頭陳述はつつがなく終わり。証拠調べで証人尋問が行われた。
そこに現れた10人の証言のほとんどが鬼鐘羅刹の異常性を証言した。
曰く、一緒に育てていた野良猫を毛皮ごと食べており、噛みちぎった肉を差し出してきた、
曰く、教室で飼っていたメダカが死んだ時、躊躇なく食べていた。
曰く、指を切るなどの怪我をした人の血を吸っていた。
上げさせればキリがなく、延々と上がってくる証言に鬼鐘羅刹は満足げに頷いて、時々補足説明だと言って、自分で自分の異常性を言ったりもしていた。
そして最後の2人は一度に現れた。
その2人は鬼鐘羅刹の実の妹。双子であった彼女らは憎しみに表情を歪めて、指のない左手を2人で前に出し、証言する。
「「姉に睡眠薬を盛られて寝ている間に切り取られて、食われました」」
その証言に今まで以上に裁判所がざわざわとし、裁判長がそれを鎮める。
「ああ、それはすまなかった。私なりに2人のことを愛していると伝えたかったんだ。もし私からの愛を疑っているのであれば今までで食してきた人たちに言ったことと同じことを言おう。私は博愛主義者だから全員を愛している。だが愛した全員に愛してほしいとは思わない、だがあなたが私を愛したいというのであれば、私は当然それを歓迎する。さぁ、私の愛しい妹たちよ、どこを食べたい?」
「「どこもいらない、あんたのせいで私たちがどれだけの苦痛を味わったか。今まで使えた左手は使えなくなった。学校にも通えなくなった。だから私たちはあんたを姉とは思わない。とっとと死ね、殺人鬼」」
妹たちからの言葉に、それまでに証言してきた人たちに責められた時と同じように顔を歪め、
「そうか、それならば仕方ない。だがやはりこれだけは言っておこう。私は人殺しだが、そこらの理由のない殺人鬼や、自分本意の殺人鬼と同じにしてほしくはないね。彼ら彼女らは愛されたがっていた、だから私が愛した。それだけのことだよ」
双子はもう一度「「死ね」」と言って戻った。
そして証拠調べが終わり、論告求刑へと移り、検察官は重大なる被害を生んだを死刑を、弁護士は精神的な異常によって起こされた事件だから無罪と求刑は正反対となる。
そして意見陳述へと移り、
鬼鐘羅刹が口を開く。
「さて皆々様方、今の世は多様性を謳っております。多様性の中には当然人種差別をなくすことが含まれておりますし、同性愛者も認められるようになってきました。ダイバーシティという多様性を認めようという言葉も世間に知られてなかなか時間が経った。さて、ならば世界が認める多様性とはどこまでなのでしょうかね。多様性と謳うのであればどんな人でも受け入れるべきではないのでしょうか、世界には特殊性癖と呼ばれているものがあります。身体障害性愛、幼児行動性愛、女子性転換性愛、男子性転換性愛なんてものもあります。ではこれらのものも認められないというのでしょうか、それでは多様性を認めるとは言えないのではないのでしょうか。
例えば私のような人には毎月1人2人食してもいいという特例などを与えてもらいたいですね、まあ1人や2人では治らないのですがね。
そうだ、もしこれが自分の死刑を回避するためのものだと思っているのであればそれは正しい。
私は博愛主義者として世界の全ての人を文字通り骨までしゃぶり尽くして愛したい。だから死にたくはない。だが私はきっと死刑になる。そこは私も認めている。だが、私のような人はいなくならない。だから今のうちにそういう対策を考えてもらいたいということだよ」
ご清聴ありがとうございます。
一礼する鬼鐘羅刹に向けられた視線は、軽蔑、憤怒、憎悪などと言った悪感情だけではなかった。
裁判から10日後、鬼鐘羅刹が刑務所から姿を消した。
その情報は、噂ですら社会に出ることはなかった。
洞窟の中では鬼道羅刹が人の腕を持っていた。
当然のごとく、肘から先には骨以外の何もなかった。
せいぜい肉の食べカスが少し付いている程度だった。
鬼道羅刹は首を傾げ、
「貴方誰?」
と訊いてきた。
「貴方に関係ない」
『鏡面作り』で鏡を作る。
「とりあえず、殺す」
作った鏡に手を触れて、いつでも割れるようにする。
「えっ?いやですけど」
そう言いながら『不可避の誘惑』で、文字通り誘惑しようとする。
パリン。
鏡を割った。
鏡に写っていた洞窟内の光景、
鬼道羅刹、
が、
割れた。
ズタズタになった。
抵抗できるような攻撃ではない。
鏡が砕ける音が少しだけ聞こえてきた。
そしてライが出てきた。
「殺した?」
「殺した。」
「ありがとー、じゃあ今回はこれで、いつか君の持ってる橙の宝玉奪いに行くから。そんときは殺し合おうぜ」
あーあ、なんとか僕のギルドに連れ帰りたかったなぁ。
リオルが言っている間に、ライはいなくなっていた。
「相変わらず引き際の速いこと」
いや、速すぎるだろ。
呟いてから、赤の宝玉の元へとリオルは向かっていった。