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世界最強は今日も負け続ける  作者: 青赤黄
矛、盾、誘惑。
12/44

不可侵の盾

《ラグナロク》に所属する、身斬みぎりしかばねは、どうしようもないくらいに人殺しだ。

 人を斬り殺すことが快楽で、人を圧し殺すことが愉悦で、人に自らを殺させることを至高としている。

 前世で死ぬ少し前の記憶がないから、なんとも言えない。

 だが自分では人殺しが大好き、そのつもりでいる。

 彼女は、自分の管轄内にある国の人間が、二週間前からどんどん減っていくことを知って動いた。

 称号はY

 No.2である。

 組織内での地位も高く、仲間に好かれていて、誰にでも助けを求める彼女は、Oの能力を借り、犯人が鬼道羅刹だと言うのもすぐに知った。

 鬼道羅刹が、自分と同じ流れ人と呼ばれる異世界転生者であることを知り、殺す前に少しくらい話してもいいかなと思いもした。

 自分と同じく偽名かと思ったら違った、まぁ、本人が言っているだけだからどれほど本当かは知らないが。

 それでも少しは期待していたのだ。似たような性癖だったから仲良くなれるかもなんて。

 が、そんな心は否定する。

 無価値だと決めつけ、無意味だと定める。

 身斬屍という偽名で、自分の昔を忘れようとしている。

 自分の性欲を満たすだけで犯罪者となってしまう世界を、忘れようとする。

 ネクロフィリア。

 それが彼女の性欲。

 だが、彼女はどれだけ人を殺しても満たされることはなかった。

 大事な何かが欠けている感覚だけが残っていて、それを埋める形が少しも見つからない。

 だから彼女は殺す。

 大事な何かを探すために、殺すことで待たされると心の底から思っているように誰でも殺す。

 様々な殺し方で殺す。

 彼女の能力は『滅死』

 細菌を殺すように人を殺し。

 大食漢がものを食べるように人を殺し。

 隕石が恐竜を絶滅させたように人を殺す。

 効果範囲は半径100メートル。

 100メートル以内の人間を絶命させる能力。

 この能力を、身斬はこの世界で手に入れた。

 彼女にとってとても良い能力だった。

 自分が気に入った人を一切傷つけることなく殺すことができるのだから。

 食欲を満たすために人を殺す鬼道羅刹と、

 性欲を満たすために人を殺す身斬屍、

 その二人は今、鬼道が基地と呼ぶ洞穴の中で向き合っていた。

「可愛いね、君。名前は?」

「身斬 屍、はじめまして鬼道 羅刹さん」

 二人は言葉を交わした。

 心の中では、それぞれ

 美味しそう、とか

 良い死体こいびとになれそう、とか

 思っていた。

「ねぇ、屍さん、私は君のことも好きだ。だからどうか抵抗せずに、私に食べさせてくれないか?」

「嫌ですね。死んだ後にも同じことを言えたら、食べさせてあげます」

 さっさと死んでもらって、とことん愛そう。

 それで満たされるかもしれない。

 身斬は鬼道 羅刹との戦いで勝つ自信があった。

 Oからの報告で彼女の能力の範囲が自分よりも狭かったから、

 この世界に来てまだ短いから。

 勝てると思った。

 その油断に漬け込むような奇襲で、鬼道 羅刹は自分の能力の範囲の形を円から線に変え、身斬に能力を当てた。

 この勝負は身斬屍の自分の方が強いという慢心と、鬼道羅刹が予想以上の速度で能力の熟練度を上げていたことが原因で。

《ラグナロク》No.2 身斬屍の死で決着がついた。

 その死体は、多すぎる骨のせいで、骨一本見つからなかった。


 ダノガム王国の騎士団長室にリオルはいた。

 リオルの座っている座椅子の向かいには一人の男がいた。

「ヤッホー、久しぶりだねエリナちゃん。今はラゼルだったっけ?どー?男の身体は」

「はっ!さいっこうだぜ。今までできなかったことぜーんぶできるんだからなぁ」

 今はラゼルと呼ばれている元、赤い(レッド・)絶望ノット・ホープの頭、リオルの能力によって作り出された鏡を肌身離さず持っているエリナはとてもご機嫌な様子で言った。

「それはよかった。じゃ騎士団長の肩書きは」

 リオルが訊くと、あっという間にさっきまでの機嫌の良さが無くなった。

 そしてブスぅとした表情で言う。

「はっ!さいっていだぜ。こんなんだったらまだ盗賊の方がマシだ」

 さっきと似たようなことを、全く別の印象にして与える言い方だった。

「じゃ、なんでやめないの?」

「盗賊よりもマシな生活だからな」

 リオルの質問に、明らかに自分は望んでいませんという表情と声色で答えた。

「あっそ、ならいいけどさ。ところでさっそく本題。ここの牢獄の中に柊劫って女の子いるの知ってる?」

「俺が女の子のこと把握してないとでも?」 

 リオルの質問にラゼルは期待できるようなことを言った。

「俺が知らないんだからかなり上の方が関わってるんだろうな」

 期待した分のダメージを余計に負った。

 そこまで多いダメージではなかったが。

 リオルはあまりダメージを負ったふうでもなく言った。

「ピンポーン。せいかーい。ただし王は関係ないぜ、一部の利己的な人間がやってんのさ」

 それだけでラゼルはある程度察したようで、ふーんと反応して、

「で俺に手伝えと、いいぜやってやる」

 そう言って胸を張った。

 リオルはその答えがわかっていたかのように

「言うと思った。ありがと。じゃ今すぐにね」

 と言って笑った。

「うい、んじゃこの2ヶ月前の恩を返すぜ。

 ちゃぁんときっちり耳揃えてな」

 そう言ってラゼルが立ち上がって、部屋から出ようとするが、立ち止まり、振り返って訊いた。

「でもなんで助けるんだ?助けたいからは認めねーぞ」

「彼女が流れ者だからさ」

 流れ者、この世界以外の世界から来た人間、それ以外のものは流れ物と呼ばれている。

 それだけでラゼルは、リオルが流れ者を元の世界に戻すつもりなのだろうと察して、部屋から出た。

  

「そいつが協力してくれるの?」

 刹那が、リオルの連れてきたラゼルを睨みつけながらリオルに訊く。

「そーだよ。この王国の騎士団長、信用できるぜ」

 にかっと笑ってグーサインを作るが

「信用できない奴に信用できるって言われてもさぁ、意味ないんだけど」

 バッサリ切られる。

 あっそう、そりゃ残念。

 たいして残念そうでもなくリオルは言って、止めていた足を動かす。

「どこに行くんだ?」

 自分を追い越したリオルを振り返って刹那が訊く。

「劫ちゃんを助けに行くんだー」

 リオルの言葉を聞き、刹那はすぐに動く。

 ラゼルは、自分が話に出てくる『劫ちゃん』のいそうなところへと案内するものだと思っていたので少し驚いたが、このくらいリオルなら知っているだろうと判断してついていった。

 リオルの足取りに迷いは無く、どこにあるのか最初っから知っていたかのように歩く。

 その何もかも知っているということが、リオルが世界最強と呼ばれている原因の一つになっているのだが、本人はそれは知らない。

「ところでさ、ラゼル君は、今彼女いるの?」

 突然、今と一切関係ないことをリオルは訊いた。

 当然のようにラゼルは答える。

「アン?あー彼女はいねーけど遊んでる奴なら何人かはいるな、あいつらも似たりよったりだよ。」

「あっそう、幸せそうで何よりだよ。ちなみに僕にも彼女ってか、奥さんいたんだけどねぇ。

 死んじゃったんだよねえ。

 あっもう128兆年前の話だから気にしないでね」

 気にするだろ普通。

 ラゼルは小声で言ったが前を歩いている刹那には聞こえたらしく、

 私は気になんねえ。

 そう呟いた。

 気にしろよ。

 ラゼルは今度は心の中で言った。

「ところで前シテた人とは今もしてるの?」

「あー時々な、相手してやってるよ」

 へー、とリオルはそれだけ言った。

 そこからも雑談という名のリオルの過去話、

 四王にあっただとか、

 ラグナロクの構成メンバーだとか、

 赤の玉がどこにあるかとか、

 ラゼルとしてはあまり聞きたい話ではなかったが、強制的に聞かされた。

 ラグナロクなんて今や世界中に散らばっている最悪の犯罪集団だし。

 四王なんて今や伝説だし。

 赤の宝玉は今まで知らなかったが、その効果を聞くとやっぱりやばい物だった。

 そんなことを話している間に牢に着き。

 刹那は見た。

 柊劫がいる牢屋の前で怒鳴り散らしている3人の男を。

『不可視の矛』


「『境界線落とし(エラーコード)』」


 そう言って、リオルは刹那の目の前で腕を振るう。

 それは人の速さではなかった。

『高速』『二倍』『最光速バレットオン

 これらは何も言わずに使われた。

 人類最速で上から下に壁を作るように、腕が振るわれた。

 実際に作ったのは壁では無く、境界だが。

 境界を作って能力が届かなくする能力、

 境界を幕のように下ろし外と内を作る能力。

 それが『境界線落とし(エラーコード)』である

 それを刹那の四方に作り、自分の声を聞いてこちらを見た男達に向かって

「その子を脅したいんなら絶食がオススメだよ、その子は誰にも傷つけられないから」

 リオルは言った。

『病魔』

 リオルがその能力を使った瞬間、男達に倦怠感、吐き気、熱っぽさ、喉の渇き、目のかすみなどの症状が現れる。

 それはリオルとラゼルも無関係では無く、ただ一人、刹那だけが、外から隔離された空間の中で何が起こってるのか分からずにいた。

「なにを、した、きさまぁ」

 男の一人が気丈にもいうが、立っていられないらしく四つん這いになっている。

 その顔は赤くなっていて、見ているだけでこっちが辛くなってくるような顔だった。

「おい、大丈夫なのかよ。その女の子は」

 ラゼルは立ちながら言った。

 リオルは床に突っ伏して、焦点の定まらない眼でラゼルを見ながら言った。

「いやいやなんで立てるのさ。ラゼル君は。これ結構酷い病気だよ」

「慣れ」

 ラゼルは端的に答える。

 慣れるの早いねぇとリオルは言おうとしたが無理だった。

 ラゼルは男達にツカツカ歩いて近づいて、全員殴り倒して、気絶したのを確認してから、身体中を探り、牢の鍵を取って何度か失敗してから牢を開けた。

「オラ出ろよ。お友達が待ってるぜ」

 ラゼルが言うと、劫ちゃんも何かを言ったらしい。

 声は聞こえてないが、『病魔』は効いていないだろう。

「アン?刹那ちゃん?あー、そーいや名前聞いてなかったな。おいリオル!そいつの名前なんて言うんだ」

 リオルは自分を苦しめていた『病魔』を解いてから

「椿刹那ちゃんだよ」

 そう言ったリオルの声が聞こえたらしく、「刹那ちゃん!いるの?」と叫ぶ声が聞こえてきたが、飛び出してくる訳でもなかった。

 いつものように考え過ぎているのかなぁと、リオルは思いながら『境界線落とし(エラーコード)』を解く。

 刹那は解いた瞬間に駆け出して、牢に駆け寄り、

「劫!」

 と叫んで牢の中に入っていった。

 女の子の叫び声と、どささっという何かが倒れた音がした。

 リオルが能力を使って透視すると、刹那が劫に抱きついて頬擦りしていた。

 これは都合がいい、二人一緒のところで脅迫したかったんだよねぇ。

 リオルはそう考えて『牽引』を使って牢屋の扉を閉めて、倒れた男達から鍵を奪って鍵をかける。

「お前なにやってんだ⁈

 助けるんじゃなかったのか?」

 ラゼルがいうがリオルは飄々と

「助けるよー、その前に脅迫するからその準備だよー」

 と言ってケラケラ笑う。

「いやさ。今、カルデラ王国の近くに化け物がいるんだよ、まぁ人なんだけどね、そいつを殺すのを二人に手伝って欲しいんだ」

 リオルが言ってる間に牢の前に着く。

 牢の中では刹那が劫を守るように抱きしめ、リオルを睨んでいた。

「いや〜そんな睨まないでよー。君たち二人なら絶対そいつ殺せるからさ。どっちかが死ぬこともないしさ。おねがーい」

 リオルが言って刹那達に手を合わせ拝むと、刹那が何かを呟いて、劫がダメダメダメダメと言った。

 たぶん殺したいとか言ったんだろうなとリオルは考えた。

 そして、劫ちゃんの前だとやっぱり刹那ちゃんは『不可視の矛』使わないんだなぁ、と思ったりもした。

 さぁて、どーやって言うこときかせるかなぁ、そう考えながらリオルは鉄柵を掴み、

「言っとくけど、拒否権はないよ。でも大丈夫、さっきも言ったけど二人ならどっちも死なないよ。『不可侵の盾』で守りながら『不可視の矛』で殺せばいいんだよ」

 リオルが言うと劫が言い返した。

「あのっ!ひ、人殺しはいけないと思います」

「なっ!なんてまともなことを言うんだ、くそっ!これじゃ僕が悪役じゃないか!

 劫の発言にリオルは後ずさる。

 ラゼルは、お前は今悪役だよと心の中で言っておいた。

 リオルはため息をついて、

「あめーんだよお前」

 リオルがニコニコしながら言った。

 言った瞬間に切り刻まれた。

 当然『不可視の矛』だ。

 リオルはそれを治さない。

 切られた部分から頭や腕、足、耳、目などの体の部位を生やす。

 劫がひっと叫ぶ。

 それを受けて刹那がさらに切り刻む。

 今度は腕、頭、足、目、そして上半身と下半身を切り落とす。

 リオルにとっては殺されることはもう慣れたことで、切り落とされた頭からさらに頭を生やし、ぐじゅぐしゅと音を立てて六つになった頭が血液で首と繋がる。

 頭だけでなく腕も足も、切られた部位全て複製し回復させた。

「甘(あは)いんだ(はくひひ)「よなぁ君は(くくくくっきひっ)「さすが平(ギャハハハハ)「和な国(きひひかはガハハ)「の人だなぁ(ガハハハハ)「呆(ふふっ)「れるよ」(あっはっは)

 それぞれの口がそれぞれ喋り、言葉と笑い声が重なった。

 30を超えた目が刹那と劫を見ながらニヤニヤ笑う。

「あははは「ぎゃは「は「クックック「っキャハキャハ「ギャハハはハははハはアハくっあキャあはは」

 それぞれの口が笑い、やがてそれが一つになる。

 逆さまになった六つの頭と、こぼれ落ちた7つの目と、木のように枝分かれして生えている腕や足と、その腕や足に木の実のようになっている口と目を見て、刹那と劫は判断力を失っていく。

「安心して、どうせ元の世界に帰れば君たちが人を殺したなんて誰も知らない。

 でも安心しないでね。

 君たちが知ってるんだから」

 あっでも、その秘密が君たちの関係を強化するのかもね。

 そう言って笑うその姿は、まるで悪魔のようだった。

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