一日一万文字 感謝のタイピング!!
「ひゅぅぅぅぅぅ」
「な~む~~~~~」
「こぉぉぉぉ…………」
「じっ」パチッ。
極寒の雪山にたった一人、山小屋の中、暖房の効いた快適な室内で祈りを捧げつつ、適度にくつろぎながら無心にタイピングをする中年男性がいた。
佐藤 46歳 冬。
己の発想力と筆力、語彙力、集中力、コミュニケーション能力、忍耐力、記憶力、金銭管理能力、体力、その他諸々に限界を感じ、悩みに悩み抜いた結果、彼がたどり着いた結果は圧倒的感謝っ……! であった。
自分自身を育ててくれた小説への限りなく大きな恩とスマホゲームへの度重なる課金で膨れ上がった莫大な借金。自分なりに少しでも返そうと思い立ったのが……。
【一日一万文字 感謝の執筆作業!!】
気を整え、拝み、祈り、構えて、タイプ。一連の動作を一回こなすのに当初は1秒。一万文字を打ち終えるまでに、初日は食事、おやつ、トイレ、昼寝、風呂、ストレッチ、SNS巡回、動画視聴、スマホゲームなどの休憩を含め18時間以上を費やした。
打ち終えれば倒れるように温かい高級羽毛布団にくるまり朝までぐっすり寝る。起きてシャワーを浴び、バランスの良い朝食をとって気が向いたらまた打つを繰り返す日々(週休二日制)。
2年が過ぎた頃、異変に気付く。一万文字打ち終えても日が暮れていない。あと借金が増えている。
齢50を越えて、完全に羽化する。
感謝の執筆作業1万文字、3時間を切る!! あと借金がさらに増えている!!
かわりに『ハンター×ハンター』の連載再開を祈ったり、アニメを観たり、漫画を読んだり、ダラダラしたり、ゴロゴロしたり、スマホゲームをする時間が増えた。
山を下り、利子を含めて数十倍近くに増えた借金返済と左団扇の印税生活のために満を持してネットに投稿した時、佐藤の小説は……
ツ……(スクロール音)
!?(読者の困惑)
バンッ!!(スマホを机に叩きつける音)
読者を置き去りにした。
文字数を稼ぐためだけに磨かれた冗長に繰り返される回りくどくて長ったらしく、それでいて文学的な流麗さや優美さは微塵も感じられない無駄だらけの表現方法。
長年の執筆により完全にネタ・アイディアが尽きてしまった結果、随所に既視感を覚えるありきたりな設定、背景、展開や魅力の欠片もない画一的で無個性な登場人物。
1万文字到達とともに、唐突に訪れる脈絡も伏線回収も一切なく、広げた風呂敷をバラバラに切り刻んでまき散らすような強引極まりない最低のオチ。
数行でブラウザバックした者にも、途中で諦めた者にも、苦しみに耐え最後まで読み切った者にも、一生忘れることのできない強烈な不快感だけを脳髄に刻み込む問題小説だった。
借金まみれの怪物が誕生した。