10.勇者VS.聖拳(下)
「第二ラウンドといこうか、ウィペット」
金色の髪を後ろになでつけ、獅子のような表情で闘気を放つジャスタス。
ジャスタスの肉体から放たれる闘気が土を巻き上げて立ちのぼり、もうもうと土煙がたつ。
──できれば、こいつとは戦いたくなかったんだけどな。
ここでジャスタスを殺せば、聖王国と魔王領の関係悪化は避けられない。
勝つだけではなく、致命傷を与えずに無力化しなければ……。
──とはいえ、ジャスタスを殺さずに戦闘不能にするのは難しい。
剣の使い手ならば、剣を奪えば戦意を失うだろう。
だが、その肉体が武器のジャスタスが相手ではそれは困難だ。
肉弾戦で打ち倒すだけの力があれば、話は違うのだが……。
「いくぞ!」
俺に考える時間を与えずに、ジャスタスが拳を硬く握りしめ一直線に突っ込んでくる──!
(──また、まっすぐに突っ込んでくるのか! イノシシ騎士め!)
だが、重い鎧を脱ぎ捨て、長大な大剣も持たないジャスタスの速度は先ほどとは比べ物にならない。
ジャスタスの右拳が俺の腹にめり込み、俺の身体が宙に浮く。
考えごとをしていて、一瞬、反応が遅れた──!
地を蹴って後ろに飛び退った俺は、平静をよそおったが……。
(──今の一撃で、肋骨が数本はイッたな)
ジャスタスの聖拳術を甘く見てしまっていたようだ。
“聖拳”の名は伊達ではない。
「反応がにぶいぞウィペット! 神聖な戦いの場で考えごとか!」
ジャスタスは全身から放たれていた闘気を両拳に集中させ、両腕を身体に引き寄せて深く構えた。
ジャスタスの両拳に集まった闘気は、はっきりと目視できるほどに凝縮され、黄金色のハンマーのように見える。
俺は、刀の切っ先をジャスタスに向けた。
だが、相手を待っていたのでは、また同じこと……。
いや、あれほどの闘気を拳にこめたジャスタスの攻撃をくらえば、ただではすまない──。
俺は、刀を低く構えると、弧を描きながら、ジャスタスにむかって駆けた──!
──そのまま、体全体を軸にして、体重を乗せ刀の腹を振り上げてジャスタスを殴りつける!
だが──、
グワキィィィィィィイイイイイン!
金属音が激しく鳴り響き、俺の刀は真っ二つに折れて、吹き飛んだ刀身が地面に刺さった。
──俺の一撃は、ジャスタスの左拳によって弾かれた。
そして、ガラ空きの俺の横腹に、またジャスタスの右拳がうちつけられる。
──吹き飛ばされた俺の身体は、地面の上を水切りの石のように何度も跳ねた。
──これが、素手の人間かよ。
“拳聖”ジャスタス、とんでもない男だな……。
俺は痛む身体を引きずり、なんとか体勢を整えた。
やはり、肉弾戦で打ち倒すだけの力がなければ、“殺さずに無力化する”という勝利条件を満たすことは難しいか……。
──ならば、もはや……俺には、他に残された選択肢はない。
できれば、この手は使いたくなかったが……。
俺には、先ほど手に入れたある“秘策”がある。
効果のわからないそれだが、しかし、俺の肉体が強化されることは確かだ。
俺は、紫色の龍の姿を思い浮かべながら、それの名を口にした──!
「使わせてもらうぞ、エヴェリナ……【紫龍顕現】!」
──と、俺の身体から紫色の魔力が溢れ出す。
その魔力は、俺を包むように集まり、俺の身体が変容し、硬質化していく……。
「なんだ、その姿は……! 魔族となったか! ウィペット!」
ジャスタスが叫ぶ。
俺は、【紫龍顕現】、その半分の効果によって、二本の角を持つ竜人の姿へと変わった。
「……さんざんやってくれたな。今度はこちらからいくぞ! ジャスタス!」
俺は、俺の内面からこみ上げる憤怒の感情に突き動かされるように、ジャスタスにむかって突き進むと、自分のものとは思えない、すさまじい速度で、拳をくり出した。
グァァァシャァァァァァァアアアアアアアアアン!
俺の拳を受け止めたジャスタスの闘気のハンマーが、粉々に砕け散る。
「──ハ! そんなものか、ジャスタス!人間とは脆弱なものだな!」
俺は、呆気にとられるジャスタスに歩み寄り、最後の一撃を叩き込もうとした──!
──だが、その寸前、エヴェリナが俺の身体を抱え込み、空高く舞い上がった。
「戦いにのめり込みすぎじゃ! 時には引くことも必要じゃぞ、ジン。【紫龍顕現】を解くのじゃ」
エヴェリナの言葉に、俺は我にかえる。
──紫色の魔力が俺の身体から吹き出し、俺は、もとのジン・ウィペットに戻った。
浮遊魔法でエヴェリナの隣に浮かぶティーエの顔には恐怖の色が映っていた……。
──なにをやっているんだ、俺は。
こんなことなら、始めから、逃げていればよかったのだ。
力を使い果たした俺は、エヴェリナに抱えられたまま、眠りについた……。
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