k02-35 知らない方が良い事
手際よく端末を操作するアザレア。
アイネと並んで、その作業を見守る。
5分程経った頃……
「……出来ました! 後はこのプロトコルを実行すれば!」
そう言って私達の顔を見るアザレア。
アイネと揃って、無言で頷く。
アザレアも頷き――実行ボタンを押す。
画面に表示される
『All licenses Reject(全ライセンス拒否)』
の文字。
近くに転がっている、敵兵が持っていた魔兵器を見る。
そのインジケーターが示す色は……赤色、使用不可!
「やった!!」
となりのアイネと手を取って飛び上がる!
脇腹がまだ痛むけれど、そんな事はもうどうでも良い!
「アザレア! やったね!」
そう言って、後ろからに抱きつくアイネ。
……けれど、そんんあアイネには目もくれず忙しく端末を操作し続けるアザレア。
「あ、あれ? どういうこと……ライセンスを書き換えただけのはずなのに――メ、メンテナンスモード? メインユニット、パージ??」
ぶつぶつと呟きながら酷く慌てた様子で色々な画面を開いて何かを確認している。
「……ご、ごめん。今あんまり話しかけない方がいい感じかな?」
そっと離れるアイネ。
「ご、ごめんなさい。ライセンスの可否を反転したはずなのですが、何故か全部のライセンスが拒否状態になってるんです。それに……何だかメンテナンス用のプログラムが走り出しちゃって……」
アザレアの邪魔にならないよう、そっと横から端末を覗き込む。
その画面には、警告を示すマークと共に
『Maintenance mode : Replace the "Angel" of the main unit』 の文字。
メンテナンスモード。メインユニットの……"天使"を交換??
――突然、サーバーの中央にある大きな鉄の筒から、ゴポゴポと液体が泡立つような音が聞こえる。
そして、蒸気が噴き出すような激しい煙がそこら中から上がり、鉄製の筒に接続されたチューブが次々と外れていく。
「え、え? 何!? どうなってるの?」
「ア、アザレア? 大丈夫よね?」
私とアイネに詰め寄られるアザレアは、ただ唖然とサーバーの様子を見上げている。
ロックが外れるような金属音がいくつも鳴り響き――やがて、サーバーを覆っていた鉄のカバーがおもむろに開かれる。
中から現れたのは、青白く輝く光の円柱。
これが……ディシプリン・システムのメインユニット。
噂では、超高純度の巨大魔鉱石って話だけど……
――何なのよ、これは?
そこには、輝く液体で満たされた筒状の容器に浮かぶ……少女の姿があった。
それを見た瞬間、今までに感じた事のない胸騒ぎに襲われる。
目の前の少女……その髪の色。
この世界の人間と思えない、とても珍しい色をしている。
……けれど、私はその色を知っている。
最近知った。
アイネ――マモノの力を使う時のアイネと同じ、白金色の髪だ。
「こ……これ」
アイネが茫然とその様子を見つめる。
「ど、どういう……」
アザレアもうわ言のように呟く。
「――見ちまったか」
突然、背後からとても聞き慣れた声がして慌てて振り返る。
そこに居たのは……マスターとグラードさんだった。
―――
「ん? 何だ、こいつら? 何でこんな所で寝てんだ?」
そう言って、倒れている兵士達を横目に見ながらこっちへと歩いてくるマスター。
「い、いえ。麻痺して動けないだけです」
アイネが答える。
「麻痺……お前がやったのか?」
「は、はい」
「ファンちゃん?」
「いえ……色々と話すと長いんですが……新しいお友達です」
「……えっ!?」
そう言ってアザレアの顔を凝視するマスター。
「ち、違います! アザレアの事じゃないです。あ、後で詳しく説明しますね」
そんなやり取りを尻目に、グラードさんが端末に歩み寄る。
端末の前でアザレアと向き合う。
「あ、あの! ごめんなさい! 私、手順通りにやったつもりなのですが……」
そう言って端末を指さすアザレア。
「……いや、お前はよくやった。大したものだ」
そう言って、アザレアの頭を撫でるグラードさん。
アザレアに代わり、手際よく端末を操作し始める。
暫くして……
輝く円柱が鉄製の筒の中に戻っていく。
さっきとは逆の順序で、いくつものチューブが再接続され再び液体が満たされていく。
「……あの」
意を決してグラードさんに声を掛ける。
けれど、私のには見向きもせず、そのまま端末を操作し続ける。
「あ、あの!」
もう一度、今度は少し大きな声で話しかける。
端末を操作する手を止め、無言で私を見つめるグラードさん。
いつもの穏やかな様子とは程遠く、難しい顔をしている。
「い、今のは何なんですか? あの……あの"人"。生きてるんですか?」
私の問いに何も答えず、黙ったまま。
アイネも、アザレアも、同じようにグラードさんを見つめる。
やがて……大きくため息をつき、その目線をマスターに移す。
それを受けて、マスターが静かに口を開く。
「お前達に、それを知る覚悟はあるのか?」
「……覚悟?」
アイネがマスターの目を見つめる。
「そうだ。"アレ"はキプロポリスが……世界が隠し続けてきた真実の1つだ」
そう言って、私達を順に見つめるマスター。
グラードさんは、再び無言のまま端末を操作し始める。
「いいか、世の中には"知っておくべき事"、"知らない方が良い事"、"どうでも良い事"の3つがある。あれは、お前達にとっては"どうでも良い事"で、かつ"知らない方が良い事"だ。それでも興味本位でその答えを求めるか?」
いつになく真剣な顔で私達に問いかけるマスター。
沈黙が続く……
「……わ、私は知りたいです! あの子の髪の色……私と同じじゃないですか! とても"どうでも良い事"だとは思えません」
アイネが真剣な表情で答える。
私もそれに続く。
「私も。あれは私達が"知っておくべき事"よ」
俯いて頭を掻くマスター。
「とりあえず……一端ここを出ませんか? ライセンスの書き換えは無事に終わりました。テロは直に収まるでしょう」
そう言って振り返るグラードさん。
「皆さん、本当によくやってくれました。まずは我々の勝利を祝いましょう! 難しい話はその後、という事でどうですか?」
そう言って、笑顔を見せるグラードさん。
「そうだな。まだ残党がいるかもしれん。それをつぶしながら一端屋敷に戻るとするか」
そう言って、パンッと手を叩くマスター。
また、いつもの締まりのない顔に戻っている。
その後、アイネに「こいつらはあとどれくらい痺れてるんだ?」などなど、質問して、無線で応援を要求する。
後の事は後続の部隊に任せることにして、私達はプラントを後にした。






