k02-32 サーバールーム
壁面に意識を集中しながら注意深く進んで行く。
雷のマナ、雷のマナ……
得意な火のマナならそれなりに見分けられるんだけど、雷となるとかなり集中しないと分かんないわね……。
そのまま曲がり角まで進む。
とりあえずここまで変わった様子は無し。
角を曲がりそのまま壁に手をついて進む。
雷、雷……。
……?
ん?
壁面の僅かな隙間から微かなマナを感じた気がした。
見ると、パネルとパネルの丁度切れ目に隠れるように、1cm程の小さな窪みがある。
「何これ?」
窪みの中を覗き込む。
……端子?
「何かありましたか?」
「アザレア、これ何だか分かる?」
場所を譲る。
変わって窪みを覗き込むアザレア。
「……携行端末の接続端子ですね。よく使われているタイプです。シェンナも見た事あると思いますよ」
あぁ。何か見覚えがあると思ったら。
「どう見ても、周りに端末で操作するような設備なんて無さそうだけど」
左右を見渡しても、壁と廊下以外は何もない。
「と言う事は……」
アザレアが端末を取り出しケーブルを繋ぐ。
程なくして、端末の画面にパスワード入力の表示が現れる。
「少し待って下さいね」
そう言って端末を操作すると、無数の文字が一斉に表示された。
それらが縦横無尽に動き出し、文字の組み合わせを作っては消え、それを繰り返していく。
徐々に文字の数が減っていき……やがて残った文字達がパスワードの入力欄に当てがわれる。
「おそらくこれで大丈夫です。いきますよ?」
私に目配せするアザレア。
頷き、銃を構える。
アザレアが端末に表示された実行ボタンを押すと、音もなく壁の一部がスライドして開いた。
なるほど……壁面パネルの切れ目に合わせて上手いことドアをカモフラージュしてたわけね。
そっと中を覗き込む。
壁の中は真っ暗でよく見えない。
――その時、遠くから巡回兵の物と思われる足音が聞こえてきた。
「――! とにかく、入ろう」
アザレアの手を引いて急いで中へ。
再び音もなくドアが閉まり、部屋の中は真っ暗になった。
何やらスイッチが入るような音が鳴り響き、暫しの間を置いて徐々に照明が灯り始める。
照明が設置された天井まではかなり高さがあり、部屋全体が均一に明るく照らされる。
上のフロアまで吹き抜けになってるんだろうか。
照明が全て灯ると……そこには、さっきまでの狭々とした通路からは想像できない巨大な空間が広がっていた。
「結構広いですね」
「えぇ。でも……」
部屋の奥の方に目を向ける。
何も無い巨大な空間の奥に、いくつものタンクやダクト、配線などが絡み合った大きな鉄の塊が鎮座している。
「……目標は明らかにあそこでしょうね」
「はい、急ぎましょう!」
早足で巨大な装置に向かって進む。
―――
装置の前には、操作パネルが1つポツリと設置されていた。
メニューのような画面を暫し眺めた後、パネルを操作し始めるアザレア。
その間、やる事が無いので巨大な装置に近付き様子を眺める。
これがディシプリン・システムのサーバー……。
もちろんハイドレンジアにもディシプリン・システムのサーバーは有る。
けれど、最重要機密という事で一般に公開される事はまず無い。
こうして間近に見られる機会なんてまず無いわね。
金属製のタンクの間に張り巡らされた複数の透明なパイプの中には、何やら液体が流れている。
……液体?
精密機器なら水濡れは厳禁な気がするけど……水冷用の冷却液かしら。
「やりました! この端末で間違いありません!」
アザレアが明るい声を上げる。
急いでその側へ戻る。
「ハッキングは出来そう!?」
「……大丈夫です! 5分もあれば充分」
よし! これでこっちの勝ちね!!
さっそく操作に取り掛かるアザレア。
その間、私は周囲を警戒。
そう思って背後を振り返った瞬間――
自分の心臓が大きく鳴り響くのがわかった。
だだっ広い空間の奥。
入り口の方から人影が1つ近づいてくる。
「……な、何であんたがここに居るのよ!」
私の声に驚いて、アザレアも振り返る。
そこには、橋の上でアイネと闘っているはずの例の男の姿があった。
「何で……か。私にも色々事情があってね」
そう話しながらゆっくりとこっちに歩いてくる。
「まずは……見事ここを見つけ出してくれた事、感謝する。お陰で私の1つ目の任務は無事完了だ」
「あんたの事情なんて聞いてないのよ! アイネはどうしたの!?」
男に向けて魔兵器を構える。
「先程の少女か? ――死んだよ」
――!!
気付いた時には手に持った魔兵器を撃ち放っていた。
しかし、男は片手でその弾丸を軽く払い除ける。
「気を付けろ。周りの機材に当たったらどうする? それに……彼女を殺したのは私ではない。彼女が自らの意思で、海へと飛び降りたのだ」
海……外海!?
橋の上から海面までは相当な高さがあったはず。
あの高さから、荒波渦巻くハイドレンジアの外海に落ちて助かる確率は……
「う、ウソよ!」
「そう思いたいなら勝手にすれば良いが……」
後ろから鼻をすする音が聞こえる。
アザレアが、泣きながらも手を動かし続けている。
「とりあえず、その作業を辞めて貰おうか。私の2つ目の任務は、テロリスト達を勝利に導く事だ。恐らくお前達が今行っている作業はその阻害に値する。……先程の少女の力もそれに値する可能性があると判断し排除したが……君達の力はそこまでの物でもないだろう。投降すれば危害は加えない」
そう言って腰の刀を抜く。
――随分と舐めなれたものね。
素早く魔兵器を構え、狙いを付ける!
どうにか隙を作って、輝石魔法、それも特大のやつをぶち込んでやる!!
……けれど、狙いを付けるよりも前に、男の姿は私の視界から消えていた。
「むやみやたらと撃つなと言っただろう」
背後から声をかけられ咄嗟に振り返るけど、私が反応するよりも遥かに早く、男の蹴りが脇腹に突き刺さる!
身体が宙に吹き飛ぶ。
そのまま5メートル以上床を転がる。
――!!
蹴られた脇腹が激しく痛み、上手く息が出来ない!
「ほぉ。殺すつもりで蹴ったのだが……その防具のお陰か」
防具……? マスターがくれたマントか。
間近で手榴弾が爆発しても平気って話だったけど……。
だとしたら、なんて威力の蹴りなのよ。
男がアザレアの肩を掴み、端末から引き離す。
抵抗して暴れるアザレア。
素早くその手を取ると、その手を後ろ手に締め上げる。
「い、痛ぃ!!」
「大人しくしろ。アザレア・リックス・ブロンサントだな? お前は私と一緒に来て貰おう」
「ア、アザレアから離れなさい!」
立ち上がろうとするけれど、脇腹に激痛が走り動けない。
「……制圧完了だ。入ってこい」
男が声を上げると、入り口から複数の兵士が入ってくる。
さっきまでのテロリスト達と違い、全員揃いの黒い装束に、烏口の面を付けている。
聞いたことの無い風体……おそらく正規の軍隊じゃないわね。
男がその中の1人にアザレアを引き渡す。
「連れて行け。丁重にな」
男に一礼し、アザレア担いで連れ去る兵士。
「ま、待ちなさい――!!」
精一杯力を振り絞るけれど、声さえかすれて上手く出せない……






