k02-18 ウィステリアテイルの傭兵
その時――
「2人とも!! こっち!!」
屋敷から声がして、その場にいた全員がその方向に振り向く。
見ると、2階の窓からアイネが顔を出していた。
一瞬私の方へ目配せした後、何かを宙に放り投げる。
この状況で、投擲物……!?
持ってきていた装備を思い返す……
――変調式音響手榴弾!
人は年齢や性別によって聴こえやすい音調が異なる。
それを利用し、攻撃対象を調整できる非殺傷の音響手榴弾!
相手は全員成人男性、こっちは未成年の女性、この状況には打ってつけ――!
アイネ、ナイス!
榴弾は空中で炸裂し、男達は耳を塞ぎ地面にへたり込む!
その隙にアザレアへ駆け寄り、掴んでいた男の手を思いっきり蹴り上げる!!
そしてアザレアの手を引き屋敷へと向かって全力疾走!
その最中、2階のアイネに向って叫ぶ。
「アイネ!! マスターのスーツケース、部屋から持ってきて!」
「え、え? マスターの? わ、分かった!」
そう言って窓から首を引っ込めるアイネ。
―――
屋敷の中に入るとアザレアが急いで玄関ドアに鍵を掛けた。
多少の時間稼ぎになるかもしれないけど……破られるのは時間の問題ね。
階段を駆け上り自分達の客室へ。
丁度アイネがマスターのスーツケースを引きずって来る所だった。
「さっきはサンキュー!!」
「ありがとうございました!」
口々にお礼を言う。
「ううん! 2人共ケガ無さそうで良かった!」
そう言って私達を見るアイネ。
「装備はどう? あ、アザレアももし準備があれば今のうちに!」
「は、はい!」
アザレアが自室に向かって走っていく。
自分の荷物から、魔兵器の小銃を取り出す。
けれど、起動確認をするより先にアイネが首を振る。
「ダメなの! 何回確認してもライセンスが通らないの!」
「――ウソでしょ!?」
テイルを通してハイドレンジアへの使用申請は済んでる。
護衛任務のための小型の魔兵器に限り、領内への持ち込みと使用の許諾も降りてた。
もう一度起動シーケンスを実行してみる。
……ダメ。
サーバーとは接続出来ているみたいだけど、使用許諾が通らない。
「今朝確認した時は問題なく起動したのに!」
そう言いながらテイルの制服に着替えるアイネ。
テイルの制服には特殊な技術で魔鉱石の粒子が織り込んである。
やや重いのが難点だけれど、通常兵器相手なら一般の防弾チョッキなどを優に超える防御力を発揮できる。
クローゼットに掛けてあった私の制服をさっとハンガーから外し投げ寄越すアイネ。
受け取り私も着替えながら状況を整理する。
「こっちの魔兵器のトラブルじゃなさそうね!」
「じゃあハイドレンジアのサーバー側かな!?」
先に着替え終わったアイネは、自分のスーツケースから小型ナイフの入ったバックルを取り出すと、スカートを軽く捲り手際よく太ももに巻いた。
「でも、ハイドレンジアのサーバーったら天下のC.S.C社の管理でしょ? システムトラブルなんてそう簡単に……」
そこへアザレアが自室から慌てて戻ってくる。
「大変です! これ見てください」
そう言って、私達に携行端末の画面を見せる。
「……ご、ごめん。分かんないや」
画面には何やら細かいIDとON/OFFの一覧が映し出されていた。
「あ、ごめんなさい! お2人のお話を聞いて、まさかと思いジュエルシステムのサーバーを覗いてみたんです。魔兵器のIDとその使用許諾の一覧を表示したのですが……C.S.C社所有の一部の魔兵器を除き、他は全て使用不可になっています!」
「一部を除きって、警察とかも全部!? ……って、アザレア!? なんでそんな機密情報にアクセス出来るわけ!?」
「え? えぇと、何というか、父の仕事に興味を持って色々調べているうちにというか……実は私、システムとか結構得意なんです」
そう言って手をパタパタと振る。
いやいやいや、それにしても天下のC.S.C社のサーバーにハッキングとか……天才か。
「アザレア、カッコいい!」
アイネが目をキラキラさせてアザレアを見る。
「あ! じゃあここから私達の武器だけ使用可能にしたりとか!?」
アイネがアザレアの端末を触ろうとする、
「ごめんなさい、ここからだと閲覧しか出来なくて。書き換えるとなると本社のネットワークに直接アクセスしないと……」
「そっかー……さすがに無理だよねぇ」
いや、アクセスさえ出来れば書き換えは出来ちゃうのね……。
「仕方ない! 一般兵装で行くわよ」
「分かった!」
そう言ってトランクから短剣と、回復薬や煙幕などが入った道具ポーチを取り出し両腰に巻く。
最後に白いマントを羽織り、そのフードを深々と被る。
「準備OK!」
「こっちも!」
その様子を、今度はアザレアが真剣な眼差しで見つめる。
「――2人共カッコいいです!! 本当にテイルの傭兵さんなんですね!」
そう言ってパチパチと手を叩く。
「えへへ。この兵装は主に都市部での護衛や隠密行動用で、大型の兵器は携行できないけど――」
アイネが自慢げに話し出そうとしたとき――
玄関のドアが激しく叩かれる!!
「開けなさい!!」
男達の怒号が聞こえる。
「ヤッバ! もう起きてきたの? あと10分くらいは気絶してるかと思ったのに」
「皆さんこっちです!」
アザレアの誘導で、玄関とは逆側にあるもう一つの階段に向かって走る。
そこから静かに1階に降り、裏口からガレージへ出る。
そのまま物陰に隠れて移動し、生け垣を超えどうにか屋敷の外に出る事ができた。
追っ手は……無いわね。
どうやらまだ屋敷の中を探索しているみたい。
そのまま中深く屋敷を後にする。
……どうにか抱えて持ってきたマスターのスーツケースがめちゃくちゃ邪魔だ。






