k01-04 新学期スタート・1
波乱の志願表明式から2週間――
穏やかな春の陽気とは裏腹に、ウィステリア・テイルは1年で一番慌ただしい季節を迎えていた。
生徒達にとっては楽しい春休み期間な訳だが、一方で教員や職員達は地獄の事務処理デスマーチ週間だ。
初等・中等グレードの教師達はクラス分けや役員決めに頭を悩ませ連日夜遅くまで会議。
高等グレードのマスターともなると、実地演習のための下調べや、付き合いのある企業の人事変更に伴いキーマンへの挨拶回りなどなど多忙を極める。
特に今年は、数年に一度の"ホーム"(ファミリアの活動拠点となる、マスター各々に割り当てられる自室)の割り当て変更の年という事もあり、引っ越しのあるファミリアでは連日遅くまで作業が続いていた。
関係者各位、休み返上での涙ぐましい勤労の末どうにか準備が終わり今年も無事に春を迎える事ができた。
春休み中寂しいくらいに静かだった学園に生徒達の賑やかな声が帰ってくる。
今日から新たな一年がスタートだ。
―――
賑やかな学園の中でも、特に人でごった返しているのが中央事務棟。
ずらりと並んだ魔鉱電子パネルにはグレードごとの案内が映し出されている。
初等グレード向けの電子掲示板の前では、今年入園した新入生達が父兄に連れ添われ期待と緊張の入り混じった面持ちでオリエンテーションの日程などを確認をしている。
中等グレードの掲示板では、友人と一緒にクラス割りを確認しにきた生徒達がその内容に一喜一憂しており賑やかだ。
高等グレードの生徒達は、学園の見取り図を見ながら自身がこれから通うファミリアの"ホーム"の場所を確認している。
ファミリアによっては先輩達が迎えに来てくれていたり、マスターが直接待っていたりと待遇はそれぞれだ。
そんな中、アイネ・ヴァン・アルストロメリアも掲示板の前に立ち自身のホームの場所を確認していた。
「あ、あれ……? あれ?」
掲示板と睨めっこし、かれこれ5分程探しているが未だにホームの場所が分からない。
「無い……? はずはないんだけど……」
魔鉱電子パネルの掲示板に表示される見取り図を隅から隅まで三往復確認したが、"ジン・ファミリア・ホーム"の表示がどうしても見つからない。
首をかしげてみても……無い。
少し離れて全体をもう一度良く見てみても……無いものは無い。
思い切って掲示板の裏側から見てみたら……
「おい、何やってんだ?」
掲示板の裏に回り込もうとしたところ、急に声をかけられビクッと肩を窄めて振り返る。
「あ! マスター! おはようございます!」
いつの間にか背後にマスター・ジンの姿があった。
「よぅ! いよいよ新学期だな。あーなんだ、その……晩餐会以来だけど、あの後何て言うか、大丈夫だったか?」
気まずそうな表情を見せるジン。
「あの後……? あ、マスター・クァイエンの件ですか? あの時は私のせいでお騒がせしてごめんなさい。大丈夫ですよ、あんなの慣れてますから!」
そう言ってニッコリと笑って見せるアイネ。
「そ、そうか慣れ――いや、それはそれでどうかと思うが。……お前その境遇でよくグレずに育ったな」
「え? グレ……? なんのことですか?」
「いや、なんでもない。それより、新学期早々こんな所でなに不審者ムーブしてんだよ?」
そう言ってアイネを真似て掲示板の裏側を覗き込む。
もちろん基盤が見えるだけで何もない。
「ち、違うんです! おかしいんですよ。何度見ても、地図にうちのホームの表示が無くて……」
そう言って地図を指さすアイネ。
「あーー……これね」
「ね! 何処にも無いでしょ? 教務課に問い合わせてみましょう!」
「あ、いや、大丈夫だ。事前に場所は聞いてるから」
「あ、そうだったんですね! それなら良かったです。ちなみにどの辺りなんですか? 食堂が近いと良いなぁ」
ワクワクした顔で地図を見つめるアイネ。
「いや、まぁ……直接行ってみた方が早いな。ついて来い」
そう言ってジンは事務棟の外へ歩き出す。
「へ?」
アイネは訳もわからず、その後を追いかけていく。
―――――
ポカポカと優しい日差しが照らす学園内を2人並んで歩いていく。
購買棟では大勢の生徒が教科書や文房具、実験用の器具などを買い求め長蛇の列ができている。
両手に沢山の荷物を抱えた生徒達で賑やかだ。
隣の食堂棟ではテラスで休憩する生徒や教員達がちらほら。まだ朝の早い時間帯ということもあり人は疎らだ。
食堂に併設された芝生広場では、中央の大噴水を取り囲むようにクラブや部活動の勧誘合戦が行われている。
ウィステリア・テイルでは、生徒になるべく多くの出会いと経験を積んで欲しいという方針により中等・高等グレード進級時に一端部活動は引退となる。
そのまま同じ種目を続ける生徒が多いが、これを機会に違った種目へ転身する生徒も少なくない。
前の部活で優秀な成績を残した生徒を引き抜こうと、どの部活も勧誘に余念がない。
そんな賑やかな光景を横目に、ジンとアイネはどんどんと学園の奥の方へ歩を進めていく。
無言のまま総合講義棟、研究棟、医療センターも通り過ぎて……いよいよ人通りも殆ど無い学園の隅の方までやってきた。
事務棟を出てから10分以上黙々と歩き続けている現状に、さすがのアイネも不安になってくる。
「あの、マスター。失礼ですが……いくらマスターとは言え合って数日の男性に人気の無い所に連れて行かれるのは……いささか不安と言いますか……」
「ち、ちょっと待て! 変な事言うな! 俺はただ教務課で教えて貰った場所に向かってるだけだぞ!」
「そ、それは分かるんですけど。こっちってもう敷地の端ですし……後は確か廃棄された古い学舎しか無かったような……」
「何かな……ホームとして使えるような教室の空きがもう無いらしくてな。その旧学舎の一部を使わせてくれるそうだ」
「え……マスター。旧学舎って……下見しました?」
「いや、まだ……」
「……下見、してないんですか!?」
「いやいや、そもそもだけど、俺も春休み中に何度も確認したんだぜ。でも中々ホームの割り当てが決まらないとかでついさっきやっと教えて貰えたとこなんだよ」
「マスター……」
アイネは軽く立ちくらみがしてきた。
ホームはファミリアの活動拠点となる大切な場所だ。
準備や案内等に必要な時間を考えれば、新学期が始まるのその日まで用意されないなんて普通はあり得ない。
「ま、心配するな! いくら古いって言っても天下のウィステリア・テイルが管理してる施設だ。ちょっと掃除すれば使えるだろ。ほれ、そこの角曲がった所みたいだぞ」
角を曲がると建物が見えてきた。