k01-39 離れていた時間
翌朝
朝一番でアイネに連絡してみたけれど、圏外で繋がらない。
きっとホームに居るんだろう。
あそこ演習エリアの奥過ぎて通信エリア外だったし……。
仕方がないので直接会いに行くことにした。
直接会って……どう伝えよう?
『うちのマスターが何か悪巧みしてるから気をつけて!』
……それなら、何でみすみす見過ごしてるのよ、って事になるわね。
『何か最近窃盗とか多いみたいから、ホームの戸締りとか気をつけてね』
……いや、窃盗なんて話聞いたことないな。
うーーん。
そんなことを考えながら演習場の藪の中を歩いていると、あっという間にホームのドアの前まで来てしまった。
まぁ……考えてもしかたない。
話の流れで1番無理無さそうな展開に持って行こう。
意を決してドアをノックする。
「え、はーい!? どなたですか?」
中からアイネの声がする。
「あ! 私、シェンナ」
「え? ちょっと待ってて!!」
小走りで足音が近づいてくる。
程なくしてドアが開けられ、中からアイネが顔を出す。
「ごめん、普段お客さんなんか来ないからビックリしちゃって! どうぞどうぞ」
そう言って中に通してくれる。
「お、お邪魔します」
室内を見渡す。
マスター・ジンの姿はない。
室内には心地よい朝の日差しが差し込み、爽やかな風が吹き込んでいる。
キッチンではヤカンから湯気が上がっていた。
「ちょうどお茶沸かしてたところなの! シェンナもよかったら一緒にどう?」
「……ありがとう、頂いても良いかな?」
「うん! 座って!」
促されてソファーに腰掛ける。
テラスからは鳥の囀りが聴こえてくる。
他には時々風にそよぐ樹々の音だけ。
静か……ホントに良い所だわ。
しばらくして、紅茶の入ったティーカップを2つ、トレイに載せてアイネが運んできてくれた。
「そういえば、何かご用だった? それとも、遊びに来てくれたとか?」
嬉しそうに笑いながら紅茶を机の上に並べるアイネ。
その笑顔を見てると、急に本題を切り出すのは憚られる。
「うん……もしよかったら、棚にあった本もう少し読ませて貰えないかなぁと思って!」
「あ、そうなんだ! どうぞどうぞ! マスターに聞いたら、好きに読んでいいって! 欲しけりゃ持って帰ってもいいって言ってたよ」
「い、いや流石にこんな貴重な物、学生寮で保管する自信が無いわ!」
そう言いながら、こないだ見つけた『ジャルドール・グリモワ』を棚から取り出……そうとしたとき、その隣にあった古ぼけたノートが妙に気になった。
そっちを手に取り棚から出してみると、表紙には殴り書きで『輝石魔法の基礎理論と体系化について』と書かれている。
他の本はどれも立派な体調なのに、これだけただのキャンパスノートだ。
そのノートを持ってソファーに戻る。
「いただきます」
2人揃って紅茶に口を付ける。
アイネが淹れてくれるコーヒーや紅茶はいつもとても美味しい。
ーーー
紅茶を飲み終わり、棚から持ってきたノートをパラパラとめくる。
なになに……
『エバージェリーにおける“魔法”を基礎とし、魔鉱石による補助を得て発動される魔法を提唱する。そもそもキプロポリス人とエバージェリー人にはマナを体内に累積させる仕組みに大きな違いがあり……』
最初の数ページは、今では当たり前になっている魔法学の常識ね。
ページを進めると気になる記述が出てきた。
『マナというのはただのエネルギー体と思われているがそれは大きな間違いである。これはすなわち“カムイ”と呼ばれる自然界の意識であり、思考を持った……』
ふーん、突拍子もないけれど面白い発想ね。
「あ、それマスターの字だね。ごめん、マスターのノートでも混ざって置いてあった?」
アイネがいつの間にか私の肩越しにノートを覗き込んでいた。
距離が近くてちょっと緊張する。
「そ、そんな訳ないわよ。ここに書かれてる日付、80年以上前の物だもん」
「あれ、そう? マスターの字にそっくりだと思ったんだけどなぁ」
「それに、ほらここ。筆者のサイン……“トオノエ カナト”って。……変わった名前ね。異国の人かしら」
「そっかー」
「それに、こんな汚い字そもそも似てるもなにも無いわよ」
「それもそうだね」
と笑い、アイネは席に戻り紅茶の続きを飲み始めた。
ーーーーー
そのまま30分程ノートを読んだだろうか。
大体の内容は理解出来た。
理論としては筋が通ってるけど、どれもこれも今の常識じゃ考えられない内容ばかりね。
ふと、正面に座るアイネの顔を見る。
アイネはアイネで別の本を読んでいて、そんな私の視線には気づいていない。
色々あって何年かぶりにこうやってまた顔を合わせるようになって……。
子供の時みたいに……とは流石にはいかない。
お互い少し大人になったわけだし。
でもこうして顔を合わせてみれば、お互いに避けていた長い間が嘘だったみたいに、やっぱり安心する。
まるでそこに居てくれるのが当たり前みたいに。
アイネも同じ風に感じてくれてるのかな……。
本から目を外したアイネと視線が合う。
「ん? なに?」
優しくて笑うアイネ。
「……何でもない」
少し照れてまたノートに視線を落とす。
何年も、会話の1つも無かったはずなのに、こうやって2人で居ると1番落ち着く気がする。
幼馴染ってそういうものなんだろうか。
わがままなのは分かってるけど、もしアイネも同じように感じてくれてたら……嬉しいんだけどな。
そうして小一時間程、穏やかで幸せな時間が過ぎた。
――でも、そんな心地よい時間は突然終わりを告げる。






