k01-37 3人の秘密
「……例の事故の事だけどね。実の所、シャドーウルフェンの出所が未だに分からないのよ。あの森に自生する種族じゃないから外部からの侵入なのは間違いないとして、その侵入経路ね……」
そう言ってマスターは机上に広げた演習エリアの見取り図を指差す。
私とエーリエが覗き込むと話を続ける。
「演習エリアの周囲は、魔鉱障壁の結界で外部と隔てるようにグルっと囲まれてるのだけれどこの結界ってのが特殊で……って、あなた達知ってるわよね?」
演習エリアの説明会で聞いたわね。
「はい。上位クラス以上のマモノには強力に作用する代わりに、中級以下のマモノには無効、という特性のはずです」
強いマモノの潜入は全力で防ぐ代わりに、弱いマモノは素通り出来てしまう。
その欠点がテイルの演習用としてはむしろ好都合、という事だったはず。
「そう、その通り。そして、シャドーウルフェンは最上位。勿論結界の有効対象よ。いくら強力なマモノでも、結界がある限り誰にも気づかれずに、ましてや無傷で通り抜ける事は不可能」
ここでエーリエが言葉を挟む。
「ということは、結界が……壊れてたとか?」
「いいえ。事故後の調査で、結界自身にも、それを発生させる装置にも問題は発見されなかったわ」
マスターが首を振る。
「そんなら、一時的にダウンしてたまたまその間にモンスターが通り抜けて、その後にまた復旧した……とか」
「それも無いわね。演習エリアの結界は固定式。安定した効果が期待出来る、代わりに停止や再起動は簡単には出来ない。まして、停止した後自動で復旧するなんて考えられないわ」
「ほ、ほんなら、壊れた後誰かが直ぐ張り直したから故障の跡が分からなんだとか」
「考えにくいわね。あのレベルの結界を張るなら多人数で取り掛かったとしても最速で1時間は必要。張り直すよりも前に結界を監視している警報装置が作動するわ。
……エーリエ、発想が豊かなのは貴女の良い所だけど、もう少し結界学の勉強が必要みたいね」
「う……」
エーリエが黙り込む。
「それじゃぁ……シェンナ、他に考えうる仮説は?」
そう言ってマスターが私の方を見る。
故障ではない。
停止した場合には短時間での張り直しも不可。
……この前読んだ魔兵器情報誌に載っていた記事を思い出す。
『結界学の進歩は、長い間
・どうすればより強固にできるか
・どうすればより短時間で破壊できるか
この2つの視点のせめぎ合いで進歩してきた。
そこに近年新たに付け加わった理論が
“結界に細工を施すことで、相手に気付かれる事なく通り抜ける”
という突破方法』
「結界の偽装通過……ハッキングですか」
「……そう、その線が一番濃厚ね」
ハッキング。
そんな事が出来てしまえば結界の存在意義自体が危うくなる。
どんなに強力な結界を張っても何の役に立たなくなる訳だから。
「でも、理論こそ色々新しい物が出てきているとは言え、未だに実用には至ってないという話でしたけど」
「えぇ。実用化に成功したという話は表立って聞いた事がないわね。とは言え、ハッキング技術は秘匿にしておく事に有益性があるもの。成功したからと言って大手を振って成功をアピールするとも考えられないわ」
「表沙汰になっていないだけで、既に実用化に成功している勢力がある……という事ですか?」
「まぁ、証拠が無い以上結局は噂の範囲は超えないけれどもね。
方法は何にせよ、重要なのは演習エリアへの進入は、機器の故障やマモノ単身では成し得ないと言うことよ」
「……偶発的な事故ではなく、あの状況を仕込んだ犯人がいる、ということですね」
「そういう事」
「……それで、マスターはその犯人がジン・ファミリアだと」
「……察しが良いわね」
マスターの口元が僅かに綻ぶ。
「ジン・ファミリアの2人が、演習エリア内で何か細工をして回っているような様子を見た、という報告が幾つか上がってるの。藪の中をゴソゴソと漁り回ってたっていうのよ。
それに、少し前に起きた火災騒ぎでも現場付近で2人を見かけた……という話もあったし。
あの2人が何かよからぬ事をしてるんじゃないかしら……というわけ」
「お話は分かりました。それで調査のためにジンファミリアのホームをお探しなんですね」
「そう。……ファミリアの生徒と交友のあるあなた達なら何か知ってるじゃないかと思ったんだけど……」
「――ちなみに」
ずっと黙って聞いていたエーリエが口を開く。
「今のお話だけやと、ただの噂や憶測だけで物的証拠が何も無い様に思えるんですけど。ジン・ファミリアのホームを見つけたところで、どないなさるおつもりですか?」
心なしか苛立った口調に聞こえる。
……まぁ、気持ちは私も同じ。
そんなエーリエの目をじっと見つめるマスター。
暫く無言が続いて、マスターが一つ溜息をついたあと話し出す。
「くどい様だけれど、この話はここに居る3人だけの秘密よ」
そう念を押した上でマスターが続ける。
「親交のある"お友達"を悪く言うのは気が引けるのだけれど……」
……嘘だ。
マスターのその目は、アイネを“大罪人”と呼び蔑む人達のそれと同じだった。
「正直なところ、ジンファミリアの信用は学園内で皆無。何か少しで良いの。そんなファミリアのホームから証拠が見つかればそれで決着が着くわ。
私達の立場も、事故を起こした責任者から事件の被害者に……ね。
これがどれだけ“私達“にとって有益な事か分かるでしょう?」
成る程。
完璧主義者のマスターらしい考えだわ。
自身の経歴に傷が付く事は一切許されない。
ならば一切の責任をジン・ファミリアに押しつけて自身は被害者の立場を取る、と。
「……仮に、ジンファミリアのホームを見つけたとしてどうなさるおつもりですか?確固たる証拠が無い以上、他ファミリアのホームへの強制捜査なんて、流石に学園は許可しませんよ」
「いやだ、怖い。強制捜査なんて手荒な事はしないわよ。ちょっとホームにお邪魔させて貰えればそれで良いのよ」
「……もし何も見付からなかったら?」
私の問いかけに黙るマスター。
お互いに目を逸らさない。
「……何も見付からない事は無いわ」
最悪だ。
私が言うより先にエーリエが声を荒げる!
「証拠をでっちあげるつもりですか!!」
エーリエのこんなに怒った顔は初めて見たかもしれない。
きっと、私も同じような顔をしてるんだと思う。
「……よく考えなさい。もし今回の件で私の評価が下がれば、近い将来あなた達に斡旋できる企業も減るということよ。
勿論不手際があったのはファミリアの方であり、責任はマスターである私にある。生徒達に問題はない。
けれども、大人の世界はそんなに生優しい物じゃないわ。先輩達の就職のために私が影でどれだけ労を費やした事か……まぁ、それはあなた達が知る必要は無いけれど」
黙り込む私とリーリエ。
就職や推薦がどうというより……自分が信じてここまで付いてきた人の本性を知ったようで、とても哀れな気持ちになった。
「……まぁ、そんなに難しい顔をしないで。
別に強要してる訳じゃないんだから。
協力してくれた方には……先にホームの場所を見つけてくれた方にしようかしら。その子にはこの先も最大限のサポートをさせて貰うつもりよ。あなた達にとっても悪い話ではないでしょう?」
私もエーリエも何も答えない
「何か質問は?」
「いえ」
「ありません」
「そう。なら早めに良い報告を貰える事を期待しているわ。以上よ」
そう言われ、2人共無言のままホームを後にする。






