k01-03 雷帝と麗氷と・1
その日の夜――
表明式典の後は、学科別に全ファミリア合同の懇親会が開催される習わしになっている。
各ファミリアのマスターや先輩生徒、企業のリクルータ―や関係者も交えての大がかりなパーティーが開かれる。
テイルの花形である魔鉱戦術学科のパーティーともなると、高級ホテルの大ホールを貸し切っての豪華な立食パーティーだ。
巨大なシャンデリアがあしらわれた煌びやかな会場。
ドレスコードはもちろん正装で、男子生徒はスーツや礼服、名家の子息はその家々の正装で参加。
女子生徒は華やかなドレスでここぞとばかりに気合を入れて着飾ってくる訳だけど……表明式の後に一端帰ってすぐにドレスに着替えて式場入りって、結構しんどかったわ。
皆よくやるわ、と思う。
なるべく目立たないように会場の隅っこで大人しくしてる。
……そのつもりだったけど
「これはこれは、シェンナ様。何ともお美しいドレス姿で」
遠くからニコニコと近寄ってきた礼服の中年男性に声を掛けられる。
これで6人目……
えっと……この人は確かこないだお父様に連れていかれた会食で会った……そうそう、ウィステリア・セキュリティ社の専務さん。名前はえーっと確か……
「お褒め頂いて光栄です。イーライ様も素敵なお召し物ですね」
「はは、シェンナ様にお褒め頂けるとは、礼服を新調したかいがありました」
その後、当たり障りのない会話を交えそれとなく話を切り上げる。
「では、お父上にもよろしくお伝えください」
と一礼すると、その男性は去っていった。
お仕事とは言え、こんな小娘にヘコヘコ挨拶しに来ないといけないなんて……大人って大変ねぇ。
周りを見渡すと、忙しそうに動き回る企業関係者たちが目に入る。
テイル関係者への挨拶まわり、将来有望そうな生徒のリクルーティング、名家の子息子女へのご機嫌伺いとやらなければいけない事が山積みなんでしょう。
逆に、生徒達は有名企業のお偉いさんに顔を覚えて貰おうと彼らに声をかけるタイミングを伺っている。
その合間を縫ってマスターや先輩方への挨拶もこなさないといけない。
せっかくのパーティーなのに、運ばれてくる料理に手をつける人も疎らね。
――そんな会場の片隅で、料理が運ばれてくるテーブルの傍に陣取って一心不乱に飲み食いしてる2人組が居た。
「おい、アイネ！ また何か新しいの来たぞ！」
「は、はい。凄いですね、見たことのない料理ばっかりです……」
「こんないいホテルの料理なんて滅多に食えねぇからな！ 入るだけ詰め込んどけ！」
「は、はい！」
あれは……アイネとマスター・ジン。まぁ何となく嫌な予感はしたけど。
周りも『何あれ……』という感じで遠巻きに見ている。
それにしても表明式で会ったばっかなのに何でもうそんなに打ち解けてるのよ。
まぁ、何にしても近づかないに越したことは無いわね。
そんな2人様からそっと目を逸らそうとしたとき、不意に後ろから声をかけられ驚いて振り返る。
「やぁシェンナ！ 一際美しいレディが居ると思ったらやっぱりキミだったか！」
美しい金髪をふわりと靡かせ、豪華な金細工が細かにあしらわれた真っ白な軍服に身を包んだ男子がこっちを見つめて立っていた。
「……あら、カーティス。御機嫌よう」
分かりやすいよう、少々大袈裟に面倒くささを前面に出して挨拶を返す。
カーティス・アルクレッド・セレア。
ウィステリアではうちに並ぶ名家"アルクレッド家"の次期当主……
「それにしても驚いたよ、まさか君がマスター・クアィエン以外を選ぶだなんて。"恋人同士"の僕達が別々のマスターに師事することになるなんて！ あぁ、運命というのはなんと過酷なんだい……！」
私の態度なんて一切意にも介さず、両手で顔を覆い大袈裟に悲劇を表現するカーティス。
思わずため息が出る……。
「いい、カーティス？ もう何百回言ったか分からないけど、私とあなたの関係は親同士が勝手に盛り上がった縁談の1つってだけだから。別に“恋人”とかじゃないんで、そこの所よろしくどうぞ」
「ははっ！ 相変わらずだなぁ。まぁ自分の人生を人に左右されたくないというのは君らしいけれど……いいかい？ きっかけなんて些細な事だ。僕たちは出会うべくして出会った運命の間柄なんだよ！」
そう言って私の肩を抱こうとする彼をサッとかわす。
はぁ……この人、ホントに話通じないのよね。
根は悪い奴じゃないし成績も実力も見習うべき所は多いんだけど……苦手だわ。
「そうね、この先も運命的な“ライバル”として互いに切磋琢磨していきましょう。じゃ、忙しいから」
ニッコリと笑い、どうにかその場を切り抜け……ようとした時
「ふふ、仲が良いのね」
背の高いスラリとした女性から声をかけられる。
見ると、青色のドレスを可憐に纏った美しい女性が私のすぐ傍に立っていた。
モデル顔負けの抜群のスタイルに、堂々とした佇まい。
明らかに他とは一線を画したオーラを放つ。
「――マスター・カルーナ！ 申し訳ありません！ 真っ先にご挨拶に伺おうとお探ししていたのですが」
慌てて頭を下げる。
「こんばんは、シェンナ。ごめんなさいね、式典の後少し仕事が入ってしまって。今来た所なのよ」
「そうだったんですね。お忙しいところお声かけ頂き恐縮です」
再び頭を下げる私の肩にマスターがポンと手を置く。
「ふふ、堅過ぎよ。これから私達は、師弟であると同時に良き理解者であり共に高め合って行ける友でなくてはいけないわ。堅苦しいのは無しにしましょう」
そう言ってにっこりと笑うマスター。
女の私が見ても思わず顔が赤くなっちゃいそうな整った顔。
思わず見とれてしまいそうになって、慌てて答える。
「……は、はい！ よろしくお願いします！」
「ええ、こちらこそ！ それにしても、正直なところ主席のあなたがうちのファミリアを選んでくれるなんて思ってもみなかったわ。嬉しいけど、どうして？」
「私、ニュースや論文でマスターのご活躍を知って、ずっと憧れてたんです！ 先日発表された魔鉱障壁論の論文も読まさせて頂きました！」
「あら、あの論文呼んでくれたの！？ 嬉しい！ あなたくらいの年齢だと少し難しいと思ったけど……そういえばあなたそっちの方面の成績も優秀だったわね。是非今度ゆっくりと議論を交わしましょ！ それにしても……もぉ固いなぁ。ま、それは追々ね。これからよろしく」
そう言ってマスターが手を差し伸べてくれる。
「……はい！ こちらこそ、マスター！」
その手を握り返し固い握手を交わす。
すると、マスターの後ろに居た数人の生徒から拍手が沸き起こる。
「シェンナさん！ これから宜しくね！」
「あなたと一緒のファミリアで学べるなんて光栄だわ！」
同じカルーナ・ファミリアの同期や先輩達だ。
「皆さん……こちらこそこれから宜しくお願いします！！」
皆に向かってお辞儀をする。
このファミリアを選んで良かった。
マスター・カルーナの実力は疑う所も無い。人望も厚い。
生徒の教育にも熱心で、中等グレードまでは埋もれていたのにファミリアに所属してからマスターのアドバイスで才能を開花させ有名になった先輩たちも大勢居る。
この人の元で最新の技術を学べるなんて、考えただけでも楽しみ……！
