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k01-26 伝説の夜王

 一瞬の出来事に理解が追い付かない。



 黒煙が晴れ、次第に標的の姿が見えてくる。


 ――あれだけの攻撃を受けて……ほぼ無傷だ。


 音もなく佇むブラックウルフ。


 その尻尾は細く長い針の様に伸び、私達の背後の木に突き刺さっている。


 ……トレアさんの腹部を貫通したより先は、真っ赤に染まり血が滴る。




 ――まずい……!!


 ポーチから、水色のマークが入った榴弾を慌てて取り出す。

 ランチャーに込めようとするけれど、手が震えて思うように装填できない……!!



 その間に標的はトレアさんから勢いよく尾を引き抜く。


 傷口から血が噴き出し、トレアさんが悲鳴を上げ地面に倒れ込む!


 ドクドクと血が流れて出て制服を真っ赤に染めていく。


 引き抜かれた尾は、サラサラと砂のように形を変えながら縮むと元の尻尾の形に戻る。



 う、嘘でしょう……


 ダメだ、落ち着け……! 落ち着け!! 慌てるな!!!


 何とか装填を終えランチャーの照準をトレアさんに向け、発射する!


 放たれた榴弾はトレアさんの近くに着弾すると霧状に薬品を噴出する。


 回復榴弾ヒールグレネード


 着弾点の周囲に霧状のポーションを噴霧し、創傷からすぐの傷ならばある程度回復出来る。

 これで出血は止まるはず……!



「う……」


 傷口を抑えながらトレアさんがフラフラと立ち上がる。


 ユラユラと尾を揺らし、静かに私達を見つめるブラックウルフ――――



 違う。



 最悪だ……見誤った。


 今の攻撃で確信した。


 ううん、さっきの話を聞いたときに一瞬脳裏をよぎったけれど、そんなのがこんな所にいるなんて思いもしないじゃない!!



 その姿形を影に変え、変幻自在な攻撃を繰り出す漆黒の獣。

 あれはブラックウルフなんかじゃない……。


夜王(やおう)・シャドーウルフェン……」


 思わずそのマモノの名前を口ずさむ。


 ウルフ系の最上位マモノ。


 過去に討伐例は何件かあるものの、その多くで甚大な被害が出ている。


 個体数の少なさも相まって半ば伝説の類のマモノだ。


 何でこんなマモノが学園の演習施設に……!?




 今の攻防で状況が確定した。


 あいつはその気になれば私達なんて造作もなく刺し殺せる。


 すぐにそうしないのは……単に遊んでるだけ?



 ヨロヨロと立ち上がったトレアさんが私達に合図を出す。


「みんな……すまない。僕のミスだ」


 そう言って、私達にサインを送る。


『最終手段』


 勝ち目が無いことは明らか。


 仕方ない……



「行け!!」


 トレアさんは叫ぶとライフルを連射しながらシャドーウルフェンに突撃する。


 それを合図に、私達3人は藪をかき分け別々の方向へ駆け出す!


 あの尻尾の一撃が届かない距離、まずはそこまで走りぬく!



 トレアさんを貫いた時、尻尾の長さは10メートル程になってた。


 尻尾の太さと長さが反比例すると仮定して、

 さっきの細さから考えて最大は15メートル程のはず。


 念のため20m、それだけ離れたら警笛を吹く!!



 藪をかき分け全力で走る!!



 大した距離じゃないはずなのに異常に長く感じる。


 5m、7m、10m……15m



 一瞬振り返るが、藪でシャドーウルフェンの姿は見えない。



 もう良い!?


 力いっぱい警笛を吹く!!



 ほぼ同時に、他の2か所からも警笛が聞こえる。



 やった……無事に吹けた!



 最後の手段……3人が別々に逃げ、警笛を吹く。


 仮に誰かが狙われたとしても、残りの2人はその間に逃げるなり隠れるなりする事ができる。


 もしアザゼルが無事に連絡をしてくれていれば、今頃教員を連れて近くまで戻ってきてるはず!


 位置さえ知らせれば、後はどうにか姿を隠して助けが来るのを待つだけ。


 心配なのは、教員が数人集まったところであいつに勝てるのか……考えても仕方がない。

 今取れる最善の手を取るだけ。


 姿勢を低くし、藪の中に隠れようとした


 ――――その瞬間



 頭の上を高速で何かがかすめ、背後にあった木が上下真っ二つに切断される。


 メキメキと音をたて大木が倒れる。



 振り返ると、尻尾を鋭い刃物状に変形させたシャドーウルフェンが、静かにこっちを見つめている。



 ――銃を!!


 ――ダメだ、私の小型ライフルじゃ足止めにもならない。


 ランチャーは装填の時間がない。



 シャドーウルフェンが右の前足を宙に上げ……私目掛けて振り下ろす!


 飛び退き転がって爪による斬撃をギリギリで躱す。


 そのまま地面を這いつくばりどうにか立ち上がって逃げ出す!



 もう逃げてる方向も分からない。


 ただただ必死で藪の中を走る!


 ランチャーもライフルも他の荷物も全て捨てとにかく逃げる!


 生茂る木の枝が腕に、顔に、足に当たり切り傷だらけになるのが分かる。



 ――こんな所で、死ぬわけにはいかない!


 私にはやらなきゃいけない事が――



「きゃ!!」


 突然何かにつまずき顔から派手に転んだ!



 足元を確認すると……ロープ!?


 くるぶし位の高さにロープが1本張られている。


 近くには鋲が撃ち込まれておりそこからさらに藪の奥へと続いている。



 ブービートラップ!?


 どうしてこんな所に……!?


 演習で使われて片付け忘れた物?




 慌てて態勢を立て直し立ち上がろうとする……けれど、すぐ背後に気配を感じそのままの姿勢でそっと振り返る。



 そこには息一つ乱れていないシャドーウルフェンが、こちらを見つめて佇んでいた。



 まずい……! 逃げなきゃ……!!



 意味があるのかは分からないけど、少しでも相手を刺激しないよう音を立てずにそっと後ずさる。



 痛っ……!



 しまった……! ロープに躓いたときに足をやったか。



 これは……立ち上がれそうにないな……。



 シャドーウルフェンは私を視界に捉えたまま微動だにしない。


 追い込んだ獲物をどう狩るか思考を巡らせて楽しんででもいるのかしら。


 なるべく苦しまずに一撃で仕留める方法でも考えてくれてるんなら幸いだけど……。





 ……ホント、ついてないな。


 そっと目を閉じる。


 私の中で諦めがついたのか、それとも走馬灯ってやつかしら。


 不意に昔の事が頭を過る。




 ……テイルに入園する前、お父様とお母様に言われたな。


 もっと安全でもっと私に相応しい生き方があるって。


 何もこんな危ない道を選択する必要は無いって。



 それでも私の夢のため、どうしても必要なんだって必死に説得した。



 最後はお父様とお母様も納得してくれて


「頑張りなさい」


 って言ってくれた。


「例え親とは言え、一人の人間の生き方を否定する権利など無い。お前がそこまで強く信じる道ならば行きなさい。

 その代わり、私達の願いも一つだけ聞いて欲しい。

 絶対に無理はしないで、必ず元気に帰ってくること。お願いだよ」


 約束したのに。




 ……怖い


 ……死ぬことも怖いけれど、私が死んだらきっとお父様もお母様も後悔する。


 2人の気持ちを考えると……怖い!



 いつの間にか涙が溢れ頬を伝う。


 その涙を拭う。


 泣いてる場合じゃない。


 少しでも生き残る方法を考えないと……。



 だけど涙が溢れて止まらない。


 ……やだ、死にたくない。



 恐怖で震えてガチガチ歯が鳴る。



 嫌だ……


 助けて……


 …………


 …………





 …………?


 ???


 ……襲ってこない?



 どういう事だろう。


 どうにか少し目を開けると、涙でボヤける視界の奥で、シャドーウルフェンはこちらを見つめて低い唸り声を上げている。


 そのままその場から動かない。


 何だか様子が変だ。


 尻尾を垂らし頭を低く下げた態勢……


 何かに、怯えている?



 シャドーウルフェンが怯える程の脅威……?



 周囲を確認するけれど、何もない。


 あるとすればさっき躓いたこのロープくらい。



 互いに動かないまま睨み合う……。


 長い膠着が続く。


 緊張と恐怖で正確な時間は分からないけど、


 そのまま数分は立っただろうかという時――



 ――膠着は突如として破られた!

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