k01-16 鳥
再び静まり返った部屋の中で、ジンとシエンは向かい合い無言のまま微動だにしない。
そのまま十数秒が過ぎただろうか。
シエンが軽く溜息をつく。
「……早々にやらかしてくれたわね。どう考えてもあんたの仕業でしょう」
そう言うと机に頬杖を突き姿勢を崩す。
態度とは裏腹に、その表情は穏やかでさっきまでの鋭い眼光はどこかに消え失せていた。
むしろ少し楽しそうでもある。
「……バレてた?」
そう言ってお茶目に笑って見せるジン。
「全く……冗談じゃないわよ。輝石魔法なんて使うならもっと目立たないようにしなさいよ……」
「よく輝石魔法だって分かったな」
「資料で爆破痕を見たからね。そりゃ分かるわよ。よりによって私の得意魔法だもの。
何なら同時に使った魔法陣の複層構造まで当ててみせようかしら?」
「はは、爆破痕1つでそこまで分かるとは、さすが“天才”だな!」
「あんたに“天才”とか言われると嫌味にしか聞こえないわね!」
そう言ってマジマジとジンの事を見つめる。
「……元気そうでなによりだわ」
「……あぁ。そっちも」
「で、どう? ここでの生活は」
「んーー、まぁ悪くはないな。お陰様で退屈せずにやらせて貰ってるよ」
「教員の間でも噂になってるもの。そりゃ退屈する暇もないでしょ。あ、勿論悪い噂しか聞いた事ないわよ」
「はは、そんなに悪目立ちしてるつもりはねぇんだけどな」
「本気でそう思ってるなら、初等グレードの子供達と一緒に道徳の授業でも受けるといいわね」
「いや、今更道徳なんて習ったところで……」
ジンが少し寂しそうに笑う。
その顔を見てシエンが一瞬複雑な表情を見せる。
「……あの子はどう?」
「ん? あぁ、アイネか。どうって……まぁ、いい子だな。あんな境遇でよくあそこまで真っ直ぐに育ったもんだ」
「小さい頃はノーブル卿が熱心に目をかけてくれてたからね」
「そうか……会ったら礼言っとかないとな」
「……授業の方は順調?」
「いや……残念ながら輝石魔法のセンスはゼロだな。
シルヴァントのひ孫だからな……1回見せれば感覚で掴むかと思ったんだが。遺伝したのはお人好しだけみたいだな」
そう言って楽しそうに笑う。
「そう……」
「まぁ、他にも教えてやれる事は幾らでもある。気長にやってみるさ」
「よろしくお願いするわ。……さて、そろそろ会議の時間だわ。件の火災についてはこっちで適当に処理しておくわよ」
そう言って立ち上がり、机の上に広げてあった書類を束ねるシエン。
「サンキュー。あ、そうだ! ついでにもうひとつ頼みたい事があんだけど」
「……とりあえず聞くわ」
「お、太っ腹〜〜。実は今のホームが狭くてな」
そう言って、壁にかけてあるウィステリア・テイルの周辺地図を取り外し机に置く。
地図の一点を指差し
「この辺! この辺に例の木あったろ?」
「例の……あぁ、あの木ね。あるにはあるわよ。テイルの演習エリアって体裁で誰も近づかないように管理してるわ。もっとも演習でもまず使わないような場所だけど」
「そりゃ好都合だ! あの木なんだけどな……」
そう言ってなにやら図面のラフを描き説明するジン。
「……まぁ、いいわよ。別にこちらに損はないし。でも手伝いは出来ないわよ。さすがに目立ち過ぎるわ」
「あぁ、問題ない。自分でなんとかする」
「まぁ、今のホームの廃棄についてくらいなら何か手を回しておくわ」
「恩に切るぜーー!」
そう言うと、描いた図面を丸めて持ち、ニコニコ顔で部屋を出て行くジン。
部屋のドアに手を掛けたとき、シエンが呼び止める。
「あとひとつだけ、聞いていいかしら?」
振り返り、どうぞと顔を傾げるジン。
「今回の件、乗ってくれたのは……シルヴァントへの贖罪?」
「…………いや、ただの恩返しだ」
そう言い残して部屋を出て行く。
また1つ溜息をつき、トントンと資料を束ねるシエン。
誰に言うでもなく1人呟く。
「まったく……。まぁ恩返しだとしても、あんな楽しそうな顔でされるなら、シルヴァントも悪い気はしないんじゃないかしらね」
書類を手にシエンも部屋を後にする。
窓から差し込む春の陽光を、飛び去る鳥の影が遮った。






