k01-15 グランドマスター
翌日……。
テイルの外れにある廃墟……もといジン・ファミリア・ホーム。
静まり返った教室。
机と椅子は隅に寄せられ、床の空いたスペースにチョークで魔法陣が描かれている。
その中心に立ち、赤い魔鉱石を構えて目を閉じるアイネ。
静かに深呼吸し精神を集中する。
カッと目を見開き――
「"穢れた暗黒を駆逐せよ! 断罪の三炎槍フィア・フランム!!"」
……だが何も起こらない。
教卓に突っ伏し、呆れ顔で見ていたジンが声を上げる。
「もう諦めろよー。無理だって」
「ま、まだです! 何だか魔鉱石もだんだんと熱くなってきたような気がします」
「そりゃお前がずっと握ってるからだろ」
そう言ってため息を1つ。
アイネ考案の"輝石魔法の練習"に付き合わされ、かれこれ1時間以上が経過する。
「で、でも毎日練習すればきっと! 私頑張りますから!」
「そもそも……輝石魔法の練習ってこんなんじゃないから。マナの基礎理論を一般論の別解釈からからみっちり理解して、続いて詠唱、陣の勉強。それでもまだ導入レベルだ。
天才で2,3年。才能ありでも10年以上かかる。ちなみに、約8割は才能すらなくて一生やっても火の粉の一片も出せないぞ」
全くやる気のないジンの態度に少しムッとするアイネ。
「じゃぁ、教える気も無いのに何で見せたんですか!?」
「いや、実際結構ピンチだったのと……なによりカッコつけたかったから?」
「子供ですか!?」
アイネが机をバンッと叩く。
「そんな怒んなよ……そもそも誰でも使えたら魔兵器なんて要らないだろ。そうはいかないから開発されたのが魔兵器だ」
「う~~、これで魔兵器の練習しなくて良くなると思ったのに……」
「ん……そうえばお前射撃訓練の成績、オールEだったな!? まさか輝石魔法で代替えする気か!?」
「え、え、ダメですか?」
そう言って惚けるアイネ。
「ダメに決まってんだろ。あのガキにも口止めしといたが、口外禁止だぞ。またあのジジイにでも変な目付けられたら――」
その時――教室のドアが乱暴に開かれる!
ずかずかと入り込んできたのは、他でもないマスター・クアィエンだった。
突然の来訪者に目を見開くジンとアイネ。
「……マスター・ジン。少し用がある。ついて来い」
相変わらずドスの聞いた声。
「なな、な、なんだよ!? 別にジジイってあんたの事じゃないぞ!」
突然の事ににうろたえ余計な事を口走る。
「マ、マスター!」
アイネが慌てて止めるが、クアィエンはこめかみをピクピクさせている。
「……減らず口を叩けるのも今のうちだ。"グランドマスター"が御呼びだ。ついて来い」
そう言って振り返る。
「ちょっと待てよ。テイルの最高責任者がこんな一介の新人マスターに何の用だ? あ、もしかして哀れに思われて新しいホームを用意してくれたとか!?」
「黙ってついて来い!」
一喝され、渋々と後に続くジン。
「マスター!」
心配そうにアイネが声をかける。
「大丈夫だ。ちょっと行ってくるから部屋片づけといてくれ」
そう言って、クアィエンに続き教室を後にするジン。
そう言われても全く安心出来ないアイネ。
(……そう言えば、輝石魔法って違法じゃないですよね……?)
ーーーーーーーーーー
テイルの最高責任者たるグランドマスターの居室。
他の部屋とは明らかに造りが違う、重厚な扉の前に立つクアィエンとジン。
「グランドマスター。マスター・ジンをお連れて参りました」
クァイエが扉越しに声を掛ける。
「……入りなさい」
部屋の中から、ややひしゃがれた女性の声が返ってくる。
「失礼します」
室内に入るクアィエン。ジンもその後に続く。
部屋の中は重厚で落ち着いた棚や机で統一されている。
棚に収納されているのは、テイルの資料や歴史的価値のある書籍、又は貴重な魔鉱石やその他日常使いの事務用品など。
逆に、お偉いさんの部屋にありがちな勲章やトロフィーといった類の物は一切飾られていない。
そんな部屋の最奥の机に座り、こちらを見つめる初老の女性。
ウィステリア・テイルの最高責任者“グランドマスター・シエン"
世の中にはテイルの数だけグランドマスターが存在する訳だが、その中でも飛びぬけてやり手だと各界から一目置かれる人物だ。
彼女はこのテイルの最高責任者であると同時にオーナでもある。
全テイルの中でも最も長い歴史を誇るウィステリア・テイルの創設者、つまり早い話が一代でテイルという超巨大組織を立ち上げた業界の絶対的な権力者だ。
その御前に立つ人影がもう1人。
こちらは見た事のある顔だ。
マスター・カルーナ。
テイルの№1、№2のマスターがそろい踏み……。
あまり気乗りはしないが、突っ立っていてもしかたないのでその前まで歩みを進める。
広い部屋だけに扉から奥まで十数歩必要だが、その間シエンはジンの顔を見据え微動だにしない。
その表情は穏やかな微笑を称えているが、眼光は鋭く一切の隙がない。
数々の死線や局面を乗り越えて来た者が自然と発する威圧感。
さすがのクアィエンとカルーナもやや緊張しているように見える。
一瞬の静寂の後、シエンが口を開ける。
「マスター・ジン。悪いわね、急に呼び出して。テイルには多少慣れたかしら」
「えぇまぁ。とは言えどこも予約でいっぱいとかで、せっかくの施設も設備も使えず殆ど授業も出来ない状態ですが」
「おや? それはおかしいわね。生徒数に比べて施設は十分に用意しているつもりだったけど……一度見直しが必要かもしれないわね。貴重な意見をどうもありがとう」
「いえいえ」
そう言ってクアィエンに一瞥くれるジン。
苦虫を嚙み潰したよう顔で、クァイエンが会話に割って入る。
「……グランドマスター。お忙しい御身です。早々に本題へ」
「あぁ、ごめんなさいね。うちのツートップに余計な時間を使わせるわけにもいかないわね」
シエンが穏やかに微笑む。
……笑ってる時も、目の奥はだけは全く笑っていない。絶対に敵に回してはいけないタイプである。
「呼び出したのはね……そう、昨日の夕方のニュースは知ってるかしら。近郊の丘であった爆発及び火災のニュース」
「……えぇ。物騒なニュースですね」
「全くね。そこで原因解明のため我がテイルからも調査チームを派遣したの。で、調査チームの一員であるカルーナ・ファミリアの研究員が現場で妙な物を見つけたらしくてね」
そう言ってシエンはカルーナに目配せをする。
「はい。こちらです」
そう言ってカルーナは手に持っていた包みを机の上に置き、広げる。
中には粉々になった赤く透明な結晶が包まれていた。
「火の魔鉱石の破片です」
そう言ってカルーナは横目でジンの顔色を伺う。
ジンは無言のまま微動だにしない。
「続けて」
シエンに促されカルーナが話を続ける。
「この破片を解析したところ、魔兵器により、内包するマナを使い果たした魔鉱石に起こる崩壊現象に非常によく似た状態である事が分かりました。
物理的な衝撃でこのように砕ける事はまずありません。その事から、件の爆発に魔兵器及びこの魔鉱石が関わっている可能性が極めて高いと推測されます」
「ふん……」
シエンが静かに頷く。
それを確認し、カルーナがさらに続ける。
「そして、この破片を分析したところ……遺憾ながら我がテイルから支給される魔鉱石と97パーセントの精度で成分が一致する事が判明しました。
つまり、あの爆発は我がテイルの関係者によるものと考えて間違いないでしょう」
「ありがとう。そう言う訳なのよ……マスター・ジン、この件に関してあなたから何か意見を貰いたいのだけれど。なんでも良いわ」
そう言ってジンに視線を送るシエン。
優しい目だが、その輝きは鋭くクアィエンのそれを遥かに凌駕する迫力だ。
「……うちのテイルでは魔鉱石の管理は特に厳重だ。外部から侵入し秘密裏に持ち出す事は相当難しいだろうから、正式に支給された物を使用したと考えるのが妥当だろうな。
若しくはテイル内に協力者を持ち、関係者の犯行に見せかけたい何者かという可能性もあるか」
「しらばっくれるのもいい加減にせい!!」
傍観していたクアィエンが怒号を上げる。
「貴様のファミリアに貸し出されていた魔兵器と中継器がその周辺で見つかっとるのだ!! 街の者もめったに近づかんあんな場所で貴様ら何をしておった!!?」
あ、しまった。慌てて逃げてきてそのまま忘れてた……とは間違っても口にできない。
「……うちのホームはお宅らみたいに快適な環境とは程遠くてね。ボロボロで埃っぽいしいっそ外の方がいいんじゃないかってことであの辺りで野外授業してたんだよ」
「そして魔兵器の取り扱いを誤り、火災を起こしたと」
「おいおい、ニュースじゃ結構な規模の火災だって言ってたぜ。仮にそうだとして、あんな小型の魔兵器でそんな事になる訳ないだろ」
「風向きや条件が揃えば十分あり得る話だ!!」
「それはあくまで仮定の話だろ。他に物的証拠でもあるのか?」
「貴様……ここまできて見苦しいぞ!!!」
「――そこまでにしなさい」
シエンが2人の言い争いを静かに制する。
決して言い返すことのできないその雰囲気に押され、一礼した後クァイエンが一歩下がる。
「話は分かったわ。マスター・クァイエンとマスター・カルーナは戻りなさい。
マスター・ジン。あなたには他に聞きたいことがあるわ。残って」
「……かしこまりました」
そう言うとクァイエンとカルーナは深く一礼し、部屋を後にした。