k04-15 故郷を愛する者達
モルガとアスタがロレンツォ広場に到着すると、ウィステリア最大の広場は武装した人々で溢れかえらんばかりだった。
同じ"オーキュペティー"の上着を着た警察機構の隊員。
魔兵器や重装備に身を包んだ防衛軍の兵士。
装備や恰好がバラバラなのは貴族の私兵などから参戦した勇士達だろうか。
それに、緊張した面持ちで整列するテイルの若者達――
皆同じく"戦"を生業とする者達。
普段はお互いの都合や仕事の理由で衝突する事も多々ある面々。
だが、今日だけは様子が違う。
私兵に弾薬や回復薬を提供している警察機構の隊員が居れば、テイルの生徒に魔兵器の使い方を伝授している防衛軍の兵士も居る。
今此処に居るのは"ウィステリア防衛"という共通の目的を持って集まった同士達なのだ。
「諸君! 聞いてくれ!」
広場の中心にある噴水の前に立った壮年の男性が拡声器で呼びかける。
「防衛庁副長官のドラン・オー・フロックスだ。本作戦の総指揮を取らせて貰う!」
一斉に敬礼をする防衛軍一同。
警察機構の面々も自分達の敬礼のポーズで敬意を示す。
テイルの生徒達はどうしてよいか分からず顔を見合わせてオロオロしている。
「"大人"の諸君、楽にしてくれたまえ。テイルの若い皆さんが困っているではないか。……こんにちは、防衛庁の偉い人です。良かったら覚えて帰ってください」
冗談交じりにそう言うとテイルの生徒が整列する方に向かって笑顔を向ける。
所々から笑いが起き、場に張り詰めていた緊張が少し和らぐ。
「まずは、今日ここに集まってくれた諸君に感謝を述べさせてくれ! 年齢も所属も思想も何もかもが異なる寄り集めの集団だが、"ウィステリアを守りたい"という志は皆同じはずだ! 防衛庁副長官としてではなく、ウィステリアの一市民としてそんな皆に心からの感謝を!」
そう言って深々と頭を下げる。
その姿勢に、会場から拍手喝采が沸き起こる。
「いいじゃないか諸君! 普段からこれくらい仲良くしてくれれば私の心労も少しは減るのだが」
そう言うと"大人"達から失笑が起こる。
「……さて、冗談はここまでにして作戦の概要を説明する。心して聞いてくれ!」
会場が静まり返り、皆が彼の言葉を待つ。
「まずは状況の共有だ! 既に市民の6割はウィステリア・テイルへの退避が完了している。開戦までに9割は退避完了する予定ではいるが、移動が困難な老人や病人の避難がどうしても間に合わない想定だ。そちらは開戦後も引き続きテイルの支援を借りつつ状況を見て移送する」
此処に頷くテイルの生徒達。
ここに集まっているのは戦術魔鉱学科などの戦闘に特化した学部の生徒達だろう。
非戦闘系の学科の生徒達はテイルに残って市民のサポートに当たるという訳だ。
「続いて、こちらの戦力について! 官民合わせ3機のディシプリンシステムが既に最大出力で稼働している。ウィステリア所属の魔兵器はどのシステムの管轄下でも使用可能だ。所属に捕らわれず互いにフォローしながら存分に使用してくれ。弾薬や魔鉱石は、このロレンツォ広場を始め、街中の主要エリアを補給拠点として設営する! 街中から集められるだけの備品をかき集めている。遠慮せずどんどん使ってくれ。出し惜しみは無しだ! 会計は財務省の管轄だからな、あのドケチ共の事なぞ気にする必要は無い!」
会場の所々から拍手と笑いが起きる。
「さて、最後に作戦の概要だ。まず前衛として防衛軍、私兵団の魔兵器部隊を外門付近に展開する。接近する敵を少しでも多く迎撃してくれ。市内に入り込んだ敵は警察機構とテイルのマスター陣で協力し撃退。テイルの生徒諸君は負傷者や逃げ遅れた市民の救護、及び各戦闘エリア間の物資運搬を担当して貰いたい。戦闘は最小限に、もし敵と遭遇した場合も困難だと判断した場合は即座に撤退して貰って構わない」
直立不動で話を聞く防衛軍と警察機構の面々、各々頷く私兵達、他の生徒と小声で内容を確認し合うテイルの生徒達。
皆を一度見渡すと、一呼吸置いてドランが話を締めくくる。
「作戦の目標は、ウィステリア・テイルを最終防衛ラインとした日没までの籠城戦だ。明日の朝になれば同盟国の援軍が到着する! どうにか日没まで持ち堪えてくれ! では、行動開始!!」
―――
装備を整える第7支部の面々。
第7支部は作戦エリアの中央にあるここロレンツォ広場から前線側を担当する事になった。
装備を確認していると、テイルの制服を着た少女に話しかけられるアスタ。
「あの! 第7支部警邏隊の方々ですよね」
「え、あ、はい!」
黄色の髪を片側で束ねた、小柄で可愛らしい子だ。
街で見かけるテイルの制服に身を包んでいる。
「ウィステリア・テイルのカルーナ・ファミリアです! 同じエリアでの作戦になるそうで、よろしくお願いします!」
八重歯が印象的な人懐っこい笑顔でニッコリと笑うと手を差し出してくる。
「あ、よろしくお願いします。第7志う警邏隊のアスタといいます」
「エーリエです!」
アスタがその手を握り返すと力強く握手を交わす。
「カルーナファミリアっていうことは、優秀なんですね。……実は私も元テイルの生徒なんです」
「なんや! 先輩やったんですか! 何処のファミリアですか!?」
親近感を感じたのか、地方訛りの混ざった親し気な様子で嬉しそうに笑うエーリエ。
「え、えーと。そのマスター、数年前に事情があって離職されちゃったから知らないかも……」
「そうなんですか……」
そこにロックがやってくる。
「ほら、そろそろ持ち場へ向かうぞ! 俺らはエリアの前線寄り、テイルのお嬢さん達は中央から後方寄りだ。あ、もし俺がやられたら手厚く介抱してね」
そう言ってエーリエにニッコリと笑いかけるロック。
「ちょっとロックさん! 縁起でもないこと言わないでください」
「はは、はいこれ」
そう言ってロックが拳銃の弾丸が詰まったサイドパックをアスタへ渡す。
「もっと大きな銃も支給されてるけどホントにそれでいいの?」
「はい、使い慣れてるのが1番なんで!」
受け取ったサイドパックを腰に巻くアスタ。
「エーリエ! 私達も持ち場に向かうよ!」
他の生徒達がエーリエを呼びにくる。
「わかった! そな荷物持って行こか」
そう言って隣に置いてあった備品の山を次々と装備し始める。
「ね、ねぇ、エーリエ。さすがに持ちすぎだって! そんなの持ち上がる訳……」
「え? 何か言うた?」
不安そうな生徒の助言を余所目に、大量の荷物を担いでひょいと持ち上げるエーリエ。
その様子を見てギョッとするアスタ。
肩からクロスしてかけられたベルトには大量の投擲弾。背中に背負われた巨大なリュックはパンパンに膨れ上がっており、その側面には散弾銃とロケットランチャーがぶら下がっている。
「あ、あの。エーリエさん? そのリュックの中何入ってるんですか?」
「え? あぁ、全部魔鉱石ですよ。ウチら魔鉱兵は魔鉱石が生命線ですから」
目を真ん丸にして絶句するアスタに対し、ケロッと言ってのける小柄なエーリエ。
(あ、あれ全部で何キロあるんでしょうか。もはや小さな武器庫ですけど……。最近の子は逞しいんですね……)