k04-13 ウィステリアの最強戦力
「マスター・クァイェン!」
先を歩くクァイェンに小走りで追いつき、後ろから呼び止めるカルーナ。
「……何だ」
立ち止まる事なく、歩きながら答えるクァイェン。
「先程の話……どう思いますか」
「……ふん、"神"か何か知らんが、こちらに非が無いことさえ分かれば儂はそれで良い。後は降りかかる火の粉を払うのみよ」
誰も居ない明るい廊下を2人並んで歩く。
もう冬だというのに今日は本当に良い天気だ。
こんな穏やかなのに、数時間後にはここが戦場になるだなんて……カルーナにはにわかに信じられなかった。
「――この戦争、勝機はありますかね」
「……そう言った試算は貴様の方が得意だろう。どう思う?」
「先程の通達によると、敵方の兵数は800。少々多めの見積もりだとは思いますが、飛空艇の規模からしても概ね妥当な線でしょう。ディシプリンシステムが正常稼働している以上、敵方の魔兵器を心配する必要はありません。本来ならば魔兵器が使えるこちらの圧勝ですが――問題は敵方にエバー兵がどれ程の割合で編成されているかと言う事」
――1対10。
戦力を計算する際、一般兵の戦力を1とした場合、魔兵器を扱う"魔鉱兵"は10と試算するのが現在の常識となっている。
つまり魔鉱兵を相手にするには一般兵装の兵士10人が必要となる訳だ。
そして、戦闘データは多くないものの魔法を使いこなし近接戦闘にも慣れているエバージェリー兵は"魔鉱兵"と同等、若しくはそれ以上の戦力と言われる。
「ウィステリア側は、出動可能な全戦力を掻き集めるとして……防衛軍や協力的な貴族の私兵から、魔鉱兵を300。それに加えて警察機構の一般兵を1000。合わせて戦力としては4000。対して敵方はエバー兵と一般兵の割合次第で800〜8000」
「……エバー兵の割合が半数を上回るようならば厳しいと言う訳か」
「はい。……ですが、ウィステリアはこの試算に――テイルの戦力が加わります。我々マスター陣、戦術系の指導教員。それと……高等グレード以上の生徒600人」
「戦力換算としては……個々の練度に差がありすぎて未知だな」
「そうですね。雷帝マスター・クァイエンともなればお1人だけで100はあるでしょうし」
「ふん、儂よりスコアを稼げなかった若い者どもは全員減給するようグランド・マスターに提言しておくとするか」
「それは中々手厳しいですね」
そう言って少し困ったように笑うカルーナ。
「実際、テイルの戦力の中で儂と同等に動けるのは……貴様と、グランド・マスター、それとノーブルの娘くらいか」
「――それと、アイネ・ヴァン・アルストロメリア」
「……」
クァイエンが立ち止まり険しい表情を浮かべる。
「正式な記録が無いので何とも言えませんが、聞き及ぶ情報によれば今のウィステリア最強はあの子かもしれません」
黙ったままじっとカルーナの顔を見下すクァイエン。
そのまま何も言わずに再び歩き出す。
「ただ困った事に……ジン・ファミリアは数日前から実地遠征でウィステリアを離れています。直ぐに呼び戻した所で到着は開戦後でしょう」
「……ふん。あんな"大罪人"とその取り巻きなど要らんわ! 貴様もさっさと準備に取り掛かれ、それなりの期待はしておるぞ!」
そう言うとマントを翻し足早にその場を去って行く。
(……あのマスター・クァイエンが他人を当てにするなんて……それだけこの戦争、厳しいという事ね。私も覚悟をきめなきゃいけないわね)
カルーナも足早に自身のホームへと向かう。
―――
カルーナファミリア・ホーム。
グランド・マスターの元より戻ったカルーナが中に入ると、エーリエを含め4人の生徒達が揃い備品の点検などを行っていた。
――一時に比べると人数随分少なくなってしまったが、皆カルーナを心から尊敬している頼りになる生徒達だ。
「皆揃ってるわね!」
「マスター! お帰りなさい。で、何やったんですか?」
一斉に駆け寄って来る生徒達。先頭のエーリエが不安そうにカルーナに問いかける。
「状況はこの後分かった範囲で説明するわ。けど、もう直にグランド・マスターから全校通達が入るはずだから、その前に各自戦闘の準備を。出し惜しみ無しで使える物は全部持ちなさい!」
そう言うと、カルーナは部屋の奥にある鍵のかかった古いロッカーを開ける。
中にしまってあった剣や銃を取り出すと、それぞれ生徒達に手渡していく。
中には個人所有の魔兵器も含まれている。
どれもこれも既製品とは一線を画した高級品のようだ。
「え、マスター、これってマスターの大切なコレクションなんじゃ?」
「そうですよ。リベライルの後でお金に困ったときも、これだけは手放さなかったのに」
驚いた生徒達が不安そうにカルーナの顔を見る。
「……兵器は兵器。美術品じゃないもの、使ってナンボよ。少しでもあなた達の為になるなら本望よ」
そう言って優しく笑い返すカルーナ。
「……いったい、何が始まるんですか?」
いつもは明るいエーリエも、ただならぬ雰囲気を察したのかずっと不安顔のまま。
「――戦争よ」
「え……」
声を失う生徒一同。
(……それはそうよね。いくら遠征や講義で見聞きしてきたとは言え、ウィステリアは長い間戦火とは無縁だった。この子達にとっては戦争なんて遠い昔の話……いきなり実践だなんて)
顔には出さないものの、心の中で重いため息をつくカルーナだった。