k04-11 動き出す人々
丁度同じ頃、ウィステリアテイルでは――
「はーしんど! マスター、そろそろお昼にしませんか?」
「そうね。ごめんねエーリエ、手伝わせちゃって」
エーリエとマスター・カルーナが書類整理に追われていた。
「全然ええですよ! ほな、うちお茶入れてきますね」
そう言って給湯室に向かうエーリエ。
サビの浮いた古臭い蛇口を捻り、ヤカンに水を注ぐと今では珍しいガス式のコンロで火にかける。
以前の、最新設備が揃っていて綺麗で整然と片付いた明るいホームとは大違い。
ここは以前ジン達が使っていた廃校舎のホーム。
ジン・ファミリアに嫌がらせをするために取り壊しが決まったが、その主人を失った今、急いで取り壊す必要もなく再び放置されていたのを、カルーナが借り受けたのだ。
実践演習場での事故、リベライルでの醜態と致命的な失態続きのカルーナ。
懇意にしてくれていたスポンサーや学会の仲間達はおろか、最大時には50人近く居たファミリアの生徒も今ではエーリエ含め5人だけになってしまった。
それに伴い予算も大幅カット。
前に使っていた大きな部屋は他のファミリアに譲渡し、経費節約も兼ねここに引っ越してきたのだった。
エーリエが温かいお茶を持ってくる。
「どうぞ」
「ありがとう」
お茶を受け取ると、窓際に立ちヒビの入った窓ガラスから外を眺めるカルーナ。
この季節にしては暖かくいい天気だが、こんな学園の端では表を歩く生徒の影も無い。
「ふぅ……」
お茶を飲んでほっこりとため息を吐くエーリエ。
「ふふ、最近退屈そうね。いつもの2人は?」
「あ、アイネ達ですか? なんかまた実地遠征だとかで何日か前から留守なんですよ。ほんまズルいわぁ〜」
「今じゃテイル一と言っても過言じゃない人気ファミリアだものね。表沙汰にはなってないとは言え色んな企業や組織が目を付けてるんでしょ。優秀な生徒も揃ってるしね」
遠い目をして、何だか少し嬉しそうにお茶を啜るカルーナ。
穏やかな時間が過ぎる中――突如として校内放送が鳴り響く。
「生徒諸君に伝達、生徒諸君に伝達! 全生徒は速やか行動を中断し、各自所定の集合場所へ急行せよ! その後は指示のあるまで待機。この指示は最優先事項とする」
いつもの呼び出しや案内の放送とは違い、緊急事態を告げるサイレンが放送に続きて響き渡る。
「え!? なんやなんや? 今日避難訓練か何かでしたっけ?」
「いえ、そんな予定は無かったはずだけど」
慌てるエーリエと、手帳を確認するカルーナ。
丁度その時、カルーナの端末が着信を告げる。
「はい。……えぇ、ホームに居ますけど。今からですか?……承知しました。直ぐに向かいます」
短く会話を済ませると、難しい顔で端末を仕舞うカルーナ。
「何かあったんですか?」
「分からないけど……緊急招集ですって。行ってくるわ。エーリエ、他の生徒達が戻ってきたらホームで待機。念のため回復薬や防具類の確認をしておいて」
「了解です! ――マスター、お気をつけて!」
さっきまでののほほんとした雰囲気とは打って変わり、凛々しい表情でカルーナを見送るエーリエ。
その姿を見て嬉しそうに一度微笑むと、カルーナはホームを後にした。
―――
グランドマスタールーム。
カルーナが到着すると、室内にはグランドマスターはまだ居らず、クァイエンの他数名のマスター達だけが顔を揃えていた。
皆マスターの中でもランキング上位に顔を連ねる有力マスターばかりだ。
部屋の真ん中にある重厚な長テーブルを囲い一同が顔を合わせる。
「は? 何故マスター・カルーナがこの場に?」
「おいおい、誰だ呼んだのは? ランキング上位のマスターのみの招集の筈だが!?」
集まったマスターのうち数人が不満を漏らす。
「煩いぞ、黙れ! 緊急事態によりくだらん格付や肩書など問わず優秀なマスターを選抜して召集されている」
クァイェンがその場を一括する。
さすがにテイル随一の有力者にそう言われると誰も言い返すことは出来ず、皆目線を逸らして黙り込む。
丁度その時、グランドマスター・シエンが秘書と思われる若い女性を1人連れて室内に入ってくる。
起立する一同。
「お疲れ様。座ってちょうだい。――さっそくだけど事態を説明するわね。あまり時間も無い訳だし」
シエンに目くばせされ、秘書が説明を始める。
「本日11:25、南外門付近外周を巡回していた警察機構の隊員が不審な集団と遭遇。職務質問を実施したところ、激しい抵抗に遭ったため一時撤退を余儀なくされました」
「おいおい、何やってんだよ警察は」
「たかだか不審者の集団に追い返されるとは……情けない」
「そんなものさっさと自分達で尻拭いさせるなり、防衛庁から魔鉱兵を貸し出すなりして鎮圧させればいいだろう」
それぞれに不満を口にするマスター達。
「……続けろ。まさかそれだけの事で緊急招集をかけた訳でもあるまい」
クァイエンが口を開くと皆が一斉に黙る。
そんなクァイエンをじっと見つめて秘書の女性が言葉を返す。
「はい、その通りです。問題はその集団の戦術。遭遇した警邏隊員の証言によると――"魔兵器によく似た攻撃だった"との事です」
――!!
さっきまで不平不満を述べていた一同の顔色が一斉に変わる。
「どう言う事だ!? 何故魔兵器が!? ――まさか、先のハイドレンジアのようにディシプリンシステムの乗っ取りか!?」
「いえ、即座に確認しましたが我がテイルのサーバーに異常は見られませんでした。後に省庁と民間とも情報共有しましたが、どこもシステムは正常稼働しているということです」
「ならば何故――!?」
そこでようやくシエンが口を開く。
「魔兵器と同じような攻撃。それでいてディシプリンシステムを必要としない。そうなったら考え得る可能性は1つしかないでしょう。……つまり、本物の魔法よ」
会場が再びざわつく。
丁度その時、部屋のドアが開け放たれ慌てた様子の女性が駆け込んできた。
一斉に振り向くマスター陣に一礼すると、シエンの元まで駆け寄り何やら耳打ちをする。
黙ったままそれを聞き終わると片手を上げ下がるように伝えるシエン。
彼女が部屋を後にしたのを見計らい、おもむろに立ち上がると面々を見渡し言い放つ。
「たった今、南門付近の空に"飛空艇"の姿が確認されたわ。数は大型が2,中型が4。光学偽装を施した上で接近した物と思われる」
「バ、バカな!? 飛空艇だと!?」
「しかもそんな大群がどうしてウィステリアに!?」
慌てふためくマスター達。
そんな中、クァイエンとカルーナだけがただじっと静かにシエンの顔を見つめていた。
シエンもそんな2人を順に見渡すと、一息ついた後に宣言する。
「敵戦力はエバージェリー、及びエバーキプロ共益協会と断定。推定兵数はおよそ800。これを脅威と見なし、ウィステリアは現時刻を持って戦争状態へと移行する!!」