k04-06 気まずい歓迎会
「はー、なんだってお偉いさん達あんな若い女の子寄越したんだろ。そりゃローズちゃんが来てから職場の雰囲気もかなり良くなったけどさぁ。ローズちゃんは特別。普通はあの頑固者の隊長と馴染める若い子居ないって」
椅子の背もたれに寄りかかり、ロックが大きく項垂れる。
その様子を見てローズも仕事の手を止める。
「すいません、私も隊長にはそれとなく進言したのですが……」
「しかもウィステリア・テイルの戦術魔鉱学科でしょ? 今テイルの知り合いに頼んで調べて貰ってるけど、どう考えても“例の事件”と無関係とは……」
――その時、忘れ物でもしたのかアスタが急にドアを開けて入ってくる。
慌てて端末に向き直り、めちゃくちゃ忙しそうにタッチパネルを操作する2人。
そんな2人には目もくれず、書類を1枚取ると無言で再び部屋から出て行った。
「「……はぁ」」
2人が同時に吐き出したため息を、グルグルと規則正しく回るリーリングファンが室内に散らしていく。
―――
その日は大きな事件もなく、昼過ぎには現場から戻った隊長も含め4人でオフィスにこもって事務処理。
笑い声どころか、業務上必要最小限の会話しか聞こえてこない殺伐とした職場。
ロックとローズにしては正に地獄。
日が暮れる頃……
「……今日は早めに上がる。後は任せた」
そう言ってモルガが席を立つ。
ロッカーからコートを取り出すと、傍に抱えてさっさとオフィスを出て行く。
「お疲れ様です」
「おつかれさまーっス」
隊長に声を掛けるローズとロック。
アスタは……挨拶すらしない。
……
顔を見合わせるローズとロック。
ため息混じりに小さく首を振ると、ローズがアスタに話しかける。
「ちょっといい、アスタさん。あなたの気持ちも分かるけど、隊長にも隊長なりの……」
その時、勢いよくオフィスのドアが開かれ、ズカズカと豪快な様子でクダンとが入ってきた!
今日は非番だったのか、私服だ。
その後ろから、開け放たれたドアをそっと閉めながらスーツ姿のクォーツも入ってくる。
「よー、嬢ちゃん! さっそく隊長と一戦やらかしたんだってな!!」
そう言ってアスタの肩をバンバンと叩く。
強めのスキンシップに少し顔を歪め、ペコリと頭を下げると椅子から立ち上がる。
「お疲れ様です。私、業務が片付いたので帰りますね。皆さんもお疲れ様でした」
「おぃ、待て待て!」
ロッカーに荷物を取りに行こうとするアスタを呼び止めるクダン。
「……何だ、お前らもしかしてまだ言ってなかったのか!?」
ロックとローズの顔を交互に見る。
「……だから! 今日はそんな感じじゃないって連絡したっしょ!」
そう言って頭をかくロック。
ローズも同じく困り顔で、額に手を当てて頭を振る。
「……何でしょうか?」
クダンに呼び止められロッカーの手前で立ち止まっていたアスタが怪訝な顔で一同を見る。
「歓迎会! 嬢ちゃんの歓迎会しようって話してたんだ! 今から行くぞ!」
「……え、でも私明日も朝から仕事なので」
「いいから! 仕事なんざんなもん出社さえすれば机で寝てりゃいいんだよ! 店ももう予約してあんだ、ほれ急いだ急いだ!!」
「ち、ちょっと!」
アスタの腕を掴んで無理矢理連行して行くクダン。
呆気に取られて立ち尽くすロックとローズの肩を、後ろからポンと叩くクォーツ。
「……頼んだぞ」
そう言って静かに笑う。
「「はぁー」」
今日何度目かの深いため息を同時に漏らし、2人も荷物を纏めると重い足取りでオフィスを出て行った。
―――
ウィステリアの観光地から少し離れた路地にある小洒落た小さな店。
“居酒屋”とはうたっているが、外観も内装も中々子綺麗にまとめられておりカフェやレストランでも通用するんじゃないかと思うほど。
ローズが来るまではもっと寂れた感じの居酒屋で飲む事が多かったが、ここでローズの歓迎会をして以来、1軒目はこの店で飲む事が定番となっていた。
「中々いい店だろ。俺みたいなジジイは1人じゃ入り難いが、飯は美味いし値段も手頃。通りから離れてるから観光客で混み合う事も無ぇし中々の穴場なんだぜ」
そう言ってクダンがアスタのグラスに飲み物を注ぐ。
細かく泡立った黄金色の液体だが、ビールではなくアップルサイダーだ。
街の警察のような役割も果たす警備隊が未成年に飲酒を勧める訳にはいかない。その辺はしっかりしているらしい。
魚介のカルパッチョや、チーズの盛り合わせ、アヒージョなど美味しそうな料理が次々に運ばれてくる。
洒落たメニューが多いのかと思いきや、クダンの前には唐揚げや珍味といった居酒屋らしい定番の料理も並ぶ。
メニューの幅は相当広いらしい。
「じゃ、嬢ちゃんの入隊を祝って、カンパーイ!!」
クダンの合図で一斉に乾杯の唱和。
主役が一言も喋らないわけにもいかず、渋々ながら場の空気に合わせるアスタ。
最初は気不味そうに様子を伺っていたロックとローズも、お酒が進むに連れて徐々に調子が出てきたようだ。
賑やかな店内の雰囲気とも相まり、側から見れば和気藹々とした歓迎会だ。
しかし、アスタの笑顔はずっと何処かぎこちないままだった。