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k04-04 アスタの初陣

突進してくる犯人をじっと見据えていたアスタ。

慌てる様子もなく刃物の位置をしっかり目で追い、突撃が届く直前で身体を捻るようにして攻撃の線状から華麗に逃げる。


その無駄の無い動きについて行けず、倒れ込むように大きく体制を崩す犯人。


アスタはそのまま片腕で犯人の効き手を抱き込むように掴むと、捻りつつ締め上げる。


「い、痛い! いたたたいたいって!!」


思わず刃物を放り出し地面に倒れ込む犯人。

そのままうつ伏せに抑え込むと、馬乗りになり腕を背中に回して締め上げる。


そこへモルガも駆けつけてくる。


「隊長! 手錠を!」


アスタに言われ、犯人に手錠をかけるモルガ。


……


「――すげー!!」

「やるーー!」

「あのお姉ちゃんカッコいい!!」

「凄いわねぇ」


静まり返っていた周囲の人々から拍手と歓声が沸き起こる。


「え、え?」


犯人確保に必死で全然気付かなかったが、落ち着いて当たりを見渡してみて人々の注目の的になっていると気付く。

急に恥ずかしくなって下を向いて赤面するアスタ。



そこに、警察の上着を着た男性が数人駆け寄ってきた。

モルガとアスタに敬礼をする男性たち。


「第5支部です。こちらの管轄なのであとはこちらで」


「第7支部のモルガだ。後は頼む」


「――第7支部の! お会い出来て光栄です!」


そう言って改めて敬礼し直す若い隊員。

しかしモルガはどこか浮かない顔のまま、犯人を引き渡すと黙って立ち上がる。


「おい、帰るぞ」


素っ気ないその態度に釈然としないアスタ。


「は、はい……」


(仕事ですから、褒めて……欲しいとまでは言いませんが、せめて一言労いの言葉くらい頂いても……)


そう思いながらも、無言のモルガの背中を追い支部へ帰る。



―――



建物を揺らすかのような大きな音が第7支部の社屋内に響き渡る。


支部の奥にある稽古場。

モルガの背負い投げを受け、モロに背中から床に叩きつけられたアスタが思わず咳き込む。


「ゴホッ、ゴホッ」


「……もう一度!」


倒れ込むアスタを見下し睨みつけるモルガ。


アスタはどうにか立ち上がると、シャツの袖で額の汗を拭い床に落としたロッドを拾い上げモルガに飛び掛かる。

対するモルガは素手だ。


剣道三倍段……武器を持っている相手に素手で勝つには実力に3倍程の差が必要と一説には言われるが……。


モルガは糸も容易くアスタのロッドを蹴り飛ばすと、そのまま足払いで体制を崩しにかかる。

体格も経験も雲泥の差。なす術もなく再び投げ飛ばされるアスタ。


また背中を打って大きく咳き込む。



「……もう一度!」


ガクガクと震えながらどうにか上体を起こすが、それ以上立ち上がれないアスタ。


「……聞こえなかったのか? もう一度だ」


冷め切った目でアスタを見下すモルガ。

その態度についにアスタがキレる。


「……何なんですか!? 帰ってくるなり有無も言わさず稽古だって!? こんなの稽古なんかじゃないです! それこそただのパワハラですよ!」


「パワハラ結構。人事部にでも訴えてみろ。言っとくが、うちはお前みたいな小娘を庇って俺を切れる程人的余裕は無い。訴えた所で無駄だぞ。嫌なら辞めろ。今ならこっちも教育の手間は最小限で済む」


冷たく言い放つモルガ。


「――何が、何がそんなに気に食わないって言うんですか!?」


声を荒げるアスタは、両目に涙を浮かべてそれがこぼれ落ちないようにギリギリ我慢している。


「……たまに居るんだよ。テイルの優等生か何か知らんが、学生気分のまま中途半端な覚悟で現場で無茶しやがる阿呆がな! いいか、お前らのやって来た事は所詮ただの“勉強”だ。実際の戦場は訳が違う! 勘違いも程々にしておけよ!」


口早に勢いよく怒鳴りつけると、息を整えて静かに言い放つ。


「……お前は暫く事務処理だ。外での任務は禁ずる」


そう言うとベンチに掛けてあった上着を取り道場を出て行くモルガ。


その後ろ姿をじっと睨みつけるアスタ。

そして、彼の見えなくなると……ドサっと仰向けで床に倒れ込み、両腕で顔を隠したまま声を堪えて泣いた。



―――



翌日、朝。


オフィスには隊長、アスタ、それにロックとローズが出勤している。


何も言わずに机で書類に向かうアスタ。

昨日の稽古で擦りむいたのか、顔に絆創膏を貼っている。


「……現場行ってくる」


不機嫌そうにそう一言だけ残し、上着を肩に担ぐと足早に出て行くモルガ。


「行ってらっしゃーい……」

「お気をつけて」


見送るロックとローズ。


モルガの姿が見えなくなったのを確認した途端、ロックがゴブリンのごときすばしっこさでローズのデスクに駆け寄る。


「ね、何があったの? 昨日まであんなに中良さそうだったのに!?」


小声で囁くロックだったが、静まり返ったそう広くはない室内ではどうしてもアスタに聴こえる。


机の下で思いっきりロックのスネを蹴るローズ。


「――んっー!!」


声にならない悲鳴を上げて、片足を引きずりながら自分のデスクに帰るロック。


ローズは何事も無かったかのように卓上の端末を操作し始める。


そんなやり取りには一切目もくれず、淡々と事務処理を続けるアスタ。



その後ろ姿を見て、ロックは小さくため息をつく。


――ピコン


ロックの端末が着信を告げる。

メールの受信だ。


メールアプリを開くと、ローズからのメール。


『現場で隊長の指示を無視して単独で犯人確保したらしいですよ』


端末の画面越しにローズを見るが、そんなロックの事は無視して書類整理を続けるローズ。


端末に目を戻すとロックが返信メールを打つ。


『昨日のひったくり? お手柄じゃん』


今度はローズの端末から着信音が聞こえ、暫くしてまたローズからメールが送られてくる。


『そんな訳ないじゃないですか。犯人、刃物持ってたそうです。それで隊長怒ってアスタさんの事稽古場でボコボコにしたって。受付の子達が珍しく隊長の事非難してましたから、相当だったんだと思いますよ』


「成る程ねぇ……」


ロックがそう呟き、メールの返信を書こうとしていると、アスタが急に席から立ち上がりツカツカとロックのデスクの前にやってくる。


昨日までの人懐っこい笑顔からは想像も出来ない無表情。

そんな顔で見下ろされ、慌てて椅子からころげおちそうになるロック。


「ご、ごめん、うるさかった!?」


引き攣った顔で上体を逸らせながらどうにか聞き返す。


「経費精算の書類ってどこに提出すればいいですか」


ロボットの合成音声のように感情のこもっていない声。目も完全に死んでいる。

見ると手に書類の束を持っている。


「し、庶務課の経理係。1階、降りてすぐ左、その右奥」


思わずカタコトで応対する。


「ありがとうございます」


そう言うと音もなく部屋から出て行く。


アスタの後ろ姿が見えなくなったのを確認し、ロックとローズは揃って大きなため息を吐く。

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