k04-03 懐かしい制服
――数日後。
その日もウィステリアの空は快晴。
この時期のウィステリアは、寒さこそ厳しいものの、空気は綺麗に澄み渡り晴れた日には白く雪化粧した遠くの山々まで見事に見渡す事が出来る。
巨大な湖で取れる新鮮な魚もこの時期が脂が乗って1番美味い。
そんな訳で、夏は避暑地、冬は美食の街としてウィステリアの観光客は年中絶える事がない。
そんな冬の日のお昼前、アスタとモルガは少し前から相次いでいる不審者情報の調査に出ていた。
何でも、ここ最近街の住人や観光客が事故や事件に巻き込まれそうになると、黒い猫を摸したコスチュームに身を包んだ少女が現れて助けてくれる、というのだ。
警邏隊の新しい隊員かという問い合わせが相次いだもので、一応不審者として登録された。
新手の詐欺か何かかと疑ったが、特に金品や謝礼を強要されたという話しもなく、むしろ彼女に是非例を言いたいという相談ばかりだ。
突然現れた謎のヒーローに市民の関心が徐々に集まりつつあるが、もし一般市民が警察の真似事をして活動しているとなると、いずれ事件にでも巻き込まれかねない。
警察としては、とりあえずその正体は抑えておきたいと言う上の判断で、密かに調査を進める事になった。
「黒猫の格好をしたヒーローですか……本当にいるのでしょうか?」
「胡散臭い限りだがな。しかし目撃証言も少なくないし、その内容も整合性が取れていて信憑性も高い。あながちただの都市伝説とも言えんかもしれんな」
そんな事を話しながら街中を歩く2人。
今日は第7支部のあるセントラルステーション付近から離れ、観光客が多く立ち寄る有名な広場の周辺までやってきた。
観光シーズンど真ん中からは外れているが、もうじき始まるウィステリアの一大イベント“迎雪祭”を控え、準備に忙しい街の人々も行き交い大いに賑わっている。
賑やかな広場を横切るように歩いていると――
「キャーー!!」
賑やかな広場ににつかわしくない、若い女性の悲鳴が聞こえてきた!
「――! アスタ、行くぞ!」
「はっ、はい!」
すぐさま駆け出す2人!
声のした方へ向かってみると、現場はそう遠くなかった。
人の輪が出来ていてすぐに分かる。
その中心で若い女性が倒れ込んでいた。
慌てて駆け寄り様子を伺うモルガ。
「警邏隊だ! 大丈夫か!?」
「き、急に男の人がぶつかってきて、私の鞄を……」
そう言って震える手で彼女が指差す先には、女物の鞄を持って走り去る細身の男が!
器用に人の波を避けてそそくさと広場から姿を消す。
「クソ! 待ちやがれ!」
モルガが大声を上げるが、当然犯人が止まる訳もない。
「任せてください!」
そう言って勢いよく駆け出すアスタ!
犯人に引けず劣らずの身のこなしでその後を追う。
「あ、おい待て!!」
慌てて後を追おうとモルガも立ち上がるが、転倒した際にどこか打ったのか倒れていた女性が苦痛の表示を浮かべている。
「――っ!」
焦る心を落ち着かせ、懐から無線機を取り出す。
「こちら第7支部警邏隊モルガ! ロレンツォ噴水広場で強盗事件発生。女性1人が負傷、付近の警邏隊員と救急隊は応援を頼む!」
『……了解! 5分で現場に向かいます』
無線の応答を受けると、付近に居たサラリーマン風の男性に声をかける。
「おい、あんた! 救急隊が来るまでこの人を頼む!」
「ぼ、僕ですか? わ、分かりました!」
モルガに代わって女性の側に座り込み、優しく声を掛ける男性。
なかなかのイケメンだ。
「大丈夫ですか!? すぐに救急隊が来ますから」
「は、はい……」
落ち着いた様子の男性と、彼の目をしっかりと見つめる女性。
(ん、何か女性の顔がさっきより赤くなった気がするが……まぁ意識はしっかりしとるようだから大丈夫だろう)
場の安全を確認し、モルガも急いでアスタの後を追う。
―――
「キャ!」
「うわっ!! 何だ!?」
人混みを押し避けてどんどんと逃げるひったくり犯。
素人とは与えない身のこなし。
おそらく元傭兵か何かかもしれない。
けれどもアスタも警邏隊員としては新人とは言え、テイルや警察学校の訓練校で修練を積んだその道のプロ。
あっという間に犯人との距離を詰めていく。
路地の一角に追い詰められる犯人。
「く、来るな!」
建物の壁を背にし、逃げられないと分かると……懐から鋭く光る刃物を取り出して両手で構える。
「キャーー!!」
「何あれ、ヤバくない!?」
「え!? なに、あれ本物!?」
半ば錯乱状態の犯人を見て、周囲の人々も一気にパニックになる。
犯人まで数メートルの位置で止まり、周囲の人々の様子を伺うアスタ。
(……まずいですね。早く取り押さえないと市民の皆さんを巻き込んでしまう可能性が……)
ゆっくりと、慎重に犯人との距離を少しずつ詰める。
「おい! 来るなって言ってんだろ!! マジで刺し殺すぞっ!!」
刃物を振り回して威嚇する犯人。
刃渡り30センチ程のライバルナイフ。
とても一般人が持ち歩くような代物ではない。やはり元傭兵だろう。
アスタが慎重に距離を詰めながら犯人の隙を伺っていると、少し遅れてモルガも追いついてきた。
通りを挟んだ向こう側から、アスタと犯人の様子を見て一気に焦りの表情を浮かべるモルガ。
「アスタ! 待て!!」
大声で叫び、慌てて駆けつけようとするが逃げ惑う人々に阻まれて中々前に進めない。
一瞬モルガの方を振り返るアスタ。
めざとくその隙を見つけ、逃走を図ろうとする犯人だが、アスタがいち早く察知し退路に回り込む!
「隊長、大丈夫です! 私に任せて下さい!」
そう言って格闘戦の構えを取る。
「――バカ! やめろ!!」
モルガが大声で叫ぶ。
その声に後押しされたかのように、もう逃げられないと観念したのか、刃物を腰だめに構えてアスタに襲い掛かる犯人!
やっと人混みから抜けたモルガが全速力で駆けつけるが、それよりも早く犯人の刃物がアスタの腹部目掛けて突き出される――