k04-02 警邏課のお仕事
「あー……っと、"アスタ・シャロン・サージェント、19歳。ウィステリア・テイル戦術魔鉱学科のグレード11までを修学……」
「えっ!! テイルの戦術魔鉱学科ったらエリートじゃん!」
ロックと呼ばれた若い男性が、憧れの眼差しでアスタの顔をグイっと覗き込む。
(え、え? これは褒められてる……それとも嫌味でしょうか!?)
アスタが反応に困っていると、隊長が助け舟を出す。
「あーもう、朝からうっせえなぁ! さっさと日勤への申し送りまとめて帰れ」
席に座ったまま、シッシと野良猫でも追っ払うような仕草をロックに向ける。
意にも介さない様子で、隊長に背を向けアスタにだけ見えるようペロリと舌を出して見せながら席に帰っていく。
その後ろ姿に慌てて声を掛けるアスタ。
「あ、あの。修学と言っても中退ですが……」
「構わんさ。学歴なんて現場では何の役にもたたん。実戦で活躍してくれるなら初等グレード中退でも大歓迎だ」
そう言いながらペラペラと書類をめくる隊長。
「テイル中退後、警察学校に編入。入試の適性検査の結果は……へぇ、近接戦闘822点、射撃精度845点。へぇ、中々やるじゃないか」
「中々なんてもんじゃないですよ。適性検査では過去2番目の高記録です」
黙々と書類を纏めていた赤髪の男性が、書類から目を離さないまま告げる。
「はー、成程な。そんで編入から半年ぽっちで現場配置って訳か。まぁ確かに優秀な奴を寄越せとは言ったが……」
そこまで言って書類から目を放しアスタをじっと見る隊長。
数多くの死線を潜り抜けてきた歴戦の戦士のような鋭い目で見つめられ、思わずたじろぐアスタ。
「まぁいい。……隊長のモルガだ。そっちの赤髪がクォーツ、そこの煩いのがロックだ。他にも何人か居るが追々紹介する」
隊長から順に目配せされ、席から立ち上がり一礼するクォーツと、椅子の背もたれに寄り掛かりながらヒラヒラと手を振るロック。
「よろしくお願いします!」
改めて深々とお辞儀をするアスタ。
(良かった……皆さん良い人そう)
「そんじゃ……さっそくだが、先日起きた空き巣事件の聞き込みに行くぞ。ついて来い新人」
「え、え!? いきなりですか!? というか、聞き込みとかも行くんですか!?」
「そうだ。警邏ったって年中街中見周ってるだけじゃないぞ。事件の調査から迷子の操作まで何だってやる。 机とホワイトボードで説明して聞き込みや道案内が上手くなる方法があるなら俺も是非知りたいがうちはそんな暇も人員も無い。見て覚えろ」
そう言って椅子に掛けてあったアウターを羽織る。
(あ、あの上着。街中で警察の人達がいつも着てるやつ……)
少し紺色に近い黒のブルゾン。背中にはウィステリアの守護鳥である"オーキュペティー"を模った警察機構の紋章があしらわれている。
ウィステリアの男の子ならだれもが一度は憧れるアイテムだ。
「クォーツ、こいつのは?」
「届いてますよ」
隊長に言われ、備品がパンパンに詰まった段ボール箱から綺麗に折り畳まれてナイロン袋に包まれた上着を取り出す。
「デスクの準備とかは俺がやっておくから。行ってこい」
「あ、ありがとうございます!」
(クォーツさん、見た目からして恐い方かと思いましたが……意外と優しい人なんですね)
袋から取り出した上着に袖を通す。
サイズが大きいのか、私が小さいのか袖が少し余る。
軽く腕まくりをして、胸元のファスナーを閉める。
「お! 中々似合うじゃん! いってらっしゃい!」
そう言って楽しそうに手を振るロック。
「いってきます!」
元気に挨拶をすると、黙って出て行く隊長に続きアスタもオフィスを後にした。
―――
出勤や通学の時間が近くになり、セントラルステーション前は一気に人通りが増えて来た。
そんな駅前を離れ、民家が立ち並ぶエリアへと入っていくモルガとアスタ。
……
「――だからね、私は最初から怪しいと思ってたのよ!! だってこの辺じゃ全然見ない顔だもん! それにね、こないだなんか似たような男が変なローブを着てこの辺をウロウロしてたのよ! その時も私の勘がピーンと来てね! それで窓からじっと見てたんだけどね、そしたらどうなったと思う!? その男がね――」
民家の軒先で、ホウキを片手に持ったおばちゃんのマシンガントークをウンウンと聞きながら一生懸命にメモを取るアスタ。
肝心のモルガは……先陣を切って声を掛けはしたが、早々に切り上げて離れた所にあるベンチに座ってガムを噛んでいる。
「――モ、モルガさん!? 聞き込みのお手本見せて下さるんじゃなかったんですか!?」
やっとの事でおばちゃんから解放され戻って来たアスタが、小声でモルガに詰め寄る。
「ん……あぁ。……習うより慣れろだ。それに相手が女性の場合、こちらも若い女の方が色々と話してくれるもんなんだよ」
(ほ、本当でしょうか……? 途中で面倒くさくなっただけのように見えましたが……)
「さて、そんじゃ次行くぞ」
たっぷりと休憩を取ったモルガがおもむろにベンチから立ち上がる。
「あの、どうして魔鉱機を使ったマナの追尾調査をしないのですか? 聞き込みのような不確かな情報捜査よりも余程精度が高く時間も短く済むと思うのですが」
「……あのな、照明やら暖房に使うような魔鉱機と違って、捜査に使うような高度な機器は専用のスタッフが要る。テイルに居たなら知ってるだろ? テイル卒の優秀なスタッフさん方は、お偉いさんの警護や外交、マモノ絡みの対応で大忙しだ。一般市民を狙った空き巣なんかの調査に来るような時間はねぇよ」
「そんな……確かに事件の規模としては小さいかもしれませんが、被害に遭われた方はとても困っているはずです!」
「んな事ぁ知ってるよ! だからこうして俺たち警邏課が、少ない人材となけなしの装備でどうにか対応してんだろ」
「そう……ですね。すいません、余計な事を言ってしまいました」
「……まぁ、あっちはあっちで色々大変な事もあるだろうからな。お互いに棲み分けってやつだ。……分かったなら行くぞ」
「はい!」