k03-44 天才
『何だか勝手に盛り上がっている所すまんが、お前達はこの街はおろかこの研究所を出る事も叶わんよ。まぁ、私に絶対服従の兵器として改造が終わればその限りでも無いかもしれんが。さぁ、そのためにも大人しくこっちにおいで』
スピーカーごしに嫌らしい笑い声を上げるゲルニカ。
目の前にまで迫ったライドアーマーが、私達を捕まえるためにしゃがみ込む。
――よし、これなら届く!
素早く上着を脱ぐと、カメラだと思われるコクピット付近の球体に向かって思いっきり投げつける!
『な!? 無駄な足掻きを!!』
突然視界を奪われて、ジタバタと後退るライドアーマー。
手に掴んでいたアイネを投げ捨てて慌てて上着を外そうとする。
けれど、戦闘用の大きな腕部では細かな動きが出来ず中々取れない。
その隙に解放されたアイネが私達の方へ走り寄ってくる。
「大丈夫!?」
「う、うん! 何とか。けど、あれどうしよう!? 私もうマナ切れだし……」
「問題無いわ。私達に任せて! 私とノエルにかかれば、こんな奴一撃よ! ね、ノエル」
そう言ってノエルを見る。
大きく頷くノエル。
――さっきノエルのマナを感じて分かった。
今のノエルは、戦闘能力を大幅に抑えた状態。
マナの消費を抑えるために、身を守る必要最低限の機能以外の思考や戦闘機能なんかは極力抑えてるのね。
きっと思考や精神ってのはマナを大量に消費するんだわ。頭を使うと疲れるのと一緒かしら?
スリープモード? とか言う状態のまま無理矢理起こされたもんだから、記憶や戦闘用の機能が正常に動いてないんだと思う。
多分、ノエルがいつもぼんやりしてるのもそのせい。
だから、考えるのは私に任せて。
ぎゅっとノエルの手を取る。
「いい、ノエル。私を信じて。私の呼吸に合わせてマナの動きを制御してみて」
「……わかった。やってみる」
一緒に目を閉じて、呼吸を揃える。
さっき気絶してた時とは違って、ノエルの中を巡るマナがはっきりと読み取れる。
――何これ!?
とんでもない量のマナ。
魔鉱石とは次元が違う。
こんなに豊潤な量があり得るとすると、これまで組み立ててきた色んな公式を考え直さないとダメね。
今までマナの理論的な上限値とかを考えて避けてきた道を、一気にショートカットで結ぶような感覚。
今まで思いつかなかったような新しい公式が次々に閃いてきて思考が追いつかない!
正直、楽しすぎて何時間でもこうしてたいくらい。思わず口元が緩む。
でも、今はそれどころじゃないわね。
思い付いた中から、確実性が高そうなものを幾つかピックアップ。
状況に合わせて組み立てて……よし!
――あんなオモチャ、鉄屑にするだけならこれくらいで充分!
「行くよ、ノエル!」
私の合図で、2人揃って目を開ける。
私の誘導に続いてノエルがマナを操作していく。
「撃滅シーケンス始動!」
「了解、マナのメイン出力を攻撃用プラットフォームへ移行」
「対象の脅威判定!」
「補足完了、支援による戦闘力向上分を補正し脅威度を再計算……脅威度B。通常戦闘術式を展開」
ノエルが右手を高々と掲げる。
浮かび上がる光の粒子が次々と集まって、やがて光り輝くランスをかたどって行く。
「射撃誤差補正!」
「対象距離20m以内。補正不要、シーケンスを省略します」
「ならば良し! カウント省略――撃て!!」
ノエルが挙げていた右手を振りかぶると、光の大槍が一旦後ろへ下がる。
丁度その時、やっと視界を取り戻したのかゲルニカの声がライドアーマーから聞こえてくる。
「な、なんだそれは!? ノエル、それがお前の本当の力なのか!? ――う、美しい!! やはりお前が1番だノエルうぅぅ!!」
『貫け極光 ――グングニル!!』
発声と共に腕を勢いよく振り下ろすノエル。
それに合わせて大槍が豪速で飛翔する。
ライドアーマーの上体を正確に捉えるが、まるでそこには何も無いかのように、一切の抵抗を受ける様子もなく軽々と貫通していく。
そのまま研究所の外壁をも貫き、雲間から差し込む一筋の光がやがて消えるかのように収束していく。
後に残されたのは、上体を完全に消失したライドアーマーと、その背後の壁に開く大穴だけ。
―――
「す、凄い! 何今の!?」
離れて見てたアイネと、カルミアさんも一緒に駆け寄ってくる。
「わ、私も想像してた以上の威力に驚いてます」
びっくりし過ぎて何故か敬語になる私。
これ、外で怪我人とか出てないわよね!?
構えていた腕を下ろしてこっちを振り向くノエル。
「……脅威判定失敗。シェンナのサポート、思ったより凄かった。ごめんなさい」
そう言ってペコリと頭を下げる。
まぁ……何せこれで
「お、終わったんだよね?」
「……ええ」
アイネの問いかけに答えるカルミアさん。
「これだけの大事故があればバンブー・カラム自治体の正式調査は免れないわ。協会の邪魔がどこまで入るか分からないけど、少なくともここの研究所は停止。職員も逮捕でしょうね」
周りを見ると、何やら鞄に持てるだけの資料を詰めて、研究員達が大慌てで夜逃げの準備をしている。
『み、認めんぞ! 私は認めんぞ、こんな終わり方なぞ!!』
鉄屑と化したライドアーマーから声がする。
ノエルの完璧な調査で、ギリギリ槍の直撃を免れていたコクピットのハッチが開く。
中からスライムに顔だけが付いたような状態のゲルニカが現れる。
「諦めなさい。今はそれよりまず自分の身体をどうにかする事を考えた方がいいんじゃないの?」
「煩い! 黙れ小娘が! だいたい貴様、なんなんだ!? ノエルに何をした!?」
往生際が悪いなぁ。
受け答えようと一方前に出る。
けれど、そんな私の前にカルミアさんが歩み出て私の事を静止する。
「博士、諦めましょう。私達の負けよ。戦闘だけじゃない。魔工学、マナ生体学、それに研究者としての可能性まで、全部この子が上よ。私達“凡人”が敵うような相手じゃないわ。本物の……“天才”」
カルミアさんの真っ直ぐな瞳を見て、悔しさに顔を歪めていたゲルニカがやがてぐったりと肩(?)を落とす。
「私の……負けだ」
こうして、バンブー・カラムでの、前世代の失われた技術を奪い合う争いは幕を閉じた。