k03-43 ずっと待ってます
……遠のく意識の中で、誰かに呼びかけられたような気がした。
「――ノエル」
優しい男性の声。
「……そろそろ行くわ」
「……はい、マスター」
この声は、ノエル?
深いモヤがかかったようにぼんやりとした視界。
その中で辛うじて男のシルエットだけが見える。
若い男性だろうか?
「それじゃ最後に、任務の復唱を」
「はい、復唱します。当機の任務は、第一に自身の安全の確保、第二に“ネオ・ディパーチャー“の保全。例外として、本日より2万日以上経過してもマスターが戻らない場合、第二任務は破棄し、自分の意思で判断し自由に生きる事」
「よし、よく出来ました」
そう言って頭を優しく撫でる。
だんだん分かってきた。
……これはノエルが過去に見た光景。
抗ウィルス薬を作った時に気づいたけれど、ノエルという存在は、特殊な魔鉱石を核に複雑なマナの制御を多段的に繰り返し何億、何十億っていう演算処理を行う事によって存在する人格。
複雑さは段違いだけれど、根底の部分では輝石魔法に良く似ている。
だとすると輝石魔法を読み解くみたいに、その意思や記憶を読み取る事も出来なくはないはず。
多分だけれど、一緒になって気を失った時に、ノエルから漏れたマナの粒子を私が無意識に読み取ったんだと思う。
「……それじゃ、元気でな」
「はい。マスターもご無理なさらないように」
振り向く事なく去っていく男性の影。
その後ろ姿を見送りながら、心の中でノエルが呟く。
(マスター……ノエルはずっとマスターの帰りを待ってます。どうかお気をつけて)
―――
そこで一旦記憶は加速する。
別れの日から何年経ったんだろう。
何も食べず、話し相手もなく、灼熱の太陽が大地を焼く日も、吹き荒れる砂嵐が空を覆う日も、暗くて狭い洞窟のような場所でたった一人じっと主人の帰りを待ち続けるノエル。
次第に洞窟は崩れて奥へと進めなくなり、入り口の周りは植物に覆われ随分と変わり果ててしまった。
それでも洞窟の入り口にちょこんと座り込みただただ待ち続けるノエル。
だけど……待ち人は帰ってこない。
――そして、約束の2万日が過ぎた。
よろよろと立ち上がり洞窟の外の様子を見渡すノエル。
最初の頃こそ、主人が帰ってきたような気がして外の様子を確認しに行く事もあったけれど、ここ何十年かはそれも辞めた。
立ち上がったのすら久しぶりかもしれない。
「……命令に従い第二の任務を破棄。自身の意思により行動を修正します」
そう言うと、なるべく洞窟の奥の方へ歩いて行く。
「マスター。ノエルはまたマスターと一緒に旅がしたいです。だから、例えマスターがノエルの事を忘れてしまったんだとしても、ここでマスターの帰りをずっと待ってます」
誰に聞いて貰えるでもなく、ただ自分に言い聞かせるように静かに呟くと、膝を抱えて静かにうずくまる。
「――精神維持と戦闘系統に割当てるマナを必要最小限に制御。これより当機はスリープモードに移行します……」
――そこでプツリと映像は途絶えた。
―――
代わりに、今度は私自身の意識がしっかりとしてくる。
頭と背中に激しい痛みを覚え、それが引き金で一気に意識が戻る。
胸元では、強く抱き抱えていたノエルが私と同じタイミングで目を覚ましたみたいだ。
どうにか目を開けると、目の前で迫ってくるライドアーマー。
『さあ、お転婆もそこまでだ。3人共大人しくしなさい。なぁに、心配せずとも全員立派な兵器として世の中の役に立ててあげるから。さぁ、安心してパパに身を委ねなさい』
――冗談じゃない。
腕の中でぼんやりと私を見つめるノエルの顔を見る。
――2万日、年換算で50年よ。
約束を守ってたった1人で待ち続けて、こんな変態野郎に兵器にされる最後なんて許せる訳ないじゃない!
それにもっと許せないのは――
「ノエル! こいつをやっつけたら私と一緒に行こう!」
「……どこに?」
「色んな所だよ。まずは私の故郷のウィステリアかな。ウィステリアにはおいしい物いっぱいあるよ」
「……オムライスも?」
「うん! オムライスの美味しいお店もいっぱい! なんなら私が作ってあげる!」
「ほんとに!?」
目を輝かせるノエル。
けれど、思い出したように俯く。
「でも、やっぱりダメ。ノエル、マスターに会わないと」
「うん。だから――一緒に探しに行こう!」
「え?」
「テイルがあるから2,3年は情報集めくらいしか出来ないかもしれないけど、卒業したらアイネと一緒に3人で旅に出よう! 元々アイネもそのつもりだったから、きっと楽しい旅になるよ! もしキプロポリスで見つからなかったらエバージェリーでも何処でも行くわよ!!」
「マスターを、探しに?」
「そう! ノエルの事ずっとほったらかしにしたあの男! 絶対に見つけて、そんで一発ぶん殴るの!!」
何で迎えに来ないのよ!
約束したんでしょ!
……いや、してないのか?
絶対に迎えに来るとは言ってなかったか……
てことは、最初からノエルの事捨てるつもりで出てった?
なら何で50年も待たせたのよ!?
分からない事だらけだし、それに50年も経ってたらもしかしたらもう……
けれど、このままじゃあまりにもノエルが報われない!
――あ、いけない。
ついつい熱くなっちゃった。
何1人で突っ走ってるんだろ……
「……もしノエルが嫌じゃなかったらだけどね」
そう言って腕の中のノエルに笑いかける。
「――ノエル、シェンナと一緒に行く!」
私の心配を他所に、満面の笑顔を返してくれるノエル。
初めて会った時から……とっても綺麗なのに、どこか影があるように思っていたノエルの瞳。
――それが今、初めて心の底から光り輝き出したように思えた。