k03-38 マッドサイエンティスト
「力の差が分かったなら話が早いわ。大人しくノエルとカルミアさんから手を引いて」
敢然と抗議するが、私の声も耳に入らないといった様子でアイネを見つめて固まったままのゲルニカ。
「ちょっと! 聞いてるの!? ノエルを元に戻す方法もしっかりと話して貰うわよ!?」
私の忠告を完全に無視して、ゲルニカはワナワナと手を震わせながらアイネに問いかける。
「……何だ、その兵器は?」
「へ、兵器じゃないです! ファンちゃんです」
「ファンちゃん?」
「そうです。シャドーウルフェンのファントム! 私の相棒です!」
アイネはファントムの事を“兵器”と呼ばれるのがあんまり好きじゃない。
機械で操られ他人の意のままに人間を襲わされたファントムの事を気遣ってだと思う。
それにしても、わざわざ敵に手の内まで教えてあげなくても……。
「……シャドーウルフェン、マモノと融合していると言うのか!?」
「融合って訳でもないですけど……その辺りは秘密です!」
まぁ、秘密というか全然分かってないんだけど。
「――素晴らしい!!」
さっきまで静かにしていたゲルニカが急に大声を上げる。
「今日は何と素晴らしい日なんだ!!」
両手で顔を覆い、天を仰いで喜びの咆哮を上げる。
「あの爪はシャドーウルフェンの物だろう!? どうやって取り込んだ!? まさかテイルでもこんな人体実験が進んでいるとは……!! あぁ、ノエルが完成したこの記念すべき日に、さらに新たな技術に巡り会えるとは……私はなんと運が良いんだ!!」
顔を覆っていた両手を退けると、狂気じみた顔でノエルに命令する。
「ノエル! その娘を生捕りにしろ!! いいか、絶対に生捕りだ!!」
命令を受け、ノエルが一歩前に出る。
「――脅威判定、完了。規定値を大幅に越える脅威度を感知。戦闘レベル3までを解放。――行動開始」
ノエルが両手を広げると、ほの背後に光のレイピアが現れる。
1本、また1本とその数は増えやがて10本以上の光の剣がまるで翼を象るようにノエルの背後に浮かび上がる。
準備が整うと、アイネ向かって、突進!
――速い!
一気に距離を詰めると、両手をアイネに向けて振り下ろす。
その度に背後に浮かぶレイピアが手の動きに合わせて斬撃を繰り出す。
慌ててファントムの爪で受け流すアイネ。
甲高い金属音が室内に響き渡る。
初撃をどうにかいなすと、体制を立て直し爪を構えるアイネ。
放たれた追撃にタイミングを合わせ、大きく爪を振り抜く。
硬い金属同士がぶつかるような大きな音を立て、ノエルのレイピアが吹き飛び光の粒となって霧散していく。
さすがアイネ!
攻撃力ではこっちが上手のようね。
けれど、ノエルは表情1つ変えることなく、背後のレイピアを次々とアイネに向けて打ち出し続ける。
破壊され分は直ぐに補充されるらしい。
単騎での攻撃力とスピードはアイネとファントムの方が上だけれど、次々と繰り出されるレイピアの乱撃にアイネの防戦一方だ。
お互いに全く隙がない。
けれど、これはチャンス!
ノエルがアイネの相手に精一杯の今なら――
離れた位置で興奮しながら2人の戦闘を観察しているゲルニカに強襲を掛ける!
一気に駆け寄ると、間合いに素早く踏み込み回し蹴りをお見舞いする。
所詮は一般人、しかも老人。
私のスピードに一切反応出来なかったのか、無防備な脇腹へ完璧に蹴りが入る!
――けれど、ノエル達の方を眺めたまま何の反応も見せないゲルニカ。
蹴りは完璧に決まったはずなのに、びくともしない。
何これ!?
まるでゴム毬を蹴ったような鈍さ。
蹴りの衝撃が完全に吸収されたような感覚。
白衣の下に何か着込んでる!?
耐衝撃用のラバースーツ……違う、もっと柔らかくて、粘土の高い水風船みたいな……
見ると、私の蹴りを受けた横腹がグニャリと形を変えて凹んでいる。
「――!?」
その異様な様に驚いて、慌てて距離を取る。
「――こないだの一撃は効いたぞ」
ニヤついた顔のままこっちに向き直るゲルニカ。
「生物として、私の優れた脳細胞とそれを後世に伝えるための生殖機能は自前を温存しておきたかったのだが――弱点となり得るならば考え直さねばならんかもしれんなぁ」
そう言いながら白衣、上着、インナーと次々と服を脱いでいくゲルニカ。
やがて上半身があらわになる。
筋肉が衰え痩せたその身体は……所々が緑色の透明なゼリー状になっている!
さっき蹴った脇腹もだ。
「……何年か前に実験中に事故があってな。酷い事故だったよ。爆発と有害ガスで大勢死んだ。盾代わりにした研究員なぞ、跡形もない程ぐちゃぐちゃの肉片になっておったからな。私も身体のあちこちといくつかの内臓をやられたよ。正直もうダメかと思ったんだが――いちかばちか、実験中だった人体とマモノとの融合技術を自身に適用してみたのだよ。結果は大成功。スライムの再生能力は想像以上の物だった」
嬉しそうに透明な身体を振るわせる。
そのイカレた様子に悪寒が走る。
「人とマモノのキメラ……。神への冒涜ね」
「神など信じておるのか? まぁ、同じ様な事を言う輩もおったよ。しかし、どうして人はそうも人であることに拘るのだ? さも人こそが史上最高の生命体であると疑いもせぬように。力ではオークに遥か及ばず、素早さではゴブリンにすら劣る。せいぜい優秀なのは頭脳くらいなのだから、可能ならば他の部分はより優秀な物に置き換えて然るべきだろ! まぁ、技術的に私以外には実現不可能だろうからな。所詮は嫉妬じゃよ」