k01-11 風向き
息を切らして草原を走るアイネ。
走りなが考える。
もしかして、さっきの子と一緒に街に戻って誰かの協力を仰いだ方が良かった……?
……ダメ、私が居たらきっとまた話がややこしくなる。
私が普通の生徒ならきっとすぐにテイルも動いてくれるのに!!
大罪人と呼ばれることにはもう慣れた。
いつの頃からかそれが当たり前になっていた。
だけど、今日はそれが悔しくて悔しくて仕方がない。
歯を食いしばり、息が上がるのを耐えて走る。
休みなく走ってどうにか巨石の場所まで戻ってきた。
探すまでもまく、すぐにジンの姿が見えた。
服は泥だらけになり、腕からは血が流れている。
オークの棍棒を両腕で抱え込み、必死の形相でどうにかその動きを止めている。
「マスター! 大丈夫ですか!?」
「な!? お前何しに戻ってきた!? そのまま逃げりゃいいのに」
「マスターだけ置いて逃げられるわけないですよ!!」
そう言ってアイネは勢いそのままジンとオークの間に飛び込む。
ポケットの中から1本のスプレーを取り出すと、噴射ノズルをオークの豚鼻に突っ込む。
目を瞑り、息を止めて思いっきり噴射する!
「グ……グォォオオオーー!!」
オークが絶叫を上げ、棍棒を放り出し鼻を抑えてのたうち回る。
素早く身を引くアイネ。
「どうですか! さっき逃げる途中で子供達から貰った護身用の催涙スプレーです!」
勝ち誇った表情でオークに向けてスプレー缶を見せつけるアイネ。が……
「ぎ、ぎゃーー! 目が、目がぁぁぁ!!」
続いてジンも目を抑えてのたうち回る。
どうやら風下で、漏れたガスをくらったようだ。
「お前、せめて先に言えよ!!」
地面に突っ伏したまま涎を垂らすジン。
「ご、ごめんなさい! 夢中で……そうだ男の子!」
そう言って回りを見渡すアイネ。
「何やってんだ? 今のうちに逃げるぞ! 引っ張ってってくれ」
目を開けられず、明後日の方向に叫ぶジン。
「ちょっとだけ待ってください! 男の子が1人居ないって……」
「男の子!? この辺じゃ見てないぞ」
「ど、どうしよう……先に街まで逃げたのかな……」
そう言って素早く辺りを探し始めるアイネ。
「グリムくーん!……キャァ!!」
呼びかけた瞬間、気配を感じ咄嗟に伏せるアイネ。
その頭のすぐ上を棍棒が回転しながら飛んでいく!
オークが怒りに任せて思いっきり放り投げたのだ。
驚きつつオークの方を見ると、涙と涎をまき散らしながら全速力で突進してくる!
「う、ウソウソ!?」
態勢を崩しながらも飛び退きどうにか躱すアイネ。
オークはそのままの勢いで後ろにあった巨石に激突――なんと、その衝撃で巨石が砕け散った!
「う、うぁぁーー!!」
子供の悲鳴が上がる。
岩陰に男の子の姿が……アイネが探していた男の子、グリムだった。
血走った目をぎょろつかせ、オークがその姿を確認する。
態勢を立て直しノシノシと詰め寄る。
完全に腰が抜けて全く動けないグリム。
そんな彼を目掛けて、オークは拳を大きく振り上げ――全力で振り下ろす!
「――ダメ!!」
間一髪の所で飛び込み、グリムを抱きかかえて地面を転がるアイネ。
運悪く、跳んだ先が坂になっておりそのまま激しく転がる。
近くにあった岩にぶつかりどうにか止まった。
「うっ……!!」
足に激しい痛み確が走る。
でもそれより……腕の中のグリムを覗き込む。
べそをかいたグリムと目が合う。
「……よかった、怪我してないね。さ、今のうちに逃げて!」
「で、でも、お姉ちゃんは?」
「私は大丈夫だから、ほら」
「お姉ちゃんも一緒じゃないとやだ! 無理だよ!」
「もぉ、男の子でしょ? カッコいいところ見せて!」
務めて優しく語り掛ける。だけど、完全に怯えてしまっている。
どうしよう……この足じゃこの子を抱えて走るのも無理……。
そうしている間に、すぐ側までオークの巨大が迫っていた。
大きな拳が再び振り上げられる……!
この体制からじゃ避けられない――!!
私はどうなってもいい! でもどうにかこの子だけは……!!!
グリムの頭を胸に抱き、覆いかぶさるように身を縮める。
全力を込めて振り下ろされたオークの鉄拳が、地面を大きくえぐり木端微塵に吹き飛ばす――!!
激しく息を切らし涎を垂れそのままの体制で固まるオーク。
粉砕された地面から上がる濛々とした土埃が風に流されていく。