k03-34 正しい選択
駅の側にある小さなトイレ。
個室が丁度2つだけあったのでそれぞれに入る。
暫くして、隣からアイネが声をかけてくる。
「……大丈夫。周りには誰も居ないみたい」
「サンキュー!」
そう言いながら個室を出ると、同時にアイネも出てくる。
ファントムの索敵モードの姿だ。
「さすが幼馴染、よく私の言いたい事分かってくれたわね」
「うん、だって変だと思ってたから。カルミアさん、仕事が終わったら街を出るって言ってたのに、何でこんな研究所しか無さそうな駅を待ち合わせ場所にしたんだろって」
「ごめん、来る前に気付けば他にも手があったかもしれないのに……ノエルとお別れだと思ったら寂しくて頭回ってなかったわ。さっきやり取りでやっと気が付いた」
「私も確信は無かったよ。でもさっきのカルミアさんの話……」
そう。
確かに昨日は、仕事が終わり次第街を出るって言ってた。
けれど、さっきの話によると仕事が終わったにも関わらず
『暫くはまた研究所から出られない』
つまり、なんらかの理由で研究所から離れられないわけだ。
「こんな人気の無い場所、明らかに危険なのに『大丈夫』だなんて言い切ったのも、襲われる可能性が無いって分かってるから。つまり、もう既に逃げられるような状況じゃない」
「『また会いたい』は、助けに来て欲しいって事だよね?」
「まぁ、多分そんなところじゃないかな。……で、2人の後追えそう?」
「うん、大丈夫。ちょっと距離を置いて尾行しよう。でも、その前に少し話しておきたい事があって。……ノエルちゃんの事なんだけど――」
―――
研究所が立ち並ぶ薄暗い路地を歩くカルミアとノエル。
「――それでね、オムライスたべたんだよ」
「そうなんだ! 美味しかった?」
「うん、すごく! それでね、いっぱいのお星さま見て、夜はシェンナと一緒のベッドでねたの」
「そっかぁ、よかったわね。今まで星なんて絵本でしか見たことなかったもんね」
「きれいなんだよ! ママも一緒に見に行こう」
昨晩の出来事を一生懸命に話すノエル。
それを楽しそうに聞くカルミアだが、その顔はどこか寂し気だ。
……
2人手を繋いだまま人気の無い街中を暫く歩き、ある倉庫の前で立ち止まる。
カルミアが入り口のカードリーダーにカードキーをかざすと、軋んだ音を立てながら錆びたシャッターが上がって行く。
ノエルの手を引き足早に中へと入っていく。
埃を被った段ボールや木箱が乱雑に積み重ねられた広い倉庫。
薄暗い室内を足早に進むと、奥の壁際に置かれたひと際大きな木箱の前で立ち止まる。
大人の身長よりも大きな木箱の、その側面に手を添えると木の板が内側に開く。
隠し扉だ。
箱の中は空っぽで、反対側がくり抜かれており壁面とドアが見える。
この箱で壁にあるエレベーターのドアを隠している訳だ。
カルミアに連れられ箱の中へと入っていくノエル。
「ねぇママ、お家に帰るんじゃないの?」
「……えぇ。今日はちょっと別の所なの」
エレベーターに乗り、階下へと降りて行く2人。
エレベーターを降りると、そこは昨晩アイネが忍び込んだ研究所とよく似た造りの建物になっていた。
口数少なく、ほぼ黙ったままノエルの手を引くカルミア。
その様子に、ノエルも少し不安になってくる。
「……ママ? ノエルたちお家にいちゃダメだって言ってたよね? だから街のお外に行くんだって……」
「……えぇ」
「ここ、お家にそっくり……」
「そうね」
ノエルの方を見もせず答えると、再び黙ってしまう。
それ以上話しかける事も出来ず、黙ってついていくしかない。
そして、たどり着いたのは見覚えのある大きな白い部屋。
何も無い部屋の中央で、男が1人佇んでいる。
男はノエルの姿を見るなり嬉しそうに笑顔を溢すと、徐に両手を広げる。
「――おかえり! 心配したよノエル! よく無事に戻ってきた!」
半ば狂気に満ちた笑みを浮かべるその男は、最初にノエル達を襲っていた初老の研究者だった。
「――ゲルニカ所長。これでお望み通りですか?」
カルミアがその研究者――ゲルニカに向かって冷たい視線を向ける。
「……あぁ。最後に私を裏切らなかったのは唯一正しい判断だな。裏切者のカルミアくん」
そう言ってにんまりと笑うゲルニカ。
黙ったままのカルミアに一瞥をくれると、そのまま続ける。
「しかし君はどこまでいっても利己的な女だねぇ。恩師である私を裏切り、無関係な少女達を巻き込み、逃げられないと分かれば今度は娘同然のノエルを裏切る……まぁ、その徹底的な利己主義、私は嫌いではないよ」
ノエルの小さな手を握ったカルミアの手に、ぐっと力が篭る。
「……ママ?」
不安そうにカルミアを見上げるノエル。
そんなノエルの顔は見ず
「ごめんなさい」
と小さく一言だけ呟く。
その様子を見て、ゲルニカが可笑しそうに笑い出す。
「しかしまぁ、ノエルを連れてあのまま逃げられでもしたらそれこそ大事だったが……わざわざ複数ある培養プラントにウィルスを仕掛けに戻って来るとは。君の目的は、あくまでもこのプロジェクトの妨害という訳だ」
視線を外さずずっとゲルニカを睨みつけていたカルミアがため息混じりに口を開く。
「えぇ、その通りよ。『類稀なる君の才能をバイオロイド研究に活かし、失われた技術を現代に復活させないか』……そう言って貴方が私に声をかけてきたのが5年前」
「……もう5年も前になるかね。感謝しているよ、君のお陰で研究は驚くほど進展した。それまでノエルの目を覚ます事すら出来なかった何年も日々がまるで冗談かのように!」
興奮し宙を仰ぐゲルニカ。
その様子を見てカルミアは乾いた笑いを浮かべる。
「未知の技術の結晶とも言えるノエルの事を、手探りで少しずつ調べ理解していく日々……科学者としてこの上なく充実した時間だったわ。……けれど、貴方の目的はバイオロイド技術の解明なんかじゃない。ノエルのクローンを作り、最強のバイオロイド部隊を作り上げる事!」
声を荒げるカルミア。
憎しみのこもった眼差しで睨まれ、ゲルニカはやれやれと首を振る。
「そんなに私を責めてくれるな。 分かるだろ? これだけの研究設備を維持するには莫大な資金が必要でね……所長の私とてスポンサーの意向には逆らえないのだよ。まぁ、いつの世も1番儲かるのは戦争ということらしい」
「ふざけないで! 最初から分かってて私を騙したくせに!」
「……その腹いせにプロジェクトを妨害しようと思い立ったと? 浅はかな」
「……何とでも言えばいいわ」
「……しかし、なぜここまできておいて突然あんな見ず知らずの小娘2人に拘る? どれだけ聞いてもノエルの場所は吐かなかったくせに、クローン達にあの2人を襲わせるぞと脅した途端素直になりよって。それだけが解せんよ。利己的な君が自分とノエルを犠牲にまでして他人を助けるとは」
「……簡単な事よ」
そう言って一呼吸置き、ゲルニカを真っ直ぐ見据えて言い放つ。
「それが正しい選択だと確信したから」