k03-30 2世界戦争の遺産
無事に研究所から脱出し、居住エリアにある24時間営業の売店までやってきた。
メッセの準備で夜勤している人達だろうか?
売店の傍では何人かの人が買い物や休憩をしている。
アイネとカルミアも売店で温かい飲み物を買いベンチに座る。
「こんな所で大丈夫なんですか?」
「えぇ。あいつらは人目につくことを極端に嫌うわ。ここなら人も居るし、監視カメラだって沢山ある」
そう言って熱々の缶コーヒーに口をつけるセロシア。
「……それで、さっきの話の続きなんですけど」
「ノエルの事ね……。先に警告しておくけど、もし好奇心や興味本位で知りたがってるなら辞めておきなさい。これ以上深入りすればあなただって狙われかねないわよ」
カルミアが鋭い視線を向ける。
けれど、一切臆する事なく真っすぐに答えるアイネ。
「それでも、知りたいんです。知ってどうするんだ、って言われると困りますけど……でも、きっと私にも関係のある事な気がして」
ノエルの銀色の髪と瞳。
アイネがマモノの力を使う時に現れる白金の髪と瞳。
多少の違いはあるが、どちらも非常に珍しい色である事は間違いない。
「……分かったわ」
そう言って手に持った缶コーヒーを一口飲むと、カルミアが静かに語り出す。
「――あの子は"バイオロイド"よ」
「バイオ……ロイド?」
聞いた事の無い単語に首をかしげるアイネ。
「そう。一般にはあまり聞き慣れない言葉かしら。――そうね、じゃオートマタは分かるかしら?」
「はい、QoK社の展示で見ました」
「明確な定義がある訳じゃないけれど、"人造人間"の中で、機械に近い物を"オートマタ"、生物に近い物を"バイオロイド"と呼んで私達は区別しているわ」
「人造人間……つまり、人が造り出した……人間?」
「そうよ」
何の躊躇もなく、きっぱりと言い切るカルミア。
しょっぱなから話についていけなくなってきたアイネが動揺して聞き返す。
「で、でも、ノエルちゃんどこからどう見ても普通の女の子……」
「えぇ。あの子を形作っている成分構成は殆ど私達と同じよ。"人間"の定義が何かによるけど……仮に人の形をしていて人と同じ成分で出来ているモノを"人間"と呼ぶのなら、あの子の90%は人間という事になるわ」
「90%……ちなみに、残りの10%というのは?」
「あの子の"核"、人間で言う所の"心臓"ね。それが"魔鉱原石"いう特殊な魔鉱石で出来てるの。きっとあなたが"マモノに近い何か"って言ったのはそれが原因じゃないかしらね。専門じゃないけど、マモノってマナの塊でしょ? 魔鉱原石が保有するマナをそう感じたのかも。何せ、その核がおよそ4%パーセント。」
「それじゃ、残りの6%は……?」
「――未知の領域ってところね」
そう言ってカルミアは首を振る。
「未知って……ノエルちゃんはカルミアさん達が造ったんじゃないんですか?」
「……違うわ。QoKのオートマタを見たら一目瞭然でしょ? とても現代の技術で真似できるようなものじゃないの」
「それじゃいったい誰が……?」
答えを急ぐアイネを落ち着かせるように、一瞬ふと笑ってカルミアが続ける。
「ねぇ、あの子……何歳くらいに見える?」
「え? 多分、5歳くらいだと思ってましたけど」
「ふふ、女性にとって実年齢より若く見られるのは嬉しい話だけど、あの子の場合どうなのかしらね。――私達の研究による推定だけど……おそらく80歳以上」
「――え、えぇ!?」
「まぁ新陳代謝や細胞の劣化速度なんかが私達と全く違うから、身体的な特徴だけでいうならば5歳前後で正しいわ。ただ、製造されたであろう時期は今から80年以上前だって結論が出てる」
「80年以上前……2世界戦争よりも昔」
「そう。おそらく、あの子は2世界戦争の頃に作られた"バイオロイド兵器"よ」
「へ、兵器!?」
「知っての通り、当時のキプロポリスでは、一部……特に兵器の分野では今を遥かに凌ぐ技術力があった。QoKのお粗末なオートマタとノエルを見比べれば一目瞭然ね。"エタラカ"による厄災で多くの技術が一夜にして消滅したと言われているけれど、厄災を逃れた当時の技術の生き残りが稀に現代で見つかる事があるの。その技術を秘密裏に蘇らせて……まぁその後何に使うかはその人次第だけど。研究所に居たのは、そのためにノエルをベースに作ったクローン達」
「じゃあ、カルミアさんがノエルちゃんを連れ出したのって……」
「……最初はね、科学者としての純粋な興味だけだった。ずっと眠ってたあの子が目を覚ました時、本当に涙を流して喜んだわ。記憶が混乱しているのか、初めは喋る事も歩く事もままならないあの子に少しずつ色んなことを教えて……大変だったけど、あの頃は楽しかったわ。――けれど、私達に資金を提供してくれるオーナーはあの子の兵器としての活用を要望してきた」
缶コーヒーを持つカルミアの両手にぐっと力が入る。
「それからは、あの子の戦闘能力を引き出すために様々な薬品を使った実験、テストと称しての殺戮の毎日。元々は、言葉こそ分からなくてもよく笑う優しい子だったのに、どんどん感情も無くなってきて、ただ命じられるまま多くの人を殺していくあの子を……これ以上見てられなかった」
研究所で見た少女の事を思い出すアイネ。
投薬を受けもがき苦しみ、虚ろ目で命令に従い無感情に人を殺し……そして無残に壊される。
きっとノエルちゃんも同じよう運命を背負わされてきたのだと思うとやるせない。
「――さて、お喋りが過ぎたわね。私は夜のうちにあと少し必要なデータを集めてくるわ」
「それなら私も一緒に……!」
「ダメよ。分かってると思うけれど……私もその研究に携わってきた1人。今更偽善者ぶってもこれまであの子にしてきた事は変わらない。だからこれは私からあの子へのせめてもの償い。だからこれ以上あなた達を巻き込むわけにはいかないの。明日の夕方にはノエルを連れに戻るから、そしたら、今回の事は忘れてちょうだい」
そう言い残すと足早に去って行くカルミア。
独りその場に残されるアイネ。
「……忘れてって、言われても」
楽しそうに笑うシェンナとノエルの顔が脳裏をよぎる。
シェンナにはどう話せばいいんだろう……。