k03-29 マモノに近い何か
「よく出来た光学迷彩ね。まさかここまで実用的な物が完成してただなんて……。けど残念。熱源の偽装までは出来なかったみたいね」
(……暗視ゴーグルだと思ってたけど、サーマルゴーグルも兼ねてたのか……。ミラージュの能力、姿は消せるけど熱とか音までは隠せないから注意するようにってマスターにも言われてたのに……)
身動きする事も出来ず、そのまま暫く膠着状態が続く。
(どうしよう……。この体制からだと絶対回避も無理だよね。一か八か、針が折れる事を期待して一気に振り切るしか――!)
そう覚悟を決めて腕に力を入れようとした時
――相手から意外な言葉が発せられる。
「……お願い、見逃して」
(……え?)
「そう、取引しましょう。私を見逃してくれるって約束するなら、私もあなたの命を奪うような事はしない」
(え、どういう事? 私の事を捕まえようとしてる訳じゃない? ……それにこの声やっぱり)
「もしかして、カルミアさん?」
思い切って透明化を解き、姿を現すアイネ。
「私です、昼間に会った!」
自らの顔を一生懸命指さすアイネ。
その様子を見て、不審そうにそっとゴーグルをずらす女性。
ゴーグルの下から出て来たのは紛れもなくカルミアの顔だった。
そして、アイネの顔を確認するなり慌てて注射針を腕から抜く。
「え、あなた昼間の!? どうしてここに!?」
丁度その時、廊下から人の声が聞こえてくる。
「――とにかくここを出るわよ!」
そう言って端末の画面を見るカルミア。
『コピー完了』の文字が表示されている。
ウサギのキーホルダーが付いた記憶媒体を端末から取り外しポケットにしまう。
「分かりました! あ、ちょっと待ってください。残りのマナでもちょっとの時間なら多分2人くらいは……」
そう言ってカルミアの腕をつかみ、再びミラージュの力を使う。
髪と瞳が白金色に変化し、光のヴェールが現れる。
「……え!? その髪!?」
驚くカルミアを横目に、続いて透明化の力を発動!
まるで陽炎のようにゆらゆらとアイネの姿が消えていく……と時に、カルミアの姿も同じように消えていく。
「な、なにこの技術・・・!? 凄い……!」
―――
どうにか無事にエレベーターまで戻って来る事ができた。
エレベーターは2人を乗せゆっくりと地上へと上って行く。
密室での沈黙の中、先に口を開いたのはカルミアだった。
「……ノエルは?」
「シェンナと一緒にホテルに居ます」
「あの赤髪の子とホテル? セロシアとは会えなかったの?」
「いえ、会ったんですけど……ノエルちゃんがシェンナに凄い懐いてくれて。セロシアさん、お仕事も忙しそうだったから私達の方からノエルちゃん預かるよう提案したんです」
「……そう。まぁ、あなた達が一緒に居てくれるならそっちの方が安心だけど……それにしてもごめんなさい、他人のあなた達をここまで巻き込んでしまって」
「いえ、いいんです。最初に首を突っ込んだのはこっちですし」
話しが途切れる。
エレベータの表示を見るけれど、地上まではもう少し時間がかかりそう。
暫しの沈黙の後、今度はアイネが意を決したように口を開く。
「あの! ……ノエルちゃん、普通の子じゃないですよね?」
それを聞いて、少し俯き床に目を落とすカルミア。
視線をアイネに戻すと何事も無いかのように話し出す。
「研究所で見たのね。……あの子、ノエルは普通よ。ただちょっと人とは違う特別な力を持ってて。その力を他人に引き継ぐ事は出来ないか……それをクローン技術で実現するための研究をさっきの研究所でしてたの」
「……特別な力って、何ですか?」
「企業秘密……と言いたい所だけれど、ここまで巻き込んでおいてそれも通用しないわね。……別にそこまで大した事は無いわ。免疫力や筋力、細胞の再生能力とかが人より少し優れてるの」
アイネの顔は見ず、エレベーターのドアを見つめたまま答えるカルミア。
その後ろ姿を見据えながら、アイネが静かに返す。
「それ、嘘ですよね?」
「……どうしてそう思うの?」
「あの子は人間じゃない。人というより――マモノに近い何か」
「――!?」
驚いて振り返るセロシア。
その顔を見て、少し微笑みながらアイネが続ける。
「ごめんなさい。何となく分かるんです。……私も普通じゃないから」
「普通じゃないって……もしかしてあなた、マモノを使った人体実験の被験者かなにか!?」
「ち、違います! 私のはそんな物騒なものじゃなくて。……何ていうか、乗り移られたというか取り憑かれたというか……」
『おい、主よ! 我を悪霊か何かだと思っておるのか!?』
少し慌てたファントムの声がアイネの頭の中に響く。
「あ、あはははは」
笑って誤魔化す。
「……な、なんだか、非科学的な分かあなたの方がタチが悪そうだけど……大丈夫なのよね?」
やや引いた顔でカルミアが見つめる。
「だ、大丈夫です! その点は全くご心配なく! そう、守護霊みたいなものです!」