k03-28 いつか見た光景
「――もういい。跡片付けは任せたぞ」
モニターの向こうでは大柄の男が少女達から逃げ回りながらどうにかまだ生き延びている。
しかし、その様子を見る事もなくモニターの前から離れる老齢の研究者。
「はぁ……何もかもダメだ。耐久値、攻撃力、そして何より戦闘の美しさ。どれを取ってもオリジナルには遠く及ばん……」
そう言いながらよろよろと歩き出すと……
「……くそ!! カルミアめ!!! 私の愛おしいノエルを何処へ連れ出した!!」
そう言うと机の上にあった書類や機材を乱暴にまき散らす!
「早くオリジナルを! 私のノエルを取り返してこいぃぃ!!!」
近くに居た研究員の胸倉を掴み乱暴に締め上げる。
「も、申し訳ありません! 先ほどお伝えした通り調査が難航しておりまして……」
「そんな事は分かっている! あれが他の誰かの手に渡ったらどうなると思ってるんだ! 協会の糞野郎どもに知られでもしてみろ!? ここに居る全員ただでは済まないぞ!!」
そう言うと掴んでいた研究員を床に投げ倒すと、足早に部屋から出て行く。
丁度その時、モニターから悲痛な悲鳴が響き渡る。
先程の男の断末魔だ。
残された研究員達は老齢の研究者の後ろ姿を見送ると、やれやれといった様子でモニターの電源を落とし、散らばった書類を拾い上げ無言で部屋を出て行く。
……
部屋に誰も居なくなった事を確認するとミラージュの力を解くアイネ。
(い、今の何だったの……? ノエルちゃんにそっくりだった子が沢山……)
モニターに近寄る。
操作パネルにある電源マークが書かれているボタンを押して見ると、画面にログイン画面が表示された。
(え、えぇと……。ダメだ。パスワードがかかってる)
何度か適当にパスワードを入力してみるが当然ログインはできない。
諦めて近の机に置いてあった書類をいくつか手に取ってみる。
「……マリアンヌ・コピー……プロジェクト?」
聞き慣れない単語に、思わずファイルのタイトルを読み上げる。
パラパラとページをめくる。
「前時代の失われた兵器……オートマターよりも遥かに優れた……唯一入手したオリジナル個体……コピーには成功するが著しい性能の低下……」
専門用語だらけの資料の中、分かりそうな文字だけをかいつまんで読み上げる。
資料に添付されている写真は、液体の中に浮かぶ魔鉱石や、生まれたばかりの小さな赤ちゃん、光り輝く剣など関連性の無さそうな物ばかりが並んでいる。
(ん~、さっぱりわかんないな。何冊か持って帰ってシェンナに見て貰おうかな……)
そんな事を考えていた時、ドアの外で人の気配が!
慌ててミラージュの力を使うけれど、瞬時には姿を消し切れず部屋の奥の方にあったタンクの傍に身を隠す。
気配を消して物陰から様子を見ていると、何やら大きなゴーグルで顔を隠した人物が1人入ってきた。
足早にモニターに近づくと、慣れた手つきでパネルを操作し始める。
「……アカウントロック!? 誰よ、パスワード何度も間違えたアホは。……仕方ない、管理者権限で――」
女性の声だ。
小声で何やらブツブツ言いながら操作を続ける。
その間にどうにか透明化が終わり、ほっとするアイネ。
女性はモニターの前を離れると、少し離れた位置の壁に設置された装置を操作し始める。
いくつかスイッチを切り替えた後、何やら重そうなレバーを下げる。
――次の瞬間、アイネのすぐそばにあったタンクからボコボコと泡立つような音が聞こえる。
そして、タンクを覆ていた金属製のシールドが半回転し、その中身が露になる。
それを見て、驚いて声を上げそうになるアイネ!
中に入っていたのはノエルそっくりな少女。
透明な液体の中で膝を抱えて眠るように浮かんでいる。
その様子は、ハイドレンジアで見たジュエルシステムの"サーバー"によく似ていた。
そんなタンクがあと2つある。
眠ったままの少女達を見つめると、地上に居たときはぼんやりとしか聞こえなかった声がはっきりと聞こえてくる。
『助けて……』
『お願い』
『早く、終わりにして』
間違いない、聞こえていたのはこの子達の声だ。
――地下でこんなタンクの中に入れられてたのと、幾つもの声が重なってたのでよく聞き取れなかったんだ。
これではっきりわかった。
……最初にノエルちゃんを見た時からうすうす感じていた違和感。
この子達は……人よりも、マモノに近い。
そう言えば、ここに来る途中で見たタンクが並んだ部屋――もしかしてあの中身も全部……?
タンクに触れようと手を伸ばそうとしたとき、装置を操作していた女性がこちらに向けて歩いて来るのに気付いた。
慌てて再び物陰に姿を隠す。
姿は見えないはずだけど、万一ぶつかりでもしたら気づかれる。
女性はタンクの前で立ち止まると、タンクに取り付けられた端子で何やら操作している。
(……今のうちに部屋を出よう。知りたい事は分かったし、後は明日アイネとマスターにも協力して貰って……。それに、そろそろミラージュのマナが残り少ないし)
そう思って、静かに女性の後ろを通り抜ける。
一瞬ちらっと様子を見ると、端子に刺された記憶媒体に見覚えのある可愛いウサギのキーホルダーがぶら下がっているのが見えた。
(え……? あれって!?)
――そう思った瞬間、突然女性が振り向く!
驚いて一瞬固まっていると、彼女が手に持っていた小型の機器がアイネの腕にあてがわれる。
「痛っ!」
腕に鋭い痛みが走り、思わず声を漏らすアイネ。
「動かないで。強力な筋弛緩薬よ。投薬量次第では死ぬわ」
腕に突き付けられたのは銃型の注射器だった。
先端から伸びる針はアイネの腕に刺さっている。