k03-14 研究都市の少女 【挿絵あり】
セロシアさんを見送り、倉庫の中は沈黙に包まれる。
「ノエルちゃん、私はアイネ! よろしくね」
しゃがみ込んでノエルちゃんの顔を見ながら優しく笑いかけるアイネ。
「私はシェンナよ。よろしく」
ノエルちゃんは私達の顔を交互に見つめると、少し俯いて小さな声で呟く。
「……よろしく、おねがいします」
ふむ、中々しっかりした子じゃない。
これくらいの子供っていっつも騒いでるイメージがあって正直苦手だったんだけれど、こんなに大人しい子も居るのね。
それとも緊張してるのかしら?
「あれ……その瞳の色!?」
銀色の瞳に気づいたの、あそう言ってアイネが顔を近づける。
――!
突然の事に驚いたのか、慌てた様子で私の後ろに隠れるノエルちゃん。
「あ、ご、ごめん!」
アイネが慌てて謝りながら離れる。
ノエルちゃんは私の背中にしがみ付いて俯いたまま返事をしない。
「ごめんね、びっくりさせちゃったかな。私ノエルちゃんと仲良くしたいなぁ」
優しくそう言うと、笑顔で手を差し伸べる。
アイネはやっぱり子供好きね。
私ならこんな反応されたらもう話しかけないわ。
けれど、そんなアイネに困ったように……もしくは怖がっているようにその手を見つめたまま固まるノエルちゃん。
差し伸べられたアイネの手を避けるようにして……
「――え?」
不意に私の手を握ってきた。
想像もしていなかった事態に一瞬驚いて手を引っ込めそうになる。
それでも私の手をしっかりと握って放さない。
「あら? 嫌われちゃったかな?」
特に悪びれる様子も無く笑うアイネ。
それを聞いてノエルちゃんは顔をブンブンと振る。
別に嫌いな訳ではないらしい。
「ん~、よし! それじゃぁ、シェンナお姉ちゃんの手放さないでね!」
そう言って私に笑いかけるアイネ。
こんな小さな子と手を繋いだのなんていつぶりだろう。
暖かくて、柔らかくて、あんまり強く握りすぎると潰しちゃうんじゃないかって心配になり、少しだけ力を入れてそっと握り返す。
実は……私、子供にあんまり好かれた事がなくて、それをアイネに相談した事もあったっけ。
アイネには「そんな事ない、気にし過ぎだよ」って笑われたけれど、正直結構悩んでたり……。
だから、小さな子に手を握られてドギマギしてる私がおかしんだろう。
「じゃ、私が先行するからシェンナとノエルちゃんは後ろね」
そう言ってアイネが入り口に向かう。
「了解!」
「り、りょうかい」
私の真似をして返事を返すノエルちゃん……何だか一生懸命で可愛いかも。
倉庫を出て、アイネを先頭に建物の間を縫うように歩いていく。
が、すぐに先導するアイネが立ち止まって振り向く。
「……そう言えば、どっちに行くんだっけ?」
あ。しまった……。
そう言えば、そもそも私達迷子なんだった。
カルミアさんにしっかり道を聞いておけば良かった……。
幸い、遠くにモノレールの高架が見えたので、そっちに向かって進む事にした。
―――
入り組んだ建物の間を進むけれど、相変わらず人気が全くない。
良く見ると、この辺りはの建物はどれも所々黒ずんでいたりツタが張って居たり、物によってはガラスが割れたままになっていたりと廃棄された物が殆どみたいだ。
メッセで見て来た先鋭的で整然とした最新の施設と比べると明らかに古い時代の物だと分かる。
そんな様子に少し薄気味悪さを感じつつも慎重に進む。
暫く行くと、何かに気づいたのか曲がり角の手前でアイネが立ち止まり静止の合図を送ってくる。
続いて、先を注目するよう促す合図。
近づいて慎重に角から路地を覗き込む。
私の足元では、ノエルちゃんが私達の真似をしている。
……見ると、曲がり角の先、少し行った所に数人の研究員と警備員が。
さっきの奴らかと思い一瞬身構えたけれど、警備員の制服が違う。
良く見ると……QoKのロゴ!
「ねえシェンナ、あの人たちQoKの社員さんみたいだよ」
「そうみたいね」
「QoKの人なら大丈夫だよね? 私ちょっと行って道聞いてみてくるよ。シェンナとノエルちゃんは一応ここで待ってて」
そう言うと、アイネは私達を置いて人だかりに近づいて行った。
何か慌てているのか、近づくアイネに気づかずに話し込む研究員達。
その声がこっちにまで聞こえてくる。
「――まだ見つからないのか!?」
「すいません、こっちに逃げたのは間違いないのですが……」
「あれが外に出たら大事だぞ!」
「分かっています! まったく……実験も最終段階だってのに何だってこんな事に」
……何かを探している?
逃げ出したって事は……実験体か何か?
まさか……!?
足元のノエルを見る。
私の視線には気づかず静かにアイネの事を見守っている。
その会話を聞いてアイネも気づいたのか、一瞬声を掛けるのを戸惑う。
けれど、丁度その時、研究員の1人がアイネに気づいた。
「――!? 何!? 誰だ!?」
「ご、ごめんなさい。ただの迷子です! すぐに出ていきますんで」
慌てて手をブンブンと振るアイネ。
「なぜこんな所に一般人が!?」
「おい、マズくないか?」
「い、いや、そうは言っても……」
口々に焦りを口にする研究員達。
それを制止し、年長の研究員が口を開く。
「お嬢さん、この辺りは一般人立ち入り禁止の区域だ。今回は不問にするので、即刻立ち去るように。あっちに行けば大通りに出る」
そう言って私達が居る方の道を指さす。
慌てて建物の陰に身を隠す私とノエルちゃん。
「あ、ありがとうございます。お忙しい所すいませんでした」
ちょっと緊張した様子で回れ右をしてこっちに戻って来るアイネ。
アイネ~! 固い固い! 平常心!
黙ってアイネの後ろ姿を見つめていた研究員が不意に問いかける。
「――ところで……この辺りで何か変わった物を見なかったかね?」
――!
問いかけるというより……核心を持った尋問とも思える、静かで威圧的な口調だ。
※ノエル