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k03-05 身分証で財布で鍵

 モノレールを降り、セロシアさんの案内で居住エリアを進む。


 上空からから見えた街の様子の中では、1番明るい印象を受けるエリアだ。


 緑も比較的多く、公園などもある。

 子供達が走り回っていたり、その母親と思わしき女性達が立ち話ししたりしている。


 いくら圧迫感の無い巨大空間とはいえ、空も見えない密閉された環境。

 長期滞在する研究員達のストレスを少しでも緩和する為にこのようなデザインになってるらしい。

 人間やっぱり自然が必要なのねぇ。

 何か話し聞いてるだけでウィステリアの湖が恋しくなってきたわ……。


 ウィステリアでは当たり前の一軒家は一切見当たらず、どれもが集合住宅。

 壁面に社名やロゴが大々的に入った建物もある。

 企業の社宅らしい。


 当然、大企業の社宅は立派な建物だし、中小企業のものはそれなり。


 オカルト雑誌によると……なんでも、奥様方の中では旦那がどこの企業に勤めてるかで優劣が決まるんだとか。

 だいたいが旦那の仕事の都合でここに引っ越して来た専業主婦なので、特にやることもなくストレスが溜まるらしいわ。

 研究都市も大変ねぇ……。



 そんな社宅の立ち並ぶエリアから道路を挟んで反対側。

 少し様子の違う建物が並ぶエリアに到着した。


 "HOTEL"の看板を掲げる建物が並ぶ事から、短期滞在者向けのホテル街である事が分かる。


 通りに並ぶホテルはどこも混雑していた。


 明日から始まるメッセに合わせて、普段この街に常駐する人員の数倍にも及ぶ人達が外部からやってくる。

 普段は短期滞在の研究員くらいしか用途のない宿泊施設は、今こそ稼ぎ時という事でどこも大盛況だ。


 その中でも一際立派なホテルに案内される。


 中に入ると、カウンターは人だかり。


「チェックインは不要ですので、このままお部屋へご案内しますね」


 セロシアさんがホテルスタッフに声を掛けると、ごった返すカウンターを素通りしてエレベーターへ案内してくれる。

 なんでもこのホテル、QoKが経営してるらしくこの街では一番の高級ホテルらしい。



 エレベーターに乗り、上層階へ。


 私とアイネは相部屋、マスターは1人部屋が用意されていた。


 一端私達の部屋に集まる事に。

 カードキーを受け取り、全員揃って部屋に入る。


 荷物を運んでくれたスタッフの人が簡単に部屋の中を案内してくれる。


 リゾートホテルじゃないので当然と言えば当然だけど、そんなに凝った造りにはなっていない。

 けれど、ビジネスユーズとしては充分過ぎる部屋。


 白で統一された清潔なインテリア。

 ベットが2つに、4人は座れそうな大きなテーブルまで置かれているのにまだ十分に広さのある客室。

 トイレとシャワーは当然別で、湯壺まで付いている。大きさも十分。


 上層階という事もあり、カーテンを開けると窓の外に街を見下ろせる。

 さっき乗って来たモノレールが忙しそうに往来し、眼下の通りでは沢山の人が行き来しているのが見える。



「立派なお部屋!」


「ふふ、今回珍しく若い女の子達がお客様という事で、総務の知り合いにお願いしていつもより良い部屋にしてもらったんですよ!」


 口元に人差し指を立てるしぐさをしながらセロシアさんが笑う。


「ありがとうございます!」


「いえいえ、あんまり見る所も無い街だけれど、楽しんでいってくださいね」


 室内の説明を終えると、セロシアさんとあいさつを交わしスタッフの人が部屋から出ていく。



「それじゃぁ……皆さんバンブー・カラムは初めてとの事ですので、この街で必要になる事をご説明しますね」


 そう言って手に持っていた鞄から、人数分のカードと、携行端末を取り出してテーブルの上に置く。


「こちらのIDカードが滞在中皆さんの身分証になります。と、同時にお財布であり鍵にもなるので、無くさないように注意してください」


 カードに書かれた番号を確認しながら、それぞれに手渡しする。


「そして、この携行端末はこの街の中専用で使える物です。基本的な操作は皆さんがお持ちの一般的な物と変わりません。ただ、街を離れる際にお返し頂く事になります。外部へ持ち出しても問題無いと判断された情報だけ、皆さんの個人端末に書き出してお持ち帰り頂ける形となります」


「はぁ~、さすがにしっかりしてますねぇ」


 端末を受け取りながら呟くマスター。



「えっと……こっちのカードが、モノレールで見た電子マネーって事ですか」


 カードの方を見ながらアイネが問いかける。


「えぇ、電子マネー機能を兼ね備えてます。駅や売店にチャージ用の端末がありますので、必要に応じて現金をチャージしてください。街中では電子マネー以外ではお買い物出来ませんので気を付けてくださいね。さしあたって数日分のお食事代等として50,000コールチャージしてありますので、ご自由にお使いください」


 ふ、太っ腹ね。


「鍵というのは……?」


 マスターが半透明のカードを光にかざしながら聞く。


「えぇ。……ちょっとお借りできますか?」


 アイネから、ホテルのカードキーとIDカードを受け取ると、それを部屋の入り口付近にあったスロットに順に差し込む。

 数秒の後、ピピっという電子音と同時にカードが出てくる。


「はい、これでIDカードにこの部屋の電子キーが紐づけられました。IDカードでもお部屋の鍵が開けられますよ」


「へぇ……このIDカード1枚で街中セキュリティ全部に対応できるのか」


 物珍しそうにカードをビヨビヨ曲げるマスター。

 壊れても知らないわよ。


「はい、公共機関を含め、ほぼ全ての建物で入り口にセキュリティゲートがあります。そちらのIDカードをかざしてお通りください。ちなみに、皆さんのカードですと一般的な公共機関と、QoK社のセキュリティレベル2のエリアまで入れます。他の会社さんのブースを見学する際は、それぞれの受付で権限の付与を受ける事になります」


「はぁ……スゲェなぁ。こんな何千何万っていうセキュリティを同一規格でリアルタイム管理してるとか。さすが研究都市」


「えぇ。街中のセキュリティ端末を全て数えると軽く100万は超えるとか」


「あ! 雑誌で見ました! 中にはどの権限で開くのか分からなくなってる開かずの扉もあって、その奥では秘密の研究が……痛ぃ!」


 得意げに話すアイネの腕をマスターが後ろからギューっと抓る。


「変な事言うんじゃねぇの!」



 その様子を見て、察したように笑うセロシアさん。


「よく聞く都市伝説ですね。普通の方法じゃ入れない秘密の研究所があって、街で迷子になった子供達は仮面の研究員に連れていかれてその研究所の中で実験材料にされちゃう……っていうお話」


 いえ、記事にはそこまでの事は書いて無かったけど……。


「すいません。変な噂なんか信じるなってい言ってあったんですけど」


 アイネを睨んで、謝るマスター。


「いえいえ。当然それは都市伝説ですが、実際に修繕の手が回らず老朽化した廃棄施設等はあります。危険ですので、立ち入り禁止区画には近づかないでくださいね。どのみちセキュリティの関係で入れはしませんが」



 その後、街の全体構造や、緊急時の連絡先について説明を受ける。



「……ご説明は以上です。長くなってしまいごめんなさい。何かご質問はございますか?」


「いえ」

「大丈夫です」

「私も!」


 それぞれに元気に返事をする。

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