k02.5-08 けれど約束は果たされず【挿絵あり】
ダンスが始まるまでもう殆ど時間がない。
他に思いつく手もないし、こうなったら仕方ない……
会場の隅の方で物陰に隠れる。
ポーチから携行端末を取り出し、ある番号にかける。
相手は……カーティス。
数コール待った後、通話が繋がる。
「――驚いた。まさかキミから連絡が来るとは」
「……ごめんず、突然。ずっと連絡もしてなかったのに」
「いや、キミにあれだけの事をしたんだ。君が謝る必要なんてないさ」
「……」
「それで、どうしたんだい?」
「あの……身勝手だって分かってるんだけど……どうしても力を貸して欲しい事があって」
「……プライドの高いキミがなりふり構わず頼み込んでくるなんて。……きっと"ヴァン家"の子の事だろ?」
見透かされたか。
どうにかアイネの事は伏せたままお願いできないかと思ったけど……これは難しいか。
「……そうよ。――お願いするだけ無駄かしら? "ヴァン家"の子のために力を貸す義理なんて無いものね」
「……いや、僕に出来る事なら」
――意外な返答だった。
「え、え? いいの? ち、ちなみに見返りの要求とかは!?」
「シェンナ……あまり僕を見くびらないでくれたまえ。それより、急いでるんじゃないのかい?」
「そ、そうだった。カーティス、あなたの顔の広さを見込んでお願いがあるの。今すぐに調べて欲しい事があるんだけど……実は」
―――
直ぐに折り返しを貰う約束をして、一端アイネの元に戻る。
「どう、彼見つかった?」
「んー、ダメみたい。でも、ホールに出たらきっとすぐ見つかるよ。ねぇねぇ、それよりステップもう一回見て!? これで大丈夫かな」
そう言って、今日の為に一生懸命練習したステップを踏んで見せるアイネ。
「うん、……完璧かな!」
「やった!」
そう言って嬉しそうに笑う。
丁度その時、入場のアナウンスが流れる。
それを合図にダンスに参加する女子生徒達がホールの中央に集まり出す。
「行ってくるね」
そう言って、少し緊張しつつも楽しそうに笑うとアイネも行ってしまった。
お互いに少し距離を取りながら、フロアに並ぶ。
シャンデリアが放つ光の粒が、色とりどりのドレスに輝きを添える。
少女たちの準備が整うと、今度は男子生徒達がフロアに入りお相手の元へと向かう。
丁度その時――サイレントモードにしていた端末が着信を告げる。
カーティスからの折り返し!
「どうだった!?」
「残念ながら……キミの嫌な予感、的中だよ。その男子生徒の友人から話しが聞けた。とても言いづらいが……」
そう言って一呼吸置く。
「アイネ君にダンスを申し込んだのは……遊びの罰ゲームだそうだ。相手は誰でも良かったんだが、最近何かと注目されている彼女を恐い物見たさでターゲットにした。実際に踊るつもりは毛頭なくて……今日はとっくに家に帰ったはず……と」
「――そ、そんな!」
あまりの内容に一瞬端末を落としそうになる。
……続く言葉が出てこない。
「……全く、許せない行為だ! 僕がその場に居たら男としてぶん殴ってやる所だ! ……まぁ、僕が今までアイネ君にしてきた事を考えると、憤れる立場でも無いけれどね。 ……力になれなくて申し訳ない」
「ううん。……ありがとう。今度ちゃんとお礼を」
「気にしないでくれ。僕からのせめてものお詫びだ」
そう言って通話が切れる。
ホールに佇むアイネを見る。
周りの男子たちは、相手の女子の前で跪き手を差し出す。
ある子は嬉しそうに、ある子は緊張した面持ちでその手を取る。
そして最後は笑顔で見つめ合い、どんどんペアが出来ていく。
まぁ、事前に話し合って決めた者同士なのだから揉め事もなく粛々啜んでいく。
アイネは……こっちに背中を向けてるのでその表情は見えない。
緊張してるんだろうか、少し肩を上げ小さく固まっている。
ペア組みが終わり、賑やかだった会場が徐々に静かさに包まれていく。
そんな中、ポツリと1人だけ取り残されるアイネ。
周りは見て見ぬふりをしてるけれど……明らかに注目を浴びている。
そんな事にはお構いなく、やがてオーケストラの紹介が始まる。
誰からも声を掛けられなかった女子は、曲が始まる前に速やかにダンスホールから出なければいけない。
静かにこっちを振り向くアイネ。
怒っても良い、泣いたっていい。
そんな場面のはずなのに、その顔は
――困ったような笑顔だった。
そんな顔で私を見るアイネ。
……幼馴染だもん。
あの子の言いたい事は分かる。
『せっかく色々準備してくれたのに、ごめんね』 だ。
――っ!!
何なのよ!!
ホント何なのよ!!?
あの子が何か悪い事した!?
あの子が大罪人の血筋だからって何しても許されるっていうの!?
よし決めた!!
今からあの男の家なり寮なり行って輝石魔法ぶっ放してこよう!
消し炭にしてやるわ!! 絶対に許さないんだから!
輪の中を離れ、こっちへ向かって歩き出すアイネ。
周りのカップルたちがその姿を怪訝そうに、又は哀れな目で見つめる。
その目を避けるように俯きながら、足早に駆け出す。
その時――
ダンスホールを囲んでいた見物客の輪の中から、見知らぬ男子生徒が1人アイネの元に駆け寄る。
突然の事に静まり返る会場。
アイネの目の前に躍り出ると、緊張した面持ちで声を掛ける。
「――あ、あの。アイネさんですよね!? し、失礼かもしれませんが、もしお相手の方のご都合が悪くなったとかでしたら……良ければ僕と踊って頂けませんか!?」
「……え?」
――あ、飛び入り!
何も失礼なんて事はない。
元々が、男子生徒から女子生徒に声を掛けるルールなんだから、もし気になった女子が空いていれば声を掛けても全く問題は無い。
むしろ、これが本来のやり方だ。
礼儀正しくお辞儀をし、跪く男子。
突然の事に固まったままのアイネ。
すると……
「ち、ちょっと待ったぁーー!」
他の男子生徒がまた1人飛び出してくる。
「そう言う事なら、是非僕とお願いします。ダンスならば自身があります」
それを皮切りに――複数の男子生徒が次々にホールへとなだれ込む。
「ちょっと待って下さい! 良ければ僕と!」
「待った!」
「お願いします! 実は前からアイネさんのこと素敵だと思っていました! どうか僕と!」
「おい、抜け駆けするな!」
一斉にアイネの事を取り囲む男子たち。
会場はてんやわんやだ。
「え、えぇ!? 急に言われても……! 私どうすれば!?」
沢山の男子に囲まれてオロオロと目を回すアイネ。
あっけに取られていた周りの生徒達も、その様子を見て楽しそうに拍手を送る。
一気に盛り上がるダンスフロア。
そんなアイネを見てると……安心したのか嬉しいのか、視界が滲む。
零れそうになる涙をこっそりと拭こうとしたとき
「時代ってのは変わるもんだな」
突然後ろから肩を叩かれて悲鳴を上げそうになる!
慌てて振り返ると、マスターの姿が。
「――やっとね。ほんといつまで古臭い事してるんだって飽き飽きしてたんだから」
フロアに視線を戻すと、男子に囲まれたままずっとワタワタしているアイネ。
これはこれで……あの子、この状況で決断できるのかしら!?
今度はまた別の意味で不安になってくる。
この状況どうにかしないとダンス始まらないわよ……
そんな中――
「お、俺と踊ってください!!」
人一倍大きな声が響き渡る。
その場に居た全員が思わず声の主を見る。
「――あ!」
その姿を見て思わず声を上げ驚くアイネ。
けれど……直ぐにとびっきりの笑顔で答える。
「私で良ければ、喜んで!」
―――
オーケストラの壮大な演奏が始まる。
ダンスホールに花が咲くっていう例えそのままに、一斉に踊り出す色とりどりのカップルたち。
「ふふ、可愛い」
ホールで踊るアイネ達を見ると、ついつい微笑ましくて顔が緩んでしまう。
「いやいや、中々カッコいいじゃねぇか」
ダンスの開始と同時に、立食席に運ばれてきたお酒を飲みながら笑うマスター。
アイネが選んだダンスの相手。
真剣な顔で、身長差にもめげず一生懸命踊るのは
――あの生意気な男の子、グリム君だった。
そんな微笑ましい2人を、ギャラリーたちも暖かく見守った。